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トカレストストーリー  作者: 文字塚
第三章:ヴァルキリーの台頭
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第三十三話:手段、催促、決断の時

 マーカスからのメッセージに続きハッキネンからもSOSが届き、私は自分の置かれている状況を思い出した。何を、何をやってんだ私は。分かりやすく狼狽しながら、慌ててハッキネンのメッセージにも目を通す。マーカスもダメ押しと言わんばかりに送りつけてきていた。

[いくらなんでも敵が多過ぎる。二人ではどうしようもないんだ]

[おい、なんでさっさと戻って来ない? せっかくぶん殴ってやったのによう!]

 だから! 誰も! 殴れとは! 言ってないっっっ!

 ま……それはともかくどうやら本格的に時間切れらしい。

 いつの間にこんなに時間を浪費して、実質まだ何もしてないぞ……。


「くそが……お前のせいで時間無駄にしただろうが!」


 クピドが使える奴ならこんなことで手間取ることはなかったんだ。むかつきと焦りに包まれ、若干の八つ当たりを自覚しつつそう言うと、


『恋の相談などするから時間を無駄にするのだ』


 とまるで100パーセント私が悪いかのような答えが返ってきた。っていうか恋の相談などしてない! 屑が! ゴミが! 役立たずが! 何が恋だ! ロウヒめ、ちゃんと人選しろよ! この状況で何が恋だ! なんだこの恥ずかしい奴は! 馬鹿にしやがって!


「戻って態勢を整える、邪魔をしないと誓え! 誓えないのなら、ここで潰す! おら、頭下げろ! すいませんでしたと言え!」


 最早体裁とかやまとなでしこなんぞどうでも良かった。我ながらガラの悪さマックスだが、これだけは譲れん。こんな奴役に立たずともよい、邪魔さえしなければ生かしておいてやってもいい。しかし、


『なあ、初恋が実らなかったからといって私に八つ当たりするなよ。次はきっとうまくいくって。気楽にいこーじゃないか』


 返ってきたのは殺意が湧くような言葉だった。

 何が……初恋だ……マジ潰すか、上で、いやもういっそここで……と歯軋りしつつ、片手でクピドの首をむんずと掴む。血走った目で、それはもう、いっそ、握りつぶすぐらいの勢いで。


「なぁ……恋とか愛とかンなことはホントどうでもいいンだよ……! 今は生きるか死ぬかなンですだよ! 血で血を洗うのがトカレストメイン派の流儀なンだ! 邪魔しないと誓え……! じゃなきゃ、今ここで砕く!」

『だ、だから、邪魔したのはそちらではないか! そもそもどうやったのだ!』

「ロウヒの力だ! それにザルギインだ! ロウヒ同様ザルギインも地下空間の全てを把握している! あいつに協力を仰いで全員と打ち合わせした! これで納得したか!」

『敵と内通するとはなんと愚かな……』


 この愚鈍が!!


「ロウヒは納得していたぞ! でなきゃ成功するはずないからな! 私はロウヒの影響下にあるヴァルキリーだ、祈りを捧げれば一発だった! お前、還ったあとロウヒになんて詫びるつもりだ? ロウヒは全部見ているぞ、このやり取りもきっと聞いている!」

『い、言われたとおりにやったではないか……ただ恋しているとは聞いていなかった! 殺れるのならば殺れば良いと、そういう指示だった! 恋の成就ならば私の本分だ、むしろそちらの方が得意かもしれない。なぜ先に言わない!』

「だ・か・ら! 恋とか愛とか情とかそんなもんは存在しないんだ! このトカレストには! 友情ですら怪しいもんだ! この屑が! 死んだら恋もへったくれもないだろ! 残るのは謎の借金だけなんだぞ! 仕様ぐらい把握しとけ!」


 頭に血が上りガンガンと連続頭突きしていると、クピドが泡を吹き、血を流して気絶してしまった。これじゃ言い聞かせるどころではないが、どうにもこうにもざまあない。血塗れのヴァルキリーにはお似合いじゃないか。ちょっっっっっとだけ気が晴れたぜ、この間抜けが!

 うむ、よしっ。で、私何してたんだっけ。

[お姉ちゃーん、あらかた設置出来たよー次何すればいいー?]

[きたか!]

[エリナ今すぐ撃て! 構わん、どうせライフは1になるだけだ!]

 急かす下の二人に私はまたぞろ慌ててしまった。待て待て待て待って! 撃つなって! あんなもん撃ったらガルさんも巻き添えになる! そうなったら言い訳のしようがないってか私の寿命が吹き飛ぶ!

 ぐったりしているクピドを鷲掴みにし、地上に向かい力いっぱいジャンプする。もはや空を飛ぶことも出来ないヴァルキリーだが、風に逆らい凄まじい勢いで上昇していく。その跳躍の力はただ事ではなく、一発で地上へとたどりついた。驚くべき跳躍力だ。


 地上に戻るとすぐさまゴミ屑同様、幼児の姿に戻ったクピドをベシャンと音が鳴るほどの勢いで地面に投げつけ、エリナを探そうと周囲を見渡す。

 エリナはどこだ! だがそれは――探すまでもなく見つかった。いや、主張していた。夕闇近い荒野に堂々たる存在感を持ち、それは存在していた。これが、こいつが最終兵器か……。


「お姉ちゃん! 撃っていい? 二人は撃てって急かしてるよ。あれ、そいつ結局やったの?」


 エリナの叫ぶような声が聞こえた。その問いも半分に、若干くらりとしつつ、私は声の聞こえた方向へと足を向ける。


「ねえー! 撃つよ?」

「ああ、うん、ちょい待ち! 今行く! で、これがバンカーバスター!?」


 うんとエリナは頷き、巨大な建造物の何かと向かい合っていた。私は急ぎ走って近づき、巨大なそれの影へと入った。エリナの下にたどりつくと、何やらパネルがついており、妙なボタンの配置されている操作盤も見えた。


「凄い……アナログ……あいや、なんかこれでかすぎない? どうやったのさ?」

「説明書見ながら組み立てたよ? 配線が適当だったり、パネルのモニターがブラウン管とかありえない感じだったけど、なんとかなった」


 そう、なんとかなるものなのね……。細かいことは、気にしない方がいいか。気にしてどうなるものでもないし……。しかし、このサイズのミサイルなんて着弾したら辺り一体吹っ飛ぶんじゃなかろうか。ハープーンとか、ジャベリンとかそういうスケールじゃないぞ。上が、先端が見えないし直径でどれくらいあるんだ?

 だが、下の二人はこれを撃てという。正気を疑うぞ、分かっているのか? 見たら間違いなく引くと思うんだが。


「いやしかしエリナ、これなんでこんなでかいのよ?」

「知らない。普通は20フィート、6メートルぐらいなんだけど改造してたらこんなになっちゃった」


 なっちゃったのかーじゃあしょうがないなー、ってわけにはいかんのだよ!


「改造って、んじゃこれ威力強過ぎるんじゃないの!?」

「んー下の二人は撃っていいって、どうせライフは1になるだけだって」


 いやそれは確かにそうかもしれんが……PKがないトカレストでは仲間の攻撃の巻き添えを食ってもライフが1で納まる可能性は確かにある。けど、これはちょっとその範疇超えてるような……。なんだろう、不安しか、ない。エリナのデタラメには慣れたつもりだったが、これはちょっとキャパ超えちゃってる。


「あのごめん基本的なこと聞き忘れてたんだけど、バンカーバスターって、核?」

「へ? 貫通弾だよ。地下要塞とか吹っ飛ばすのに使うの」

「へー」


 なんでそんなもん持ってるんだ……。


「でももう穴は開いてるんだよね。だから威力しか意味ないんだ。で、撃つ?」


 引いて呆ける私に、エリナはボタンが押したくて仕方ないと言った風にうずうずして見せた。いやあの、どうしよう。と、一人で悩んでいても仕方ない。撃てと急かしているのは下の二人だ。

[ちょいお二人さん、マジ撃たないとどうにもならない?]

 下の二人に再確認すると素早くマーカスが反応した。

[何寝惚けてんだ、お前は早く来い! エリナ、撃っていいぞ!]

[でもお姉ちゃんが撃てって言わないの]

[いや、下の僕らが撃ってくれと言ってるんだからそこは撃ってくれてもいいんじゃないのか?]

[だから撃たねえのならお前さっさと降りてこいや! 適当に超必ぱなして一掃しろ!]

 うぐ……どうしよう。超必殺技は……左腕が使えない時点でブルプラもホーリークラッシュも使えないんだ。今更あいつと同化なんてしたくないし……だとすれば、撃つしかないのか。


 そう逡巡している時だった。


 本気で悩み、そして決断せねばならない段階なのに、私は謎の睡魔に襲われていた。なんだこれは。マジ寝の時間か? それとも疲労の蓄積、いや決断を迫られて寝逃げしたくなった? なんなんだこんな時に。

[ねえ、下ってどんな感じ?]

 睡魔と闘いつつ迷っていると、エリナがそんなことを尋ねた。

[一言でいうと、大渋滞]

[コンサート会場みたいになってんだよ! てめえのイベントだろうがとそいつに言え!]

 コンサートか、なんか楽しそうだねーと思わず打ちそうになったが眠くてそれどころではなかった。いかん、マジ眠い。


「どする? お姉ちゃん」

「えーあーうん……切り札のつもりだったんだけどなあ……」


 ゴンゴンとメットを叩く。ちょっと出番が早い、つい舌打ちまでしてしまう。というより、そもそも撃たなきゃいけない状態になると思っていなかったんだよ。ゴミに構っていたらこれだ……くそクピドが。この睡魔もあいつのせいじゃないのか? どこまでも足引っ張りやがって。いっそトドメ刺してやろうか……いやダメだ、謎に眠い。


「うあ……ねむ……あのさエリナ、撃ったとして、下はどうなるだろう?」

「多分、なくなる」


 む、無か。えげつないが賭けとしては、悪くないかもしれん。でもそうなるとやっぱり強力過ぎる。なくなるとかあっさり言われると撃てるものも撃てない。今一度、下の二人に問わねば。もう二人に決めてもらうしかない。今の私には決められないよ。

[あの、真面目な話、バンカーバスター撃ったら解決すんの?]

[数が多過ぎる。これでもまだ半分にも満たないらしい。ザルギインが冥府で葬った数はこれではすまない]


 そうだった、奴は二千年間戦い続けていたんだ。ったく戦争狂が!


[共食いが始まってんだよ! 範囲攻撃か全体攻撃出来る奴がいねーと収集つかねーんだ! 俺らにどうしろってんだ!]

 ああ、範囲攻撃出来るの私とエリナだけだった。意外な盲点である。強い弱いの問題ではないのだ。マーカスの気持ちは痛いほど分かる。

[うぐぐ……けどライフ1でほんとにすむの? そこが心配なんだよ!]

[それは保証する。というより僕らは直撃は食らわない。間違いがあってライフ1だ]

[むしろ一発じゃ無理かもしれんぞ! ここは意外に広い、それに兵器にゃブレーキがかかってる。つかさっさと決断しろよ!]


 そうだ、トカレストでは弓は銃より強い謎仕様。兵器も同様なのか? なら、躊躇うことはないか。むしろその後に備えるべきかもしれない。けど今まで目にしてきた兵器はどれもブレーキなんてかかってなかったぞ。本当なのか?

 出来ればギリギリまで温存……ダメだ、決断出来ない。なんでこんなに眠いんだ。こんなじゃ話にならん、もう下の二人に従うほかないじゃないか。ほんと、どうなっても知らないからな!


[分かった撃つよ。ただその前にザルギインに言っといて。"今から私が超必殺技をぱなすので、ガード固めつつ楽しんで下さい"ってガルさんに伝えろと]

[了解、言っておくよ。マーカス、頼む]

[おう。よっしゃエリナ、撃てや!]


 これで、逃げも隠れも出来なくなるな……理屈抜きで。

 あまり頭の働かない中での決断だが、こればかりは仕方ない。下の二人を信用するしかない。下唇を噛み、首を振っていると、隣にいるエリナの訝しげな表情が目に留まった。この子がこんな顔を見せるのは始めてかもしれない。


「うん、どした? もう撃っちゃっていいよ?」

「むーあのさー私のバンカーバスターだよ……? お姉ちゃんのじゃないもん……」


 ああ……そんなとこで拗ねるのか。もう子供はこれだから! 眠いのに! 目を擦りつつエリナを納得させようとしっかりと向き合う。その時、ふっとした違和感を持った。なんか、いつもと違う。不思議と、エリナがいつもより大人びた感じに見える。何故だ?

 違和感の原因はすぐに分かった。むしろ何故今まで気付かなかったのか。へえ、いつの間にか髪くくってたんだこの子。気付かなかった。それに、ガンナードレスじゃなくて作業着に着替えてる。目を擦りながらそれを問うと、


「髪が邪魔だったから。それに油塗れになるから、着替えたの」


 と納得のいく答えが返ってきた。それでか……シンプルなポニーテールだが、金髪の鮮やかさが強調されてツインテールより似合ってるかもしれない。その一方、エリナの顔、作業着、共に油塗れでこれまでの苦労の甲斐が思いやられた。さっくりやったように見えるが、かなり頑張ったんだ。私が屑クピド小突き回してる間に。なんだか、自分が物凄く空気の読めない小物に思えてきた……。

 誤魔化すようにタオルを取り出し汚れを取ろうとすると両手で遮られた。


「撃つのはいいんだけど、私のバンカーバスターだからね!」


 ああもうそんな分かってるよ……拗ねるエリナに作り笑顔でさらに誤魔化して、仕方ないことなのだと説明する。あくまでガルさんに私の仕業だと思わせたいだけなのだ。だからエリナの兵器だってことはみんな知ってるし、そこは一つ勘弁してくれと、顔を拭いながら片目を瞑ってお願いした。


「ほんと、ガルさんにだけそう思わせたいんだ。じゃないと私、やばいのよ」


 本来言うつもりのないことを、眠気からついつい話してしまった。こうなるともうブレーキが利かない。


「なんで? あの白いおじさんは仲間じゃないの?」

「いや、そこが揺らいでしまって……最悪の場合なんだけど、勝負に勝ったはいいけど結局死ぬ、なんてこともありえるんだ」


 そう言い、参ったよと付け足すと、拗ねていたエリナの顔は一変しむしろ泣き顔のようになって私の心配をし始めた。もういっそガルバルディごと吹き飛ばそうとか、物騒なことを言い始める。いやまあ、最悪それも考えてはいたのだが……。


[なあ、僕らを見殺しにするのが、このイベントの意味するところなのか?]

[は・や・く・し・ろ]


 そのメッセージを見て、エリナと二人目を合わせ苦笑する。軽く反省しつつアイコンタクトで各々の役割を果たすための配置についた。エリナはバンカーバスターを撃ち、私は……態勢を整える。眠いのもなんとかしなきゃ。


[三分後に着弾! 発射角を合わせたら即撃つ! カウントダウンはしない! 正確に、今から三分後!]

 エリナがそうチャットに打ち込むと、

[三分持つかな……]

[意外にかかるじゃねーか……先に言えや]


 男達の愚痴が届いてきた。そんなことも無視してエリナはバンカーバスターの発射角を合わせている。それも手作業で。ハンドルを剛力で回し、ブラウン管のモニターと睨みうその姿は、なんとも奇妙なものだった。

 ま、奇妙奇妙なんて言い出すとキリないんだけどさ。

 エリナは忙しそうなので、私は眠い目を擦りながら心の中で小さく呟いた。

 エリナ、そのポニテ、凄い可愛いよ、と。


「私も髪型いじりたいよ……このメットさえなけりゃなあ」


 眠気で言葉もふらつくが、溜め息と共に出たそんな台詞に失神していたクピドが反応し、むくりと身体を起こしていた。

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