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トカレストストーリー  作者: 文字塚
第三章:ヴァルキリーの台頭
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第三十一話:聖剣士ガルバルディ

 地上付近では、流れ込む風に晒された二人の間でささやかなやり取りが行われた。風穴と化した壁面に左腕を食い込ませ見上げる深紅のヴァルキリーのその視線は、子供相手のものとはとても思えない。


「聞いてないな」


 見下ろすエリナ瞳も、私が見たことのない冷酷無比な色を含んでいた。


「言ってないもの」

「誰の命令だ。こんなことをしては、取り返しがつかなくなる」

「私に指示を出せるのは、一人だけ」


 それ以上、言葉が交わされることはなかった。エリナに私が撃てるか、そんな一抹の不安は杞憂のものとなり、ヴァルキリーに容赦のない一撃が加えられる。銃撃は左腕を正確に捉え、ヴァルキリーは命綱を失った。

 空中制御は出来ても空飛ぶ力を持たない深紅のヴァルキリーは、エリナの剛力によってついに地上へと引きずり出された。トカレストの空を舞いながら、私は、ようやく私を取り戻した。




 トカレストの地上は茜空に染まっていた。もうじき日が暮れる。なんと長い戦闘だったのか……帰還の開放感を味わいながらも、これからのことを考えると、息つく暇もない。しかし、随分と高く投げ上げられたことで思いもよらない時間が出来た。ただ引き上げるだけでよかったのに。これでは空の旅、スカイダイビングじゃないか。全く、どいつもこいつも……。

 謎に宙を舞い、ただ流れに身を任せる。穏やかならぬ気配を感じつつ、思考だけは既に次の展開を意識して激しく動いていた。自分のことは分かった。問題は、周囲の連中だ。素早くメッセージボードを表示させる。そして接触を試みる。この二人だけには話しておこうと、そう思って。挨拶も抜きにして、私はメッセージを送っていた。


[これは独り言だからあまり気にしなくていい。だけどこれを理解していないと、今から起きることに対応出来ない可能性がある。ああ、みんなには感謝してる、ありがとう。なんとか元に戻れたよ。ぶん殴れとは、言ってないけど]

[お帰りキリア。独り言か、ラジオ代わりだね。読み上げ機能をONにしようかな、DJがヴァルキリーなんてなかなか洒落てるじゃないか。僕は楽しみに聞かせてもらうよ。マーカス、君もどうだい?]

[おいハックテメエ……独り言ってお前らなぁ……なんか生まれてんぞ。どうすんだこの状況]


 下は酷い有様なのだろう。だが、言えることは一つしかない。


[なんとかしてくれとしか、私には言えない。ちなみにエリナにはこのメッセージは見えてないから]

[そうか。確かにこれ以上巻き込むべきではないね]

[なんとかしろって、してるけどよ。限度があんだろ]


 そうかもしれないが、それは今はいいのだ。ここからが、大事なのだから。

 二人にピンとくる話かは分からないが、大切なことをこれから話す。

 胸の中にある二つの痛みを感じながら、葛藤と共に私は続けた。


[あのさ、そもそもガルさんはここに何をしに来たのだろう?

 魔の気配を感じてすっ飛んできた、多分そんなとこだとは思うんだ。けど今ガルさんがやっていることはザルギインの手助けして、片棒を担いでいるのと変わりない。奴をどう定義するかは微妙なところなんだけど、ガルさんの行動原理がどうも分からないんだ。

 こんな連中興味もない、どうでもいい。確かに最初はそうだったかもしれない。けど乱戦になった段階で話は変わったと思うんだ。ザルギインも私もさっさと始末すりゃよかったのに、と我ながら思うんだよね。大して手間もかからない]

[立場からくる体裁の問題ではない、と。しかし、君と聖剣士殿の関係から言って瞬殺するわけにはいかないんじゃないかな]

[なんか知らんが、実力差は歴然だな]


 その通り、実力差は歴然という一言ではすまない程にある。


[ガルバルディとザルギインには共通点がある。神殺しだ。これは間違いない。ガルバルディの特徴はその圧倒的強さ。いくらなんでも強過ぎる。神も魔も竜も、なんだろうとガルさんの敵じゃない。その点から見て、ガルさんは力の信奉者であると同時に、力の体現者、具現者でもある]

[神殺しか、まあ目の前で随分と殺しているのは事実だね]

[俺らもあんま変わらんような気もするが]


 確かに今となっては、そうかもしれない。そうも思うが、私は躊躇わずに続けた。


[ぶっちゃけガルさんの行動原理を探って意味があるの私だけなんだ。みんなには関係ない。ストーリー上ガルバルディは存在しないに等しいんだから。何せ本来はストーリーの終盤に、世界各地を放浪して遺跡なんかで出くわすだけなんだし]

[データじゃそうなってたね。結構気まぐれな人だとは思う]

[ここじゃある意味主役だがな]


[ガルバルディを読み解くには、ガルバルディに対する周囲の反応を見ることだ。これはもうはっきりしている。最初は王様からだった。次に姫、その次はザルギイン、それからそこらに転がってる化け物共。最後に、オーディンやロウヒなんかの、本来神と崇められるだけの存在。全員に共通しているのは、恐怖と戸惑い、そして警戒心だ]

[それは僕らも変わらない。けどロウヒと言ったかい、今?]

[俺は一瞬もびびってねーぞ。勝てるとは言わんが]


[終末論を唱えたくなるよ。ガルさんが死んだその日が、人類の終わりを意味する。この場合は、トカレスト世界ってことだけど。それぐらいに、強い。ただしガルさんは間違いなく人間だ、確信がある。つまり寿命がある。ザルギインの狙いは本来それだった。あいつはここでガルさんが死ぬのを待ってた。でも向こうから来てしまった。余裕こいてたけど、内心はパニックだったと思う]

[姫君と、同じだね。この化け物を処理出来るのが彼だけってのも現時点では同感だ]

[あー覇王の奴今隣にいるから聞いてみるか?]


[ガルさんを知った奴らはガルさんの存在を無視出来ない。程度の差はあれ、どう対処するか考える。でも基本は寿命を待てばいい。そして骸の取り合いだ。最強の戦士、その魂の奪い合いが、トカレストの裏テーマとも言える]

[誰も知らない、誰も気付かない話だ]

[俺は死なない設定になってんじゃねーかと思うんだが]


[ガルさんの本音は分からない。けど最終的にどうするか、というよりどうなるかはみんな知ってる。国を捨てて、仕事辞めて、世界を旅してる]

[でも君のルートじゃ、違うかもしれない]

[実は仕事辞めたいのか、あいつ。労働意欲のねえ野郎だな]


[本音はほんと分からないんだ。けど仕事はもう辞めたいんじゃないかと思う。親代わりの船長さん、枢機卿はもう死んだ。婚約者には逃げられて、人間捨ててでもお前なんかと結婚するかと言われる始末。挙句に命狙われてるし。仕事は山積して、反乱軍の鎮圧ったってどうせ一人でやってると思うんだ。でもそれって結局、殺人でしょ?]

[戦時においての行為を殺人と呼ぶかは……まあ、いいか]

[あのおっさん相手になんで反乱起こそうと思うのか、俺はそこが不思議でならん]


[そんな風に責任だけが積み重なってさ、正直やってらんないって感じじゃないかと。実際この耳でそんな愚痴を聞いたし。挙句に、死んだ後自分がどんな目に遭うかも、多分分かってる。分かってしまったんだ]


 そろそろ地表が近づいてきた。早く締めないとダメだな。しかしこの高さ、崖を飛び降りた時のことを思い出すな。いや、あれは突き落とされたんだっけか、誰かさんに。少し態勢を立て直し、着地の準備に入るが二人のメッセージが届きさらに連絡を取り合う。先に核心に気付いたのはハッキネンだった。


[そうか……それでか、長寿、いや、人を捨てたいのは実は聖剣士殿自身?]

[なんの話だ? 敵がいねーから、強い奴探しに行ったとかじゃねーのか。もっと強い奴と戦いたい的な]


 なるほど、マーカスの見方にも一理ある。

 ほぼ前者だと思われるが、可能性としては後者もなくはないか……。


[どちらにせよ、ガルさんは何もかも捨てる。けど、周りがそれを許さない。

 ガルさんはがんじがらめの状態なんだ。警戒心をむき出しにされながらも、誰からも必要とされ、疎ましく思われてる。

 そしてそんなガルさんの心情を唯一理解出来るのが、今はザルギインってことになってしまってる。ほんとはもう一人いるんだけど、ドロップアウトしちゃったし。私の元相方さんなんだけどね。ここのイベントが歪みきって混沌としたのは、もしかしたらそのせいかもしれない]

[彼を一人の人間として見て、さらにイベントの発生条件から考えれば確かにその可能性はある]

[相方って、誰だ?]


 いない人間の話をしても仕方がない。


[ガルさんには今理解者がいない。だから殺さない。ザルギインを、殺せない。そしてその一番の理由は、ザルギインが人間側だからだ。こいつは、どんなものに対しても抗う者なんだ。そして今じゃ、救済者になってしまっている]

[正しい。ザルギインは人間側だ。だから話が通じる]

[このゲームに人間とか化け物とか、関係あんのかね]


[なんでこんなことを言うのかと言えば、細かい理屈はともかく、実は今ガルさんのストレスマックスなんじゃねーのかと、そういう不安があるのね]

[なんとなく、そんな気はするね……]

[だとして、どうしろと?]


[機嫌損ねると、とばっちり受ける可能性があんのね、エリナ除いて]

[僕らも、巻き添えを食うと……]

[マジギレ寸前かよ。あのおっさん女はいねーのか?]


[エリナ見て切れるのは分かるけど、それ自体が実はストレスの正体でもあるんだ。化け物共の殺し方見てて、そう思った。あれだけ力の差があるんだ、安楽死みたいにしてもよさそうなものなのに、悶え苦しむみたいにやってんだもの。それでいて、その血で自分の白装束が汚れることすら、許さない]

[恐ろしい話だね]

[あん? エリナが好みなのか? ふざけんな、十年待てよ]


 ほんとマーカスって奴はと私は苦笑してしまった。十年待ったら認めるのか、と突っ込みたいところだが今はそれどころではない。そもそもよくチャットを打てる状況にあるものだ。


 気がつくと地上はもうそこまで迫っていた。慌てて態勢を整える。墜落という名の着地は音もなく成功した。私も随分成長したもんだ。前はぺしゃんこの薄焼きピザみたいになったのに。それでもやはり、精神的疲労から膝をついてしまった。さすがに、色々と堪えたのは間違いない。それに……左腕が、いうこときかない。壊死か……。

 着地と同時にエリナが駆け寄って来た。だが、満面の笑顔湛えていたその表情は一瞬にして切り替わり、凄腕のガンスリンガーの如く素早くコルトパイソンを抜き、二挺拳銃のスタイルで構えている。銃口の先は、私の背後だ。背後の存在とエリナは睨みあい、ピクリとも動かない。これは困る、後ろの奴はともかくエリナには大切な仕事があるんだ。

 周囲を見渡すと、倉庫という名の武器庫から大量破壊兵器とでも形容したくなるものが、大量に取り出されていた。整理していなかったのだろうか。バンカーバスターを探してああなったのかな。


 エリナに視線で仕事を続けろと訴えるが、軽く首を振られて拒絶された。

 気持ちは分かるが……。エリナには、ほんと悪いことしたな。

 私はエリナに近づいて、そっと頭に手を置いた。

 左腕はやっぱり動かないから、屈みこみ、右腕だけでその身体をしっかりと抱きしめた。

 ほんと、小さいなこの子。

 私は改めてエリナは幼い子供なんだと、思い知らされた気がした。


「お姉ちゃんどいて邪魔。そいつ、殺る気だよ」


 一瞬戸惑いを見せたエリナだが、戦闘態勢を解こうとはしない。血で汚して悪いなと思いつつ、抱きしめたまま私はそっと囁いた。


「あれが何か分かる?」

「敵と、判断」

「ううん、あれは私の最後の武器だ」

「でも、弓向けてる!」

「こいつは打てない。それよりエリナ、よく撃った。ごめんね、マーカスでもないのに辛い仕事させて」


 ようやくエリナと視線が合った。そしてエリナが何か言おうと口を開くところで指を立て、さらに武器庫を指差した。「心配しないで」という言葉を付け足して。そして私は、再び二人へとメッセージを送った。


[遅れてごめん。根が海賊なんだ、ガルさんは。騎士道なんて、ほんとはどーでもいいんだ。どーでもいいことに巻き込まれて、最期は神と魔とかわけの分からんもんの争奪戦の的になる運命なんだ。

 実は気の毒な人なんだよ。

 色々あって、神の意思って奴を感じてそれだけは分かった。そこでちょっと、演出入れてだね、ガルさんを応援しようと思うんだ。まあ基本は自分の命が惜しいからなんだけど]

[なるほど、何かお手伝い出来るかな?]

[俺はザルギインの面倒見るので精一杯だ]


 それぞれの返答を受けて、私は思い切りよくメッセージを打ち込んだ。


[私のやることを邪魔しないでもらいたい。それだけで充分。ただし、私大して強くないから結果には責任もてない]


 さすがにこの言い分には、二人とも思うところがあったのか、返答はすぐには返ってこなかった。


[とすると、エリナ次第ってことかな?]

[あーなんだ、雑魚狩りしてろってことか?]


[ううん。つまり、ガルさんが私を殺そうとしても、ガルさんを責めないでくれってこと。ガルさんの魂を弄ぶものをガルさんがぶっ飛ばすのは、筋に合ってる]

[なるほど……ヴァルキリーは神の側、か。しかし、ヴァルキリーの転職証を渡したのは当の聖剣士殿じゃないか?]


 さすがハッキネン、鋭い。


[まあ止めようにも、止められん可能性が高い。けどよー自殺と紙一重なんてのは、見てられん。俺は助っ人に来たんだぜ]


 素直にしてありがたい言葉だ。マーカスらしい。

 だからエリナもなついているのかな。とはいえ……だ。


[これからガルさんへの感謝と応援を、この場にて表現したい。それを楽しんでくれとしか、私には言えない。以上]

[キリア君……悪いが、ただ観ているだけってわけにはいかない]

[状況によるが、全力で阻止する]


 ――らしくない答えだなとは思うんだ。ついさっきまでは、全く違うことを考えていたのに。けど、ここのイベントは本来こうあるべきなんだと、そう思うんだよね。

※少し修正しています。

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