第三十四話:戦場へ
周囲は瓦礫だらけだった。一人漠然と立つ私がいる。
目の前にはガルバルディが、ガルさんがいた。
声をかけようとしたが、出なかった。
ガルさんは俯いて、かぶりを振っている。
顔を上げたガルさんは、ゆっくり私に近づいてくる。手に騎士剣を持ち、覚悟の目を携えゆっくりと歩み寄ってくる。仲間三人がそれを阻止せんと立ち塞がるが意味をなさない。私の喉元に、騎士剣の切っ先を突きつけ「言い残すことはあるか」ガルさんはそう告げた。もはや抵抗する術もない私は「どこまでもクソゲーだったと、両親に伝えて下さい……ただ、それだけです。それしか思い浮かびません」そう涙目で呟いた。ザルギインはそれを見て嘲笑を浮かべ、ガルさんの一刀が私の首に――。
今までに聞いたこともないような轟音と揺れで、びくりと起き上がる。周囲は荒野で、私の首と胴は何事もなく繋がっていた。夢? ゲーム内で私は夢を見ていたのか? なんて悪夢だ。いや、それ以前に私は眠ってしまったのか? 何やってんだこんな時に!
慌てて周囲を見渡すと傍にしれっとした表情のクピドが浮いていた。こいつはどうでもいい。エリナはどこだ、バンカーバスターはどうなった?
「エリナ! バンカーバスターはどうなった!? 私はどれくらい寝てた!?」
エリナを探しながらそう叫ぶと、空になった発射台の傍から返事があった。
「二分ちょいかな? 今着弾したよ。これで全部解決じゃないかな。どうなったか見てみたいなーへへへ……ね?」
なんとも悪い顔だ。同時に恍惚とした表情でエリナはそう言っていた。既にピンクのガンナードレスに着替え、いつも通り二丁拳銃をぶら下げている。そうか、撃ったのか。今の轟音は着弾音、それで目が覚めた。
いや、だとすればやばい。色々やばいじゃないか!
「エリナ地上戦の準備だ! 天井が崩落するぞ! ここで迎え撃つ!」
エリナもはっとしたのか慌てて武器庫の方に走っていく。半分パニック状態の私は風穴から距離を取り、ボードを表示させ慌てて準備に取り掛かる。結局必要なことは何一つしていない。それなのに、このまま戦闘になるかもしれないとは。
「これと、これと、これはやりたくないが……ええいもういい、やっちまえ!」
ダダダダとボードを叩き、最低限の準備を整えようとする。いや、違う、一つ大切なことを忘れている!
「エリナ! 回復薬くれ! 私瀕死に近いんだ!」
「ちょっと待って! 私二人もいないもん!」
そりゃそうだ。こうなりゃ仕方ないとクピドを探し首を振っていると、背後からトントンと肩を突かれた。
「いたか! エリナの武器庫から回復薬取ってこい! 急げ!」
だが、怒声に近いその言葉を聞いてもクピドは動こうとはしなかった。血管が浮き出、思わず手を伸ばそうとするとクピドは風穴の方向を指差した。
「だからあれが崩れて……! あれ?」
今さっき着弾したんだよな……もう、崩れ始めてもおかしくはないはずなんだが……。エリナもそれに気付いたようで、こちらの様子を窺っている。崩落は免れた? とすると、地下都市だけが爆砕されたのか? いや、まさかの不発? でも爆音はしたぞ?
慌てて下の二人にメッセージを送る。無事なのか、そして今どうなっているのか。だが、返事が来ない。まさか……。ぞっとして血の気が失せる。逃げそこなった? ライフ1ではすまなかったのか? それともダメだった? どうなってんだ?
一瞬腰が抜けかけたが、ゆるゆると風穴に近づいていくと粉塵が舞い上がってきた。エリナも駆け寄り、不安そうに穴を見つめている。やはり、着弾はしている。とすれば……。
最悪を思い浮かべ震える手でステータスボードを開く。パーティーの面子は、今何人だ。四人パーティーなんだ、二人の名前があればまだ生きている……なければ……。先にそれを確認したのはエリナだった。
「大丈夫、二人とも無事だよ!」
その歓喜の言葉と同時に、二人のメッセージが表示された。
[死ぬかと思った]
[やり過ぎ]
無事だった! 良かった! って撃てっつったのはそっちじゃないか! 何がやり過ぎだよもう、馬鹿野郎!
思わず天を仰ぎ、泣き笑いを交えて胸を撫で下ろす。エリナも溜め息をつき、なんとも言えない表情していた。肩の力が抜ける中、またクピドが身体を突いてきた。むっとして振り返ると、風穴を親指で指し示し「行こうか」と主張している。
いや、それはそうだがまずは体力の回復が……だが、その必要はないことが、ステータスボードに表示されていた。同時に、視界に奇妙な文字が浮かび上がった。いや、これは以前にも見たことがある。
『トカレスト速報。レアモンスター討伐達成! ジェーン・ドゥさんおめでとうございます! 対象、神虫ナナウト(初)狂獣アルメン(初)――』
凄い、全部で十八種類も仕留めている。名前すら聞いたこともない化け物ばかりだ。けど、
「ジェーン・ドゥ?」
私が思わずそう零す中、エリナだけが軽くガッツポーズを取っていた。
――降りる、こっからがマジもんの正念場だ。
エリナから軽めのライフとMPの回復薬を受け取り、飲み干す。
そして三種類の回復薬を腰に提げた後、強い口調で話しかけた。
「エリナ、注意点だ。時間がないから簡単に言うぞ」
「うん」
「絶対に降りるな。ここを死守しろ。下の様子は分からないけど化け物共にとってはこの風穴が唯一の脱出ルートだ。連中は追い詰められたら絶対にここを目指してくる。そん時はぶっ飛ばせ。絶対地上に上げるな。最悪封鎖しろ」
「それは……私降りちゃダメなの……?」
「ダメだ。レアモンスター狩りはもう充分でしょ? それから私の補給を怠らないで」
「うん、了解……けどね」
「いいから聞くの! いないと思うけど通りすがりの人間巻き込むな。メイン派の猛者でもどうなるか分からない」
「はい……」
「あと助っ人を頼んだ。来ないかもしんないけどもし来たら下に通して」
「助っ人? あ、うん了解」
そうして、エリナの目をじっと見る。エリナも視線を逸らさずじっと私を見ていた。うん、この一見澄んだ目を信用……するしかないな。私には目見ただけじゃ分からない。神様じゃないもん。
「よし、頼むよ」
キリッと言い放つと、
「ええ、ボス、ビシッと決めてきて下さい」
ポーズつきでビシッと返された。とても不安だ。
不安要素はまだあった。地下へと通じる風穴の淵に立ち、一つ顎に手をやりそれを考える。ダメクピドがついてきているのだ。こいつどうする……。
下の様子が分からないだけに、博打だが連れて行くしかないのか? ロウヒの手前半殺しはともかく殺すわけにはいかん。いくら外れくじとはいえヴァルハラの存在でロウヒの部下だ……くそ。
「邪魔だけは……すんなよ!」
それだけ言い放ち口元を引き締める。
少し目を瞑り覚悟を決めた後、粉塵の舞う風穴へとようやく飛び込んだ。
一体、下はどうなっているのか、そしてどれだけのことが出来るのかという不安に胸をざらつかせながら。




