第三十九話:ヴァルキリーの台頭2
[なあ、俺は思いっきり戦ってるんだが]
それはマーカスからだった。チャットが打てるとは余裕じゃないか。
[好きにしていいよ。こっちも好きにするんだ]
そう返答したが返事はなかった。言うほど余裕はないのかもしれない。
次はエリナからだ。
[あのぅ……お姉ちゃん、私、撃っちゃってるんだけど……]
[すんだことは気にするな。私も変わらない。仕方ないし、そういうゲームでイベントだから。まあ最後まで聞いてて]
そうして、隣でまだ何か言いたげなザルギインを手で制し、最後の言葉を告げる。
「賢明なる諸君には今のこの状況がどういうものかよく理解出来ていると思う。このままいけば最悪の結果が出るだろう。だから……だから、"死にたくない奴は死にたくないという顔をして"ガルさんの周囲に集まれ。そうすれば、助かる可能性が高くなることを保証しよう。これは私から諸君らへのアドバイスでもあり、提案でもあり、そして最終警告でもある。即断されたし。以上」
[ああ……なるほど]とエリナがチャットで寄越す一方、ザルギインは大きく首を振っていた。
『貴様何も分かっていない。あれは敵だ、魔なるものはいずれ地上へと還ることを求めている。そしてそれは私がおらずともいずれ叶う』
「そう、で? 私には関係ない」
『関係ないだと! 馬鹿な! 正気か貴様!』
ザルギインは心底信じられないという顔で吐き捨てた。だが私は正気だ。だから特に何を思うともなく、平然と答えられる。
「まあ、とりあえず見てみよう。答えはまだ出てない」
『貴様……将軍殿はどういうかな。彼が貴様の考えに同調するとは思えん』
なるほど、議論の角度を変えてきた。軽い脅しのつもりなんだろう。だが鼻で笑うような話だ、意味がない。
「随分と余裕がなくなってるね。あのさ、気付いてないのかどうか分かんないだけど、今私アンタに興味ないんだ。でも、気分は悪いのさ。この距離まで……よく近づいてこれるよね」
目を細めそう言うとザルギインは一歩後ずさり、完全に警戒モードに入った。私は首を振り、怒気を込めてそれを否定する。
「心配しなくても私はお前を殺さない」
『……安穏たる平和主義か。ここで争いが起こらずとも、いずれどこかで争いは起こる! 今戦わねば、別の誰かが戦うことになる!』
そういうものなのかもしれない。ザルギインは人間の側、なるほどそうなんだろう。けど"トカレストのメインはそういうゲームじゃない"のだ。私は作り物の冷め切った目で、
「ああ、までもほんと私は殺らないから。けど、レイスには"フリーハンド"を与えてる」
それだけ告げて、視線を地下都市に向けた。ザルギインは咄嗟に上を見て、すぐさま私の傍を離れる。その瞬間『愚か者が!』そんな捨て台詞が、心地よく響いていた。
私の宣告に対し、意外にも冥府上がりの連中から反応があった。鞭のような翼を持つあのペガサスがなんとガルさんのいる方向へと向かって歩いていくのだ。他にも数えるほどだが、私の忠告を聞き入れたものがいる。全体の1パーセントにも満たないとはいえ、こちらの言葉が通じた事実に私は感動していた。
一方、そんな私を指差して哂う者もいた。マーカスの周囲にいる雑魚悪鬼共だ。騫駄にはそんな余裕はないようだが、マーカスは私を見ると少しだけ拍手する仕草を見せた。残りは……私の話を全く理解出来ない、受け入れない奴ららしい。愚鈍な奴らが……ザルギイン憎しが勝っているのか、状況を理解出来ずにいるのか、久々の自由を満喫したいのか、判断する力もないのか……なんにせよ、
「結果は受け取った。ではこれより私と諸君らは敵だ」
こんな偽善者染みたことは、もう終わりだ。
でもって、余興はここまで、本題に入ろうか!
まずはワンボタンでの着替えだ。背中に「天下無双」と書かれた白の吸汗速乾Tシャツ、スリムでフィットしながらも動きやすさは抜群の黒のジーンズ。共に量販店で買った安価なものだが機能性は抜群。私の身体のラインをくっきりと反映する見た目に最高な代物だ。私というものが最高に輝くアイテムと言っていい。
そして、頭にもうメットはない。
レイスとの取引で私はフリーハンドを与え、代わりにメットを外してくれと持ちかけた。レイスは防御力が下がるしヴァルキリーの象徴だぞと怪訝な顔をしたが、構わない、これはくれてやるから外せるのなら外してくれと言った。レイス程になるとヴァルキリーの仕様を否定することも簡単らしい。そうしてどうやっても取れなかったメットは無事に取れ、それをレイスに譲ることでまるでレイスがヴァルキリーであるかのようになった。さらに私はレイスに銀色の長髪を肩のラインですっぱりと切り落としてもらっている――。
今ここにいるのは髪の色以外は現実と全く変わらない私だ。
紛れもなく、プレイヤー佐々木加奈だ。
――私の演説も、この作業も誰一人邪魔するものはいなかった。ビジュラのお陰もあるが、邪魔したのはザルギインだけだ。今ザルギインは宙を舞いまた鳥類系の敵と交戦しているが、顔色は冴えない。そりゃそうだ、ここにいるのは所詮ザルギインとその兵団が仕留めた連中。ザルギイン憎し、そして冥府で覇権を握る者からの指示ならば当然ザルギインを攻める。積極的に私達に来るはずがない。
押し付けようたってそうはいかない!
ハッキネンとマーカスには色々と考えがあるのだろうが……まあそれはいい。
けどほんと、ここから見ていると本当によく分かる、分かるよザルギイン。
こんな中でも、お前に味方する奴がいるんだな。
心底従属させることに成功したんだな、お前は。
だからこその、共食いなのだろう! 屑が!
コアだなんだと、下手な講釈垂れやがって!
――いや、今回のテーマは私らしくだった。落ち着け、あいつは私のイベントには関係ない。私の進む道に、あいつは関係ないんだ。そう自分に言い聞かせ、冷静さを自分に植え付けていく。
自分を生かす普段着の私は今、ガルさんを見ていた。
これからやることはガルさんに伝わらなければ意味がない。
ガルさんは少数ながらも近づいてくる化け物共がいながら、平然としたものだった。背後に見える影は相変わらずだが、ガルさんがあそこにいる以上絶対に踏み込んではこれない。強い奴なら、尚更それが理解出来るだろう。
「ビジュラ、おとなしく背中貸してくれてありがとう。出来ればボーっとしてないでガルさんの傍に行ってね」
そう言って私はまた拡声器を口元に当てた。
始めようか、本当の勝負、本物の力、半神ヴァルキリーのラストダンス――。
「敵も味方も聞きやがれ!」
これは私の覚悟であり、
「聖竜騎士団団長聖剣士ガルバルディ隷下――ヴァルキリー、佐々木加奈!」
ガルさんへの想いだ。
「騎士団の名誉と王家への忠誠を証さんがため……」
このヴァルキリーの転職証は、ガルさんから貰ったんだ。
「これより――人ならざるものを駆逐する!!」
ガルさんに認めてもらって、今の私があるんだ!
だが言葉ではなんとでも言える。だから、これから、結果によってそれを体現してみせる。それを為す最良の環境がここにある。奴らは五万といるのだ。雑魚も、名のある怪物も、レアモンスターも、次元の違う奴らも、まとめて狩り殺す!
「殲滅、佐々木加奈の本領ここに刻まん!」
事故も言葉遊びも終わり、これからは力の誇示だ!
ありったけの力を全身に込め、それとは対照的に小さく呟く。
「神威……」
ミトラスの盾……悪くはないけど、力の誇示って感じじゃない。ゲームっぽくは、あるけれど……だから私は、
「プルス・ウルトラ!」
こっちを選ぶ!
次の瞬間ビジュラの傍、眼下に群がっていた敵は一匹残らず絶命していた。そしてガルバルディ隷下、異端のヴァルキリーは距離と時間を圧殺するように姿を消し、いつの間にか広大な地下都市を一瞬にして移動。そして壁際に陣取る次元の違う存在「精霊パンツァーファウスト」と対峙していた。




