第二十三話:ヴァルハラへようこそ4
状況は逼迫している。もうヴァルハラがいいとこだとか、マッチョ主義は嫌だとかそんな次元ではない。カオスだ、神殿での戦闘もそうだけど自分の頭も混沌としていた。
なぜザルギインとみんなが一緒に戦っているのだ。そもそも何と戦っている。それに、兵団はどうなったんだ? 私にだって見れば分かる。あれは自壊ではない、ザルギインが止めたわけでもない、誰かがぶっ飛ばした。そんなこと出来るのは、ガルさんしかいそうにないが……。
『ねえ、決断が遅れれば遅れるほど……』
促すように、彼女は口を開いた。それを遮るように、私も言葉を放っていた。
「え、似非と、真のヴァルキリーはどう違うの?」
『知らない』
ばんなそかな! このアマ、マジで使えない!
「オーディン呼んでくれ!」
『無理。ただね、あなたのヴァルキリー、その力はあの白い男の力、その影響によるものだと思うのよね。だからその道を進むか、それともこちら側、ヴァルハラにつくかその違いがあるだけ。でも、どちらにせよ正統なヴァルキリーとは言えないかもしれないわ。正確かどうか、保証は出来ないけどね』
ぐ……ど、どっちにしても中途半端なのか……つまり偽物、まがい物? そういやガルさんがそんなこと言ってたな。
「騎士団が認めた許可証、転職証……ガルさんがそう言ってたんだけど、それ関係ある?」
『多分ね。神の領域に踏み込んだな、その連中。いや、知らず知らずか。少なくとも、戦闘という点においては神に並ぶ存在……頷ける、あの男は……あまりに歪み、特異と言える。何より、あれは"信仰心"がない。だからか"オーディンがいないのは"偶然ではないのね。いや、あいつ……私に押し付けたのか?』
神の領域に踏み込んでいたのは、ガルさん……頷ける、つーか見たままだ。
けどそこを突いても仕方ない「今」が重要なんだ。
ど、どうする……また戻るのか……けど腕がこれじゃあ戦えない。
それに、私はずっとヴァルキリーだった。またヴァルキリーになる意味が分からない。
せ、せめて……。
「あ、あの、何か、特典とかあるんでしょうか?」
『ごめん、意味分かんない。でもね、私で良かった点が一つあるわ。オーディンだと、一年は質問攻めで還れなかったかもしれない』
ただの嫌がらせじゃないか。やはりオーディンは、馬鹿なのか……。
『あいつね、オーディンは知識欲、好奇心の塊なの。あなたの正体を知ろうと……まああいつが知らなければ、そうなっていたわね』
そう……変わった神様なんだなあ……。
もしオーディンがここにいて、もしオーディンが脂ぎったおっさんで、セクハラ染みたことも含めてねちっこく質問され続けたら、どっかで切れてヴァルハラを火の海にしていたかもしれん。
まあどれもこれも、余力があれば話だけど。
――それだ、そこが問題だ。
私は自分が何を躊躇っているのか、そして何を決断すべきなのかを確かめるために、今一度映像に視線を送った。
凄惨、混沌、共闘、逃亡、門番、数多の骸と近代兵器……。
ねえマーカス……もうちょっと丁寧に扱えよ私だぞそれ……。
あのさハッキネン、組めるかもしんないってほんとに組むとかどうなんだよ……。
エリナはね、違うゲームをした方がいい。勝手に戦争始めやがってからに……なんだその滑らかフォルムのスポーツカーみたいな戦車は……。
ザルギイン……服着ろよ、下半身だけモザイクかかってて気持ち悪いんだよ。若さゆえの過ちだと主張しても認めんぞ。じじいですらない古代人だろ、見た目は若いけど。
ガルさんは……今は素手か。剣が持たなかったな。そもそもガルさんに相応しい剣なんてあるのだろうか。あの時は大剣使ってたけど、どうしたんだろう。まあ、関係ないか。これだけ仕留めておいて、血飛沫すら浴びてない。それが何を意味するのか、考えるだけで恐ろしい話だ。
そのガルさんが何と戦っているかは、冥府の入り口に立っていることから察しはつく。だが、ならハッキネン達は何と争っているのだ?
そして何より知らなければならないのは、私だ……それが一番大切で、それが一番の問題なんだ。私は、どうしたいのだろう。私は、どうするべきなのだろう。
「あのさ、あなたは私に力を貸してくれないの?」
自覚のある悲痛な顔で、私は民族衣装に身を包む怪しい女の顔を見た。
べき論で言うならば、仲間を助けるべきだ。私のためについてきて来てくれたみんなを助けるべきだ。でも、ザルギイン、こいつと轡を並べ、共に戦うなんてありえないよ。姫になんて説明すればいいんだ……。
いや待った――姫は、姫はなんで私達をはめたんだ?
敵対しているザルギインを始末させるためか? 無理だ、私の判断では実力的にありえない。なら、少しでも消耗させるためか? いや、ガルさんが来るのを予想していた? だとしたら合点がいく。そもそもそういう筋書きだったのか? 今のこの私の状態すら含めて……。
ありそうだが確信の持てない複雑な要素を頭に巡らせていると、案の定彼女に遮られた。
『残念だけど、私とあなたはそういう関係ではないの。そもそも主神オーディンとあなたの問題だもの。今大切なのは、そういうことではないと思うわ』
「……知ってる。でもこの身体では戦えない。戻って足引っ張るぐらいならここで諦めてマーカスを身軽にした方がいい。だからさ、治すのにいくらかかるの。分割の支払いがきくのなら、それがいい。手持ち少ないんだ」
『気持ちは分かるわ。でも治せる者を探すのに、時間がかかるからそこは諦めなさい』
なんて簡単に言うんだ。終わってる、選択肢なんて端からないじゃないか。
自分の迂闊さ、浅はかさ、無責任、直情性、あらゆる問題点が今一気に噴出し私へと圧し掛かっていた。自己否定、自己卑下の気持ちが膨らんでいく。
だからこそだろう――優しい言葉をかけながらも、私という人間の「程度」を突きつけるようにあからさまにした目の前の存在が、何者なのか"異様に知りたく"なっていた。
「ねえ、あなた何者? 代理ってからには神様みたいなものなんでしょう?」
『そうね、それなりの神格を持たなければ代理は務まらない。説明してもいいけど、どうせ名前もすぐに忘れるでしょう。というか、名前覚えてる?』
「……もちろん」
『嘘はよくないわ。さて、いい加減選びましょうか。今のままじゃ、あなたただ足を引っ張るだけの肉の塊よ』
その通りだな。どうする、どうしよう。私は死んでない、まだ生きてる。それでいて、この状況だ。時間がない、時間がないんだ。
決断する要素、譲れない点――この二つの合わせた妥協点はなんだ。
動かない左腕がもどかしい。いつの間にか、右拳からは血が滴り落ちていた。
どうやら、強く握り締め過ぎたらしい。
『血、ね……』
その時の、彼女のその目は、暗にこの場に流血は相応しくないと言っていた。
ワルキューレ、ヴァルキリー、魂の選定者、戦神、どれを選ぶにしろそれは流血の上に成り立つものだ。
――この反応は、明確におかしい。不自然という次元ではない。
なんだ、この強い違和感は……。
そうして、私は私に言い聞かせた。
間違えるな加奈、AIは積極的に嘘をつく。その可能性が出てきた。
「初心忘れるべからずって言葉があるじゃない」
無意識に、そんな言葉が口をついていた。
『ええ、そうね。決断――出来たみたいで幸いだわ』
「うん。私はガルさん、騎士団の許可を得てヴァルキリーとなった。残念だけど、それは戦闘のスペシャリストを創り出すためだけのもので、神聖なるものではないみたい」
彼女は会釈するかのように、少しだけ顎の位置を下げていた。
「選択肢は三つなんだけど、その前に一つだけ聞かせて。あなた何者? 名前も含めて、本当は何者なのか、きちんと教えて欲しい」
『やっぱり名前忘れてるのね』
「うん、パニックに近かったから」
その開き直りに、彼女は苦笑していた。そして神殿の映像を一瞥した後、真っ直ぐ私の目を見た。
『私はロウヒ、ちゃんと覚えるのよ』
深く、深く頷く。忘れないさ、忘れる理由がない。
下手すれば、的にかけることにだってなりかねないのだから。




