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トカレストストーリー  作者: 文字塚
第三章:ヴァルキリーの台頭
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第二十六話:鮮血、反逆と深紅のヴァルキリー2

 ――ソードマスターハッキネン。LV41。

 近接特化だが壁役はこなせない、あくまで攻撃主体である。特筆すべきは戦闘パラメーター999が一応の上限とされるトカレストにおいて、既に攻撃力が700台を超えていることだ。近接特化のソードマスター最大の武器は狂気と諦観である。ジェノサイドモードと葉隠れがその両輪となる。

 サムライというものに憧れているらしい。要調査。年齢不詳。


 プリースト、暴力神父マーカス。LV43。攻守にバランスの取れたファイター。現在は神父であるが、高位聖職者を意味するハイプリーストを名乗っている。黒の聖職衣をまとうことから「ありもしない」教会内部の上級職を気取っているらしい。若干の状態異常魔法とある程度の回復魔法が使用可能。さらに、戦闘において使用する強化系スキルはゲージ消費率が低く、MPの回収可能スキルを有していることから相対する敵によっては永久機関を抱えて戦うようなインチキ臭い強さを誇る。

 パラメーターはINTを除いて全て600台。筋肉馬鹿に相応しい数値だ。

 年齢は十代後半から二十代前半。


 ガンナー、特科機工士エリナ。LV53。

 近中遠超長距離全てに対応出来る万能の銃士。元々は機工士だったこと、さらに銃士となったことから兵器類の扱いに長けている。兵器は自分で開発、改造したらしい。銃士としての能力も折り紙つき。幼いながらも性格はややジキルとハイドが入っている。演技性人格障害についての知識を悪用しているようだ。

 パラメーターは全て400台。年齢は十歳と五ヶ月。銃士にとってパラメーターの低さはハンデにはならない。年齢がそれを補う面もあるらしいが、理解不能。


 聖剣士ガルバルディ、特筆すべき点しかない。


 覇王ザルギイン、防御スキルに長けた長寿を超えた存在――。


「よし……大体分かった……マーカス、全体的に終わらせっから、援護しろよ」


 私はただただ呆気に取られていた……こいつ……身体を乗っ取っているこいつ、記憶を読み取りやがった……! 挙句に、私の知らない細かな情報まで盗み取っている。一体どうやったんだ? なんなんだこいつ!?

 私は私が何者なのか理解出来なかった。まさか、ロウヒ本人ではないだろう? ではなんだ? 私は誰に支配されているんだ? 私自身の意識はただ呆然と、愕然とし続けている。



 地下都市の戦闘はやや小康状態にあった。



 勢力は大よそ四つ。一つは冥府より溢れし烏合の衆だが、今や戦意を喪失している。気に留める必要もないだろう。そもそも、地上世界の番人と化したガルバルディがその入り口に陣取った時点で連中は詰んでいる。呆れるほどに切り刻まれたのだろうが、画的には溺死のようにも見える。血の海に沈むそれは、悪趣味なオブジェを連想させた。


 とすると残る勢力は三つ。我々と、ガルバルディと、気味の悪い何かだ。

 確かに、その状況は分かるのだが……。


「よぅ、援護って何すりゃいいんだ? ゲージぶっ壊れてんだぜ」


 乗り気がしないと顔に出し、それでもマーカスは立ち上がった。

 いや……違うんだ、私はそんなこと言ってない。私の支配権が私にないんだ。身体がいうこと利かないんだよ! いっそログアウトしたいんだよ! それをハッキネンに相談したいのに……こんなわけの分からないもんに支配されて……!


「傍にいればそれでいいわよ……」


 自分の声のはずなのに、それは悪寒を感じるほどぞくりとするものだった。こいつ、私はマーカスを囮にする気なのか? マーカスの徒手空拳は「あれ」には分が悪そうだぞ? それに、疲弊している。援護といっても、彼の本業は格闘家だ。チャチな状態異常なんて効かないのではないか? そんなヤワな敵には見えない。


「傍ね、だそうだザルギイン。エリナにも伝えろ、こいつは以前のこいつではない」


 やっぱりマーカスは気付いている。それでも支配されていることまでは分からないんだ。警戒心のレベルが低い、プレイヤーがその支配権を奪われるなんて考えもしていない。なんてことだ、こんなのさすがに、私も想定していなかった。というかこんなもん誰が想像出来るんだ、攻略情報にもこんなもの載っていなかった!


 ――そんな、あまりにも深い困惑を置き去りにして、


「始めようか、ここは居心地がいい……なあ、我が傍系同属よ」


 小鳥がさえずるように、私はそう囁いていた。


 ――発射音、爆発音の後、半壊していた神殿は全壊に近い状態にまで崩れ去った。エリナの戦車砲が火を噴いたのだ。撃った瞬間壁を伝って移動する姿は戦車というよりチョロQだが、滑らかな車体がいい具合に艶を出している。しかしグレーで良かった。あの光沢で黒ならゴキブリにしか見えなかったろう。


 派手な砲撃は続く。機動性が連射をも可能にしている。


 そうして、ついに得体の知れない何かが姿を現した。


 それは、物の道理を超えていた。

 竜と神と魔……鬼……その全てが闇雲に、一塊(ひとかたまり)となっている。

 その全てが、同居していた。


 空想の産物、創造の象徴、ドラゴンは厳しくも神秘的であり、溢れんばかりの生命感を宿している。


 数多ある、神と呼ばれる存在はその姿態を問わない。もっとも人間に近く、また遠い存在でもある。


 魔とは結局なんなのか……ただ、禍々しい印象を持てば魔なるものなのだろうか。気味の悪いあれが、きっと魔と呼ばれるものなのだろう。


 悪鬼が下卑た哂い声を上げている。巨大な悪趣味、肥大化した怨讐……人ならざるものの成れの果てというものか。


 気の毒にもそれら全てを同化させたことで、もはや何物でもない存在と化している。


 しかし、そうであるからこそ、私は自分自身への違和感を拭えずにいた。あれもそうだが、では私はどうなのだ? もうヴァルキリーですらないのか? いや、そもそもがヴァルキリーではないのだ。ガルさんが創り出した、騎士団が創り出した転職証を使って、ただヴァルキリーを模したものになっただけ……。


 深過ぎる困惑は止まらない。


 プレイヤーでありながら支配権を奪われた、今の私はなんなんだ? 身体を乗っ取られた挙句、背中から突き出ているのはただの骨組みだろう? メットだって、赤く染まっているのが分かるのだ。


 それが、また私の違和感を増幅させていく。

 だって私、自分の姿まだ確認していないんだ――。


 だが、そんな違和感を継続して持つことを状況が許さなかった。


 先制射撃は一方的なものに終わる。

 さすがに戦車は場違いであり、想定外なのだろう。

 エリナは弾薬の補給を始めた。これを見て、連中も動き出す。


 戦闘、開始だ。


 距離にしておよそ500メートル。これが私・マーカスの二人と、寄せ集められた特別であり深淵なる存在達との距離だ。私は、正確には私の制御を離れたヴァルキリーのような何かは、翼という名の翼骨を持つに過ぎない。よって、飛ぶことは適わないだろう。地下都市は天井、そして空間としても広い。だが、飛べないのだ。


 私はどうするつもりなのだ。近接を仕掛けるつもりか?


 マーカス私の傍に立ってはいるが、それは援護というより見張りのようだった。気持ちは分かるし、その方がありがたい。頼りになることは知っている、だが疲弊した今の彼にどこまで出来る。


 エリナの戦車は姿が見えなくなっていた。

 機動性と小回りを兼ね備えた、最新式の戦車……なのだろう、多分。


 ハッキネンとザルギインは文字通りちょろちょろとしている。砲撃の巻き添えを食いたくはないが、私がどう出るか分からない。ハッキネンはいっそ前線を離脱したいだろうが、ザルギインがそれを認めていないとみえる。


 そしてガルさんは、冥府の存在を足蹴にし、腰を下ろしてこちらを――私を見ていた。


 ――先手を取ったのは一塊と化した化け物達だった。


 距離500メートルの神殿跡から深紅のヴァルキリーへと攻撃が加えられた。この距離なら当然飛び道具だと考えたが、それはヘラヘラと哂う悪鬼だった。三体の悪鬼が、べちゃりと音を立てて私に直撃した。


 一塊のはずじゃないのか? いや、よく見るとその塊には今亀裂が入っている。

 結果、連中は今それぞれの存在へと回帰しようとしているのだ。

 エリナの爆撃を利用した? わざと被弾していたのか!?


「なかなか機転の利く。このような状況、頭の片隅にもなかったろうだろうに」


 直撃を受けた深紅のヴァルキリーはそんなこともお構いなく「出来ればまとめて狩りたいねぇ」とかすれるのような声で、呟いていた。しかしその視線は、聖剣士ガルバルディへと向けられている。最警戒すべきはガルさんと見ているのか。確かに、今ここにいる勢力、その強さだけで言えばガルさんは頭が十ほど抜けている。


 私が聖剣士に恐れをなす中、未だ三つに合成されたままの悪鬼がさらに襲い掛かってきた。マーカスが素手で応戦「これならしばけるじゃねーか」そう言って、二つの頭部が吹き飛んだ。ただの一撃で、その二つが吹き飛ぶ。私は残る一つの頭部を素手でもいだ後、神殿への突撃を開始した。


「分裂する前に、全てを駆逐する! マーカス遅れるなよ!」


 ダメだ、嫌な予感しかしない!

 マーカス、私を見張ってくれ! ごめん、もう一度だけ私を守ってくれ!


「それともこいつを聖剣士にぶつけて、その後聖剣士を狩るかね!」

「んな都合よくいくかよ。そもそもなんで聖剣士を殺るんだ。不可能だしよ」


 マーカスの言う通りだ。この程度の連中ではガルさんに傷一つどころか、返り血すら浴びせることも出来ない……しかし、完全に分裂するまで待てばどうだ? いや、何考えてんだ正気なのか、私は!?


 ……でも、でも私は今、ガルさんに敵とみなされている(・・・・・・・・)

 それは、それだけは間違いない(・・・・・)


 私を支配する何かもどっちつかずだったのだろう、神殿跡までの突進はそれほど素早いものとは言えなかった。襲い掛かる細かな悪鬼を避けると、ブレーキをかけ転進しハッキネン、ザルギインの元へと駆け出した。残された悪鬼はマーカスにより粉砕されている。「完全に分裂すれば俺でも闘れるが、そうもいかんよな!」そう叫び、私を追尾する。

 二人に接近するとザルギインが宙を舞った。ハッキネンは後方へと飛び跳ね、私を観察している。その目に映るのは、疑いよりも不安に見えた。


 そして私を乗っ取った者が叫んだ。


「覇王よ、貴様の見解を聞こうか! その地獄耳で全て聞いていたのだろう!」

「意見ね、そうだな、あれが完全に分裂する前に殺った方がいい。時間との戦いだ。分裂すれば、地獄と化すぞ」


 ザルギインはふわりと浮いた後、音も立てずに着地した。

 周囲に広がる微量の埃が、足下を漂う。

 だが、ザルギインの表情にも余裕がない。

 一方の私は、狂気に満ち満ちた笑みを浮かべていた――。


「ほぅ……それがいい! 聖剣士殿をヴァルハラへと招こうではないか! 地の利を生かせば不可能が可能となる!」


 なんだ、何を言ってるんだ? いいから、勝てるんならまずこの化け物共を片付けろよ!

 つーか私を返せ!


 そんな時、視界の中に文字列、メッセージがちらついた。


[キリアよく聞け。そちらから情報を発信出来ないのは分かっているから返事は考えるな]


 ハッキネン? それは確かにハッキネンからのメッセージだった。


[君を支配する者の力が必要なんだ。ザルギインは思ったほど役に立たない。生き残る、生命力の強さに長けてはいるが攻撃力はそれほどでもないようだ。でまあご覧の通り、マーカスはMPの回収が出来ていない。あれだけの大きさで形が統一されていないものを殴りつけるのは難しい。そこで攻撃は僕とエリナが受け持った。けれど予想外なことに、ザルギインは防御面では完璧だがゲージを回復してはくれないんだよ。自信満々に援護を申し出た割りに、大して戦力にならないんだ。これでは僕も息切れだよ]


 それは分かる、分かるが私を、深紅のヴァルキリーを、ロウヒを止めてくれよ!


[時期がきたら支配権を取り戻せ。でなければ将軍殿がその頭蓋を砕き、異なる世界へと乗り込みかねん、とザルギインが言っていた]


 ザルギインが――そんな馬鹿な! 取り戻すって、どうしろってんだ!

 つっっっかガルさんは何するつもりなんだ!


「ハッキネン君、もういい。彼女の面倒は私がみよう。君は僧侶の彼と取り逃したものを仕留めつつ、聖剣士殿への注意を怠らずにいて欲しい」

「了解」「構わん」

「なら、あなたが私と組むの? 私は神父様でもいいのだけれど」


 私を支配する何かの問いかけに、ザルギインは終局の傷跡(イベンチュアルスカー)を発動させた。

 それが答えだった。

 混乱する私を他所に、四人の意見はまとまる。

 深紅のヴァルキリーと覇王ザルギインが肩を並べ、疲弊したソードマスターとプリーストは残党を狩りつつ、ガルさんを監視する。


 ――炸裂音と共に、一塊の存在が割れた。

 そして、二頭のドラゴンがふらつき、黒い血潮をのたうちまわっていた。

※INT=知力=魔法攻撃力

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