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トカレストストーリー  作者: 文字塚
第三章:ヴァルキリーの台頭
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第三十六話:ヴァルキリー再び

 もし地獄というものがあるのなら、きっとこれと似たようなものだろう。

 とてもよく作られたそれは、全ての陰惨さを兼ね備えた素晴らしい模倣品のように見える。

 だが、よくよく見ればらしくない箇所も点在していた。

 らしくない要素も垣間見られる。

 それが何を意味するのか今は表面上しか理解出来ないが、それらを見分けられるという事実は大きい。これにより、正確な区分を行うことが出来、結果、妥当な手順を導き出すことが出来るのだ。



 地下都市に天空を思わせる光景が広がった。

 十を超える光の輪が天井付近に現れ、地下都市を眩い光で包み込む。

 地を這う存在がそれに気を取られ、共食いや争いがほんの僅かの間沈静化した。

 連中の反応は様々あったが、中でも印象的なのは、一瞬でその危険を感じ取った奴らがいたことだろう。いや、この場合危険を嗅ぎ取れない存在がいたことの方がおかしいのかもしれない。曲がりなりにも冥府上がりの化け物だ、それが何を意味するか悟ってしかるべきではないだろうか。だが、どちらにせよ上を取られてはどうすることも出来ない。


 光の輪は、徐々に赤く染まっていった。


 見る者が見ればブループラネットでしかないそれは、使い手が深紅のヴァルキリー、正確にはイーサリアル・レイスであることでエフェクトに変化が起きていた。

 そして、赤く染まりきった光の矢が、地下都市に降り注ぐ。

 神の(イカヅチ)は流星のように堕ち、生易しくない結果をもたらした。

 赤い矢が黒い血の海に突き刺さる度、赤と黒が入り混じり死と恐怖と苦痛の臭いを撒き散らす。

 赤が黒に勝ることで、下水のように流れるこれら全てが血液であることを再認識させられた。

 戦端を切ったレイスの攻撃は、圧巻の一言に尽きる。



 レイスが翼をはためかせ悠然と空中を舞う中、ザルギインもまた宙を舞っていた。風穴からレイスが顔を覗かせた瞬間安堵した表情を見せた彼だが、その後起きた災厄に等しい状況には唖然とするほかなかった。周囲にまとわりつくコウモリもどきと遊戯じみた戦闘を繰り広げていたところ、いきなりその全てが吹き飛ばされたのだから。

 ザルギインは状況を正確に把握出来てはいなかった。レイスが私ではないことに気付くとこちらにコンタクトを試み、説明とその意図を問い質そうとしてきたが、私はそれを黙殺した。私のイベントに、こいつは関係ない。



 マーカスは神殿跡、レイスの範囲攻撃の外側にいた。悪鬼騫駄(けんだ)との戦闘に集中する彼にとって、無駄に輝く光のエフェクトは隣町の花火大会のようなものだったろうか。両腕を高く上げ、頭部への攻撃を警戒しつつ、慎重に敵との間合いを詰めている。

 目の前の敵はレイスの言う次元のものの一つであり、元は神と崇められた鬼神である。だがその姿形は鬼からは程遠いものだった。180cm半ばはあるマーカスとさして変わらぬ体躯を持ちながら、右に比べ左足が短いことでそいつは常に左に傾いている。気味の悪い薄緑の肌には所々瘤があり、突き出た腹は餓鬼を連想させた。角のない頭部をやはり左に傾け、両腕をだらりと下げ、暴力神父マーカスと堂々と、いや飄々と向かい合っていた。


 どちらも簡単には動けない。惨禍広がる地下都市で睨みあうその様も、見た目も異様な騫駄だが、何より引っかかるのは身体にまとう空気だろうか。殺気よりも、無邪気なものが勝っているように思えるのだ。

 しかし、相手がどうであれ、暴力神父のやることは一つしかない。

 マーカスの左腕がすっと下がりきれいな円を描く。居合い斬りのような拳の風圧で周囲の血が飛び散った。騫駄はそれを、身体をあらぬ方向へと捻じ曲げかわし、反動から抱きつくようにマーカスへと飛び掛かる。咄嗟に肘を突き出し顎を跳ね上げたことで、マーカスは得体の知れぬ化け物と抱き合う嫌がらせを回避することに成功している。

 一連の攻防を終えると、周囲にはまるで観衆のように悪鬼共が群がり始めていた。ゲラゲラと哂うそれに呼応するように、騫駄も哂い始めた。マーカスが威嚇するかのようにオーラを肥大化させても、その哂いが止まることはない。

 簡単に終わる相手ではないだろう、時間がかかる。そんな予感を充分に感じさせる光景だった。



 そうして地下都市の状況に変化が起きる中、私もまた戦場へと降り立っていた。丁度地下都市の入り口付近、最初に陣取ったビルの辺りに私はいた。レイスの陰に隠れてあまり目立つことはなかったが、この過程で一応大物を一匹仕留めている。


 まず考えたのはマーカス、レイスと戦闘区域が重なってはならないということだった。同時にいきなり強敵相手は困る、とも考えた。ハッキネンの姿は確認出来なかったが、自然、中央からは離れることになる。ここらは空中制御の力でなんとかなる範囲だ。

 落下と同時に突撃技神威を発動、どうせ無事に降りられる場所がないのなら加速して下にいる化け物共を跳ね飛ばせばいいと考え、目標地点にたどりつくと共に実行に移した。無論、突撃する私を見て多少でもたじろぎ逃げてくれれば着地に切り替えるつもりだったが、一匹だけどうしても動こうとしない奴がいたことでこの作戦は取れなかった。それは、三つ首のサイは私に気付きもせず、微動だにしないのだ。加速したことで空中制御にも限界がある。もうこちらは修正出来ないところまできていた。鈍くさいそれを的に、仕方なくそのまま落下することを選択せざるをえなかった。


 ――一応、頭の中で組み立てていた予定としてはこいつの身体を突き破り地面に着地、その後跳ねるように離脱、という流れだったのだが――気がつくと周囲は謎の暗闇に包まれていた。一瞬地面の中にまで潜り込んでしまった! と考えたが次の瞬間には呼吸出来ない事実に直面していた。溺れるような感覚に襲われた私は必死にもがき、さらにもがき、もう一度もがいても意味がなかったので全力で切れた。


 ――人が本気で切れる時、プツンという音が鳴るのは本当かもしれない。少なくとも、私には聞こえた。


 今一度神威を発動し重ねがけ、どこを目指せばいいのかも分からないまま何かに突撃した私は、結局三つ首サイの背に仁王立ちしていた。

 血塗れの姿でぜいぜいと息を切らし、一体何が起きたのだと足下を見ると突撃痕があり、ああ自分はサイの(はらわた)の中に着地してしまったのかとここでようやく悟る有様だ。

 内臓まで作りこむ製作側の悪質さに再度切れそうになったが、気持ち悪いという現実の方が重かった。本当に、体中血塗れだったのだ。血の流れる悪質なシャワールームに入り込んでしまった事実に身体をわななかせ、もうやだやってらんない本格的に風呂入って寝てやろうか! と怒りと半泣き状態で周囲を見渡すと、敵さんが舌なめずりでこちらを囲んでいた。


 ――周囲が瞠目する中青い光に包まれ颯爽と降り立つヴァルキリー、新進気鋭のメイン派女性プレイヤー佐々木加奈再び戦場へ……。


 そんな画を思い描いていたのに、現実には血塗れで異臭放つ小娘が何故かサイの背中に立っている。もう少し正確に表現するなら、ホルモン漬けの女子高生がそこにあった、というところだろうか。

 そして観衆は、どう見ても雑魚ばかりだ。まあ、そういう場所を選んだのだが……。

 そんな有様でも慰めになったのは、それをプレイヤーや重要人物には見られていない、そして大物を一匹仕留めたという事実だった。ハッキネンがどこにいるのかは分からないが、こちらが確認出来ない以上向こうの視界にも入ってはいないはずだ。それに、この三つ首のサイだってきっと大物、レアモンスターなのだろうと名前を確かめたが……それは名前もないただ首が三つあるだけのサイだった。


 トカレストニュースのメイン速報はピクリとも反応しない。

 ――おもてたのと、違う!!


 私はこの時、自分の腹に怒りの神を孕んだかのような気分を味わっていた。

 そうして、わんさかいる冥府上がりの敵さんに囲まれながら私が最初に取った行動は、サイの角を無理やり抜き取り、敵の群れに放り投げるという清々しいほどの八つ当たりだった。

 血飛沫が虚しく舞う中、こうして私もようやく戦場へと舞い戻ったのである。



 ――レイスによるブループラネットもどきの第二波が堕ちる頃、私の周囲半径五十メートルにいた敵は全て駆逐されていた。仕様変更に伴う慣らし運転と、更なる八つ当たりにより、無様な再登場の場面を目撃した存在は一つたりと残ることはなかった。

 地下都市がまた赤い光に包まれる中、


「目撃者は生かして帰さない!」


 と、そんなことを口走っていたように思う。

 若気の至りとはこういうことを言うのだろう。

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