第三十七話:ヴァルキリー再び2
「人が、予定していた、ことと全然違うことを、させやがって、お前らなんか私に恨みでもあんのか!」
と、大声で叫んでみたが、周囲の敵は大体事切れているか瀕死の状態だった。
「人の話も聞けないのか!」
と、言ってみたものの殺ったのは私である。
「もういい、お前らなんか知らん! こんな扱い受けるとか……帰らせてもらうからな!」
これはただ、言ってみただけである。多分言いたかったんだと思う。
「どこまでもシカトしやがって……お前らなんか嫌いだ! いや、大嫌いだ!」
多分向こうの方がずっと私を嫌っていただろうし、瀕死と骸で埋め尽くされているこの状況では、シカトも何もあったものではない――。
そんなことにもお構いなく狂犬のように吠えまくり、文句だけを並べ立て、近寄る奴に八つ当たりしていると周囲は完全な静けさに包まれた。有体に言えば、八つ当たりしていたら誰も寄って来なくなった、ということだ。
「ビビリやがって! ビビリやがって!」
口角泡を飛ばす勢いでそういい募るが、別に初めから二回言おうと思っていたわけではない。どこまでも自然なものである。事を簡潔に表すれば、結局私が一番ビビッていたのだから。
振り返ればやはり、登場の仕方には多少の拘りがあった。けれどそんな悠長なことを言っていられる状況でないことも理解出来ていた。とはいえ、覚悟を決めて戻ってきたらいきなりサイの腹の中で溺れる、などということを誰が想像出来るだろうか。状況が把握出来ず、しかも周囲に誰もいない場所を選んでしまい、自力でなんとかするしかないという恐怖心は不安を増大させた。その結果少々パニックに陥ってしまったのだ。いや大分かもしれない。いなや、完全にである。
だがこうして私しかいなくなった、という状況になると頭も急激に冷めてくる。なんとも言えない虚しさ、空虚なものが足下から脳へと上がってきた。一瞬何もかもが不可思議に思え、
「何してんだ私は?」
そんな言葉が口をついて出ていた。
自分の周囲の除けば惨禍は未だ続いている。意識を集中させれば臭い、気配、断末魔は留まることを知らないのだ。静けさなど、この空間のどこにもない。それを理解して初めて、
「うわ……参った、これはもしかしてやらかしたのか……?」
と、自分の小物ぶりを恥じることになり、もう誰もいないのに急に肩身の狭い思いが込み上げてくるのだ。
「完全にやってもうたか……」
と、ついには額に手をあてがい、深くうな垂れる自分がそこに完成してしまう。やってもうたということは、やってもうたのである。つまりやってもうたのであり、なんとやってもうたのであった。
受け入れ難いそれに直面し心底落ち込みそうになった、が、だがちょっと待って欲しいと思うのだ。少し見方を変えてみると、
「いや、もしかしてやってない?」
と、否定することも可能なのではないだろうか。そう、実はやっていない。意志の力でそう思い込めばそれは可能となるのではないか? 全ては心の持ちようである、そんなことを誰かが言っていたような気がする。今こそそれを実践すべき時ではないのか。そうすることで、私はまた一つ成長し大人への階段を一歩上る。そうもう私は子供ではない、女子高生なんだ……心の平穏を保つにはそうするしかないと思ったりもしたが、周囲の骸が全力で否を突きつけているのを見て素直に諦めた。
「……うん、やった。ごめん、私がやった。全部私。次、行こうか」
これらを素直に受け入れたこの段階になって、私というものはようやくこの惨禍に本格参戦したと言っていいだろう。言い換えれば、これ以前の出来事は全て事故である。
地下都市の状況は私の周囲を除けば何も変わっていない。
これが、ここが私の立つべき舞台というものなのだ。
黒い血の海は相変わらずなみなみと湛えられ、足下を不安定なものにさせる。何より不気味であり、狂気の事態だ。これから、本格的にこれに関わることになる。一つ息を吐き、私は地下都市を監視するよう目を向けた。
マーカス、レイス、ガルさん、ザルギイン。ハッキネンは相変わらずどこにいるか分からないが、そして私……私がやるべきことはもう決めている。入り方はともかく、目的を果たせば問題はない。こんなものは、全て些細なことでしかない。誰にも見られてないし、見た奴は始末した。
完全な結果論ではあるが、一連の流れには有意義な面もあった。
手近な雑魚は全て屠った。これは、勢いだけで雑魚は狩れるという事実を現している。ピンキリと言ってしまえばそれだけのことだが、敵の程度を少し把握することが出来た。雑魚は、素手で充分である。左腕が使い物にならない今、この情報の重要度は高い。ヴァルキリーの強化も確信出来た。何せこちらは血塗れだが、傷を負うことすらなかったのだ。
やはり強化イベントか……そう思い、パニックという呪縛が徐々に解けていく。
他にも良い結果はあった。ここは、なんとも見通しがいい。
今いる地点は地下都市の端であり、まるで反対側にマーカスがいる。やはりハッキネンは分からないが、レイスとザルギインの姿も確認出来た。レイスは上空でブルプラの第三波の準備に入っている。本来は完全ゲージ消費技、それが連発される。化け物共にとってはとんだ悪夢だろう。
そして私は、聖剣士ガルバルディの姿を見つけることにも成功した。
ガルさんは冥府の入り口から一歩も動いていなかった、無事だった。遠目だが、確信をもって無傷であろうと言える。やはり怪物団長、近代兵器すらものともしない。さすがだ、だからこそ恐ろしいのだが……。
もう一つ発見があった。いや、これは当初から把握していたのだが、今この地下都市は化け物で溢れかえっている。大渋滞が起きるほど密集していた。だが、一箇所だけすっぽりと空白地帯が出来ていたのだ。それはガルさんの傍、冥府の入り口周辺である。どうやら化け物共も聖剣士ガルバルディに恐れをなしているらしい。さもありなんと言ったところであり、端から分かりきっていたことでもある。
空白地帯は半径約五十メートル程、あれが"動かずに断ち斬れる"ガルさんの間合いだろう。あんなもの、誰も近寄らない、近寄れない。勿論、信頼を失っている私も同じことだ。
仲間の状況はハッキネンを除いて把握出来た。しかし何故、こいつらは共食いなど始めたのだろう? 同士討ちのようなことをしているように見えるのだが、彼らの共通の敵はザルギインではないのか? そこが分からない。空中を飛ぶザルギインを探し上に視線を送ると、また赤い光の輪が瞬き始めた。またあのインチキくさい技が炸裂するようだ。私も使うけど。
だが、ここにも問題がある。ブルプラの範囲にいた敵の中に、あの光の矢をものともしない奴が複数いる。だからこそ、雑魚が駆逐されればされるほど、規格外の連中の存在が際立っていく。
血が目に入らないようにと髪をかきあげ、私はホーリーアイを、いやものは試しだと片目だけのホーリーアイを発動させた。結果は良好だった、ダブルビジョンが可能になっている。片目だけのホーリーアイ、これも変更された仕様の一つのようだ。これなら、遠視と敵の特徴も僅かながら把握出来る。
視線を地下都市中央に向ける。そこにはやたら図体のでかい獣がいた。まるで体育館のようだ。それはラクダのようななりだが、前後に頭部がついている。さしずめふたこぶラクダならぬ双頭ラクダと言ったところか。その双頭のラクダには一つ気になる点があった。おかしいなことにずっと背中に大きなはてなマークを浮かべているのだ。降りてきた時からそうだった。何を不思議に思っているのかさっぱり分からないが、どでかいはてなマークを浮かべたまま、こいつは身動き一つ取らない。
上からの攻撃を予測していなかったのか、この惨禍が理解出来ないのか、記憶を失っているのか、私には見当もつかない。
敵名は神獣ビジュラ。神、か。
顔は、おもいっきりラクダで、なんだがボーっとしているんだが……本当に敵なのだろうか?
マーカスが戦っているのは相変わらず悪鬼騫駄だ。ギャラリーはさらに増えている。先ほどまでは腹の膨れた餓鬼のような姿だったが今は頭部を肥大させ、まるでエイリアンのようになっていた。変形型か……。マーカスが苦戦していることだけは分かる。そして、イラついていることも。
次元の違う敵はまだ騫駄しか把握出来ていないが、恐らく七体ほどはいるだろう。明らかに気配が違うのだ。今はただの感覚だが、そう数を外してはいないだろう。他にも手強そうなのが十体ほどいるようだ。てこずるだろうというランクまで幅を広げると百は下らない。そもそも総数にすればいくついるのかすら分からない――。
今ここは、ガルさんの周囲とは違った意味で空白地帯のようになっている。だからこそこうして分析などしていられるのだ。いい機会だと更なる情報収集のため目を凝らしていると、不快なものが目に留まり後悔することになった。
化け物同士の共食いだ。
思わずダブルビジョンを外し、気分の悪さから歯軋りをしていた。えぐいものはそれなりに見てきたし体験もした。だが、何故共食いなど……はっきりとそれを見るのは今のが初めてだった。マーカスが共食いが始まっていると言った時、楽が出来そうだと思ったのは完全に誤りだった。これは萎える、萎えては戦えない。何も仲良くしろとは言わないが、何故食い合い食い散らかすのだ……。
過酷ではあるがこれもまた現実で、それを覚悟でここに来たのだろう? ならば目を逸らさず、受け入れるしかないじゃないか、最悪の気分になったとしても……欲しいものがあるのなら、手に入れたいものがあるのなら、伝えたい想いがあるのなら……。
拳を胸に当て、そう自分にそう言い聞かせている時だった。あらぬ方向で赤い光が炸裂した。ここからは真逆の方角だ。マーカスと騫駄が戦闘を繰り広げている傍にブルプラが着弾した? レイスがしくじったのか?
慌ててダブルビジョンに戻し視界にレイスを捉えると、黒い翼をはためかせる漆黒の存在がレイスに迫っていた。敵名は鳥人サーヤノーシュ。体躯は人のそれより一回りは大きい。そして一目見れば分かる、こいつも次元の違う、カラス野郎だ。
――レイスなら勝てるか? あいつの接近戦、空中戦はまだ見ていない。だが、信用するしかない。いや、信用したい。そもそもここからでは、今の私では援護出来ないとかそういうんじゃないんだ。あいつは、あいつは言ってくれた「ごめんなさい」と。「以前のあなたを知らなかったから」と。だからこそ取引する気になった。少しだけでも分かり合おうと思ったんだ。
勝つよな、レイス……左腕を握り締め、少し目を閉じた後私は決心した。
情報収集はここまでだ。上空からの範囲攻撃が封じられた今、地上で敵の数を減らせるのは私しかいない。
血塗れのまま、死体を踏みつけ前進を開始する。ここからは予定通りやらせてもらう。まずは中央広場跡を目指す。邪魔する奴は、きれいにどいてもらうことになるだろう。程度によりけりだが。
一歩一歩前に進むその時、ザルギインからの紙切れが飛んできた。何度話しかけてこようと無視し続けていたので痺れを切らせたのだろう。そこには「作戦と目的を知らせてくれ」と私にも読める文字で書かれてあった。何を言ってんだこいつは、馴れ馴れしい。
そもそも目的なんて"全滅させる"ということ以外ないじゃないか。それに、こいつは私のイベントには関係ない。どんなに仲間面したって私には意味がない。状況もそうだと言っている。
私はこいつを許さない。許す気など、毛頭ない。
前進する私の身体には、闘気と気迫がふつふつと湧き上がっていた。




