表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
トカレストストーリー  作者: 文字塚
第三章:ヴァルキリーの台頭
66/225

第二十七話:鮮血、反逆と深紅のヴァルキリー3

「見かけたら即殺してる」


 ガルさんは私にそう言った。


「どちらにせよ、始末する」


 そうも言った。私はこの耳で聞いたんだ。

 だけど今、私はその対象、魔王ザルギインと肩を並べていた。


 地下空間は惨劇の場と化している。

 崩れいく地下都市のそれは、世界の終わりを感じさせた。

 ただ一人の剣士と、魔王と深紅のヴァルキリーが全てを破壊し尽くす光景は、いずれ訪れる終末の刻を予見させるものだった。


 一塊の存在が割れ、二頭のドラゴンが黒い血に塗れている。長い首を垂らし、頭部は地面に伏していた。そしてこちらを見据えている。その眼からは、混沌しか感じられない。生死や魂というものが、そこからは感じられない。知性や感覚というものを、それからは読み取ることが出来ない。元は一体なんだったのだろう。二頭の動きは鈍重で、また分裂するためか、身体には小さな亀裂が入っていた。


「どちらに、コアがあるかだ」


 ザルギインがそう呟き、黄土色の魔道着を揺らせる。足下まで隠すそれは着古した、いくつもの時代を経続けた衣装に見える。細かな刺繍には、古代文字のようなものも含まれ、彼が何者かを証明しているかのようだ。これが彼の、戦闘服なのだろうか。


「どっちも壊すんだから、どうでもいい話でしょう?」


 それは赤く染まる戦士だった。ヴァルキリー、本来は青と白を基調に装飾されているはずのそれは、今深紅に覆われている。マントも、鎧も、スカートも、兜の羽まで赤く染まっている。

 その赤と同等に印象的なのは、背から突き出す四本の翼骨だろう。滴り落ちる血は止まることを知らず、まるで自分の存在をこの場に刻み込むかのように流れ続けていた。


 これが、これがヴァルキリーなのか?

 これが、私なのか?


「あれは私の知る存在ではない。あれが終わりではなく、あれが始まりとなる。コアを破壊せねば、分裂し続け全てを取り戻す。そうなれば手に負えん」

「そう。ま、二体いるんだし、片方よろしくね」

「それは困る。援護という形が理想だ。そもそも私は前線には向いていない」


 二人のその会話は、ドラゴンから零れ落ちた悪鬼により中断される。人型ながら頭蓋のみ肥大したそれは、黒い肉体を躍らせ二人の頭部を噛み切らんと襲い掛かってきた。

 二人は悠然とそれをかわし、標的へと一気に間合いを詰める。

 鈍重だと思われたドラゴンも獣の如く首を跳ね上げ、黒煙のような炎を吐き出した。

 ザルギインの取り付いたドラゴンは血飛沫を飛ばし、尾を振り回している。

 ヴァルキリーが襲い掛かったドラゴンは肉体に複数の顔を出現させた。


「当たりだが、逆が良かった」


 ザルギインはそう零し、苦々しい表情を浮かべた。そしてドラゴンの大口をよけ、右腕を振り上げ空中を舞った。


「まずはこちらを片付けようか! しかしこれは、もはやドラゴンでもなんでもないな! デーモン、そうだろう!」


 ヴァルキリーも複数の黒い炎に撒かれ、宙を舞う。そしてその手には、一本の槍が握られていた。よく見れば、ドラゴンの足に黒い槍が突き刺さっている。その槍は動き続け、胴体目掛けてさらなる移動を試みている。離脱の瞬間には、もう攻撃していたのか。そしてその攻撃を、このドラゴンは自らの足を犠牲にガードした。


「堅いな。だがどこまで耐える!」


 ヴァルキリーは空中からドラゴンを見下ろし、口元を歪ませていた――。



 と、冷静に実況出来るぐらい、私は何もしていない。オート操作と言えば聞こえはいいが、実のところはなんかわけの分からない者に乗っ取られて何も出来ないだけだ。

 もう、VRMMORPGとかそんなんじゃない。ただの観るRPG、体感型の映画みたいになっている。しかも筋が分からないから、映画ですらない。どうしろと、結末まで私はただの傍観者なのか?


 これが、これが私の渇望した仮想現実……大金かけて環境を整えた、最新テクノロジー……泣きそうだ。操作させてくれ。もう、悪役でもなんでもいいから、操作させてくれ。アリだー! とか、そんな台詞でもいいから言わせてくれ。どんなエキストラでもやるから、頼む……マジ何も出来ないとか、ありえないってか寂しいってか、やるせないってか許せない……っ!


[エリナ、コアを狙撃出来るか?]

[出来なくはないけど、どの程度の威力でやればいい?]


 私の哀しみを他所に、ハッキネンとエリナがチャットでメッセージを交換している。


[主砲は音で反応される。ザルギインが動きを止めてくれればいいが、彼は巻き添えを食いたくないから絶対にやらないだろう]

[サプレッサー付きの狙撃銃ならあることはあるけど、威力が相当落ちるよ?]

[別に、ハープーンでいいんじゃねえのか?]


 マーカスも割って入り、自分達はどうすればいいのかを話し合っている。いいなあ、参加しようと思えば参加出来る奴らはいいなあ……これこそ、ゲームだよねえ……新時代のRPGって奴だよねえ……いいなあってちったぁ私のことも考えろよ! なんだよ! 支配権を取り戻せって! アバウト過ぎんだろ! もっと具体的なアドバイスしろってんだ!


[ハープーンの速度だと無理がある]

[だろうね。それならいっそ、バンカーバスターで一掃した方が早いと思うよ]

[威力ならバンカーバスター一択だが、その場合ここ全部吹っ飛ぶぞ]


 だから、そのバンカーバスターってのはなんなんだ。ずっと気になってたけど、聞きそびれてるよ。


[ま、でも最悪それで。あの二人が仕留め損なうこともあるかもしれない]

[うん]

[しゃーねーか。結構高いんだが]


 お前ら、私ごと殺る気じゃねーだろーな……。なんかこっちのことが全く考慮されていないようで、物凄く不安なんだが。


[そういえば、お姉ちゃんはいつ元に戻るの?]


 エリナ! エリナだけだよ、私のこと気にかけてくれるのは……。ってか、ボスじゃないのね。冷静に、暴れてるのかこの子は……。


[ああ、本人の気分じゃないかな。よく分からない]

[なんか機嫌悪そうだったぜ。疲れてんじゃねーのか。オート操作で楽出来てるから、しばらくこのままかもしれねーな]


 こいつら……。


[ちゃんと状況説明したの?]

[したさ。支配権を取り戻せと、説明した]


 ハッキネン……それ説明になってねーから!


[ボーナスステージだと、説明したぞ]


 とんだボーナスステージだぜ! ってハッキネンがそれ否定してたじゃん!


[ちゃんと説明してないと、納得出来ないと思うよ?]


 そうだエリナ! その通りだ! なんで幼子が一番まともなんだ! 大人ゲーマーはいかれた奴しかいないのか!


[そうかな。大体分かってると思うんだけど]

[いや、なんか疲れてたから俺らの説明頭に入ってねーかもしれん。もう一回言っとくか、世話の焼ける女だ、全く]


 あんな適当な説明じゃ何回言われても一緒だよ馬鹿野郎。つーかなんで私が悪いことになってんだ。


[ちゃんと説明しておいてね。じゃあ、撃って来る]

[俺もすぐ行く。MPはハックから回収するわ。悪鬼共MP持ってねー]

[らじゃー]

[マジか……]


 メッセージのやり取りは終わり、エリナの戦車が壁伝いに姿を現した。標的はザルギインと対峙する、コアを持つドラゴンだ。「ファイア!」という掛け声と共に主砲が火を噴きコア目掛けて飛んでいくが、ドラゴンはそれを口で受け止めた。爆炎ごと呑み込み、エリナの戦車を激しく目で追っている。

「チッ」という舌打ちは、誰のものだろうか。空耳だろうか。黄土色の魔導着を纏い空を舞うザルギインは親指を立ててエリナに感謝の意を示している。


[俺が行ったら上取れエリナ。地上にバンカーバスター設置してこい]

[おーけー]


 そうしてエリナの戦車は姿を消した。そして私宛に、ハッキネンからのメッセージが届いた。


[キリア、いいかな。もう一度状況を説明するよ]


 初めて説明を受ける気分だが。もしメッセージを返せれば、私はそう打っていただろう。ほんと、一体どうしてこうなったのだ。私はどうすればいいのだ。今はただ、ハッキネンの説明を聞いて状況を把握するしかない。


 その間にも、ヴァルキリーはドラゴンもどきと戦闘を続けている。その動きは洗練され、異形のものを圧倒していた。槍を手に持つそれは、戦闘における神の領域を思わせるものだった。


 そしてその女神は、文字通り、化け物を串刺しにしていた。


「六槍の結界、もはや身動きも取れまいが、これが始まりとなる。苦痛を与えることが目的ではない。貴様もう死んでおろうしな……」


 そう呟くヴァルキリーの怪しい笑みは、決して私のものではなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ