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トカレストストーリー  作者: 文字塚
第三章:ヴァルキリーの台頭
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第三十八話:ヴァルキリーの台頭

 メンタルブレイクからも立ち直り、私は血の海と化した戦場を真っ直ぐと進んだ。目的地は地下都市中央、噴水のあった広場付近だ。もう視界を遮るものと言えば敵の存在しかなく、建物の類は全て瓦解している。

 その目的地には相変わらず神獣ビジュラがデンと陣取っている。背中のはてなマークも相変わらずで、あいつは何がしたいのだろうと首を捻った。鈍いのかなー、とにかくもし可能ならその背を少しばかり借りたいと思っている。なんとも人畜無害っぽいし、私の第一の目的を果たすのにはうってつけの場所だ。だがあれだけ呑気そうだと戦闘するのかも少し考えないとな……ビジュラはそんな気持ちにさせられる不思議な存在だった。



 前進を続けることは敵の群れへと突撃することと変わらない。冥府でザルギインに敗北した神、魔、竜、鬼、獣達が勢揃いしている。メインの情報には一つとして載っていない、レアモンスターと名もない怪物達、それに分裂に失敗した哀れな失敗作共だ。だが地下都市の最初に出くわした奴隷と思われる人々とは違う、明確に敵であり、ゲームとしてもそういう扱いになっている。

 前進を続けているとふっと左に違和感を感じた。視線を送ると、違いを感じさせる奴が目に留まる。距離はあるがすぐに視線を戻し、目を合わせないようにした。それでもその一瞬で、その名を把握した。


 精霊パンツァーファウスト、灰色のゴーレムだ。


 デカイ、まるで城壁だ。こいつで桁違いの化け物は三体目か。残り四体……どこにいる……。とにかく今は雑魚の数を減らして、あの手の化け物と乱戦にならないようにせねば……。

 緊張から冷や汗が流れるのを実感した瞬間、敵の視線が私に集中していることを察した。くる! だがまだまだ序盤、素手、徒手空拳で狩れる奴のみ相手していく。ここで無駄な労力は割けない、こちとらこれでもハンデ持ちなんだ。

 そう思った矢先、不思議なものが飛び掛ってきた。いや跳ねているような、転がっているような……敵の先陣を切ったのは鱗に覆われたシャチのような化け物だったのだ。どこをどう見ても、失敗作であり、場違いである。血の海ではあるが、そんなに海じゃないし。何より、こいつの図体は鯱の名に恥じぬ異様なでかさを誇る。一撃の威力も重いだろうと咄嗟に身構えると、ズドンという音を立てて私を飛び越していった。


 迂闊にも和んでしまった。


 気を取り直し、いかにも手強そうなものをとにかく避けて前進を続ける。そして雑魚の数をなるべく減らす拳を振り回す。出来れば奴らに恐怖心を植え付け戦う気力を失わせたいところだが、今の私にそれだけ力はない。オーバーガードに守られた拳、正に手足だけが武器だ。この戦い方では無理だろう。



 強化されたヴァルキリーの前進は順調に進むかに思えた。少なくとも私はそう思っていた。だが鞭のような翼を持つペガサス、そして巨木のような昆虫、ナナフシの化け物を見た瞬間その実態もお構いなく神威を発動し目的の場所へと突進した。多分手強いと、私の勘がそう言っている。なんか気持ち悪いし。


 地面はどこまでも血の海、黒い液体で溢れている。凝固することなく流れるそれに足を取られないよう、事前にグリップの利くブーツに履き替えてはいる。シューズに比べれば多少重いが滑っては意味がない、効果は抜群だった。いいステップが刻める。持ち物も弓矢の類は持ってきていない。とにかく身軽に、それだけ考えてここにきた。そうした軽さを生かし敵の追撃から逃れることに成功したか、結局また敵の群れと遭遇する。

 やむなく腰に提げていたライフとMPの回復薬を飲み干し、また神威を発動する。パラメーターアップの効果も持つこの神威は、正に突進技と呼ぶに相応しい威力を発揮出来る。重ねがけすればただ直進しているだけで敵が吹き飛ぶのだ。数多と転がる骸ごと吹き飛ばし、ついに中央広場へとたどりつく頃、私の背後には無視した敵達が壮大な群れをなし追走してきていた。


 目の前にはビジュラ、背後には手強いと判断しスルーした敵の群れ、上空ではレイスとサーヤノーシュが激闘を繰り広げ、神殿跡ではマーカスが騫駄と、ってハッキネンはどこだ!?

 あらゆる方向に目を配り、どうする? どうするよ! と急ぎ自分に問いかける。援護なし、一人でやる、邪魔すんなとまで言ったがどうしてもやりたいことが、やらなきゃいけないことがあってだな……! その為には……!


「頼むビジュラ! その背中貸してくれ! 広いしいいでしょ? 怒らないでね! 特別何しようってわけじゃないから!」


 反応を待つ余裕などなかった。進退窮まった私は跳躍力を生かし、高さ三十メートルはあるであろうビジュラの背に向かって飛び上がった。

 間一髪だった、ナナフシもどきがビジュラに突撃するのと私が跳躍したのは、僅かの差しかない。


 宙を舞い、そこから視線を巡らせると――そこには奇妙な光景が広がっていた。


 無事にビジュラの背に着地し、ラクダのビジュラが怒り狂うか恐る恐るじっとしていたが、それでもそれを見逃すことはなかった。奇妙な光景は他にも多々あるが、それを見た私は鼓動が早くなる自分を感じると共に、確信を持った。そうか、そういうことか……今更ながらよくよく理解したよ。


「私にとっては重要ではないけど、ただ見過ごすわけにもいかない……」


 いや、今はそれではない。今は、

[エリナ、例の物頼む]

[了解]

[そっちは特に変化ないか]

[特になし。一つしかないから落とさないでね]

[分かった、警戒怠らないで]

[ボスこそうまくやって下さいよ、聞いてますから]

[おうさ]

 これが大事なのだ。そのためにわざわざこんなとこまで出張ったんだから。



 混乱を極めていた地下都市には今、多少落ち着いた空気が流れていた。勿論マーカスとレイスは激戦の真っ只中だが、それ以外の場所はレイスの攻撃によりダメージが深く、ひしめき合い蠢くあの陰惨な光景は、良くも悪くも失われている。私の雑魚狩りも、多少効果があっただろう。やるなら今をおいて他にない。残る次元の違う奴らが動き出す前に、これだけはすませておかねば……。

 私はビジュラの背の上で、エリナから荷物が届くのを待った。ビジュラの周囲は完全に包囲されているが、突撃を繰り返すナナフシもどきを除けば若干距離を取り様子を窺っている。よく分からないが、格の違いというものなのだろう。確かに、ビジュラが暴れだしたらあいつらは踏み潰されて終わりだ。


 風穴からスルスルとロープが垂れてきた。その先には荷が括られている。丁度地下都市と風穴の接点それが届くと、一気に速度を増してその荷は私の元へと落ちてきた。邪魔するものもなかったので、問題なく受け取ることが出来た。


「じゃ始めるか……」


 荷袋を開け、クラシックな拡声器を手に取る。隣にはどでかいはてなマークが、未だに引っ込まず存在しており、その向こうからザルギインがスルスルと近づいてくるのが見えていた。



 ここから見るとよく分かる。もう、あの地下都市の名残はどこにもない。瓦礫すら、まばらだ。それでも化け物共は増えている。そして、マーカスと戦い、NPCのレイスと戦い、さらには共食いまで始まっている。その全ての元凶は……私の傍で宙に浮くザルギインだ。しかし、今となってはどうしようもない。

 混乱と激戦の続く中、私は拡声器を口元に近づけた。


「あーマイクテス、マイクテス、テステス……ok」


 ふぅーと溜め息をついた後、地下都市全域に届くように私は大声を張り上げた。


「諸君! 話を聞いてもらいたい!」


 音量を最大にしているので多少キーンと妙なノイズは混じったが、とにかく注目されねば、伝わらなければ意味がない。眼下の敵は私の訴えなど関係なくこちらを見ていたが、他の場所にいる化け物共も音に反応しこちらを振り返った奴らがちらほらといる。ただ音に驚いただけか、言葉が通じたのかは分からないが。


「今ここは最悪の状況になっている。だがそれも少しは落ち着いたので話が出来る状況だと私は判断した。諸君らが賢明であるならば、私の話を聞いてもらいたい」


 特に、反応は見られない。言葉が通じているのかも、やはり分からない。それでも続けざるを得ない。


「簡潔に言おう、我々は何故戦っているのだ?」


 その一言に、ザルギインだけが反応を見せた。何を言い出すのだ、そんな顔をしている。


「諸君らは元々冥府の存在。ザルギインに敗れて吸収された後、今こうして解放されている。はっきり言って私には諸君らと戦う理由が、ない」


 この言葉に対し反応を見せたのも、やはりザルギインだけだ。黄土色の魔導着を揺らしながら、少しずつ私に近づいてくるのが見えた。


「共食いしている奴らのことは分からない。だが特別な存在の諸君になら私の言葉と思いが届くと信じて告げる。もう止めよう。我々が戦う意味など、ない」


 ついにザルギインが私の隣に立ち、体育館のようなビジュラの背には私、ザルギイン、はてなマークの三つが並んでいる。


『どういうつもりかな……仲間は既に戦っている。乗っ取られていたとはいえ貴様も戦っていた。あれは、人類の敵。貴様は歴史を知らぬのか?』


 ガルさんに聞いてなんとなくは知っている。けど"プレイヤー"である私には、関係ない。特に今は。覇王の言葉に耳を貸す理由など、どこにもないのだ。

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