第二十一話:ヴァルハラへようこそ2
トカレストの自然も素晴らしいものではあったが、ここは本当に神聖さが感じられる。人の手が入っていない、恐らくそれが大きいのだろう。それに、空飛ぶ都市なんてスケールが違うよ。完全に別世界だ。
でも、ゲームの中なんだよなあ。これからはここで遊ぼうかな、サブゲームじゃないだろうから、お金取られることもないだろうし。のんびりとそんな思考に浸る私に、女はやや申し訳なさ気に声をかけてきた。
『あのさ、お疲れなのは分かるし、腕……それ怪我じゃなくて壊死してんじゃないの。まあそれもいいとして、私代理だから仕事しないといけないのね』
「ああ、うん。ヴァルキリーとして認めるかどうかだっけ。別にどうでもいいよ。好きにしておくれ」
完全にリラックスモードに入ってしまった。寝転びたい、紅茶が飲みたいな。彼女も同じ気持ちではないだろうかと思ったが、腕組みして少し難しい表情を浮かべていた。
『ワルキューレね。好きにしろって言われてもなあ、なんか希望とかないのかしら? あるからここに来たはずなんだけど』
はて、希望とはなんだろう。もし今望みを述べろと言われたらここで生活したいということぐらいなんだが。
「あれ? そういや私そもそもなんでここに来たのかな?」
『あのね……死にかけたからに決まってるじゃない。相当追い詰められたんじゃないの? 記憶にないの?』
それは呆れた声だった。そりゃなくはないが、ログアウトって奥の手のお陰で精神的には余裕あったと思うんだよね。とはいえログアウトに失敗するかもと思ったその時は、さすがに焦ったか。
「あ、いや一つだけあった」
『うん、どんな希望かしら』
「ううん、希望じゃないんだけど、ガルさんが妙なことを言うんだ。あのくそ親父……」
思い出したらまた腹が立ってきた。
『それで死にかけたの?』
「まさか、今際の際でさ"ラビーナはいつでも捕縛出来る"とか抜かしやがって、それはマジで焦ったかなあ。じゃあさっさと捕まえろって話だよ……でなきゃ私のファーストミッション終わんないんだろうが……」
そうしてさらにぶつくさと文句を並べ立てていたが、ふっとあの時持った違和感を思い出した。
うん? あれ…いや待て……今姫捕まえたらどうなるんだろう。裁判は不可避だよな。もはや人でもないし。挙句に父親である王様は決断下してる……最悪処刑になるかもしんない。
あれ……そうか……だからわざと見逃していた? 元に戻せる方法が見つかるまで、あえて泳がせている? 忙しいってのは言い訳なのか? 表沙汰に出来ないって点を、利用している? ということは、AIが積極的に嘘をついていた? ありえるが、ありえるかもしんないけど、ばんなそかな。
『ガルって誰?』
「さっきまで戦ってたんだけど、見てなかったの?」
まさか、とハリセンを振っている。なんだろう、ハリセン姿が板についているのがなんとも可笑しい。
「聖剣士ってゲームのキャラクターで、異様に強いんだけど性格的に終わってる海賊上がりのお偉いさん。女心とかてんで考えない戦場の鬼だよ」
『ゲーム? ううんよく分からない。でもよくいるパターンね。ヴァルハラにはそんなのしか来ないわよ』
マジかよ。ああ、魂の選定者ヴァルキリー……確か戦士とか勇者の魂を選定して、ヴァルハラに送るんだっけか。としたらあんまし居心地よくないのかな、ここ。ガチムチマッチョ主義のむさい男だらけなんて、嫌かも。
『で、そのガルちゃんがどうしたの?』
「ああ、うんよく分かんないごめん。今は化け物と戦ってるかもしんない。なんか仕留め損なったみたいなんだ。結構全力でいったんだけどなあ」
ザルギインの奴しぶとかったよなあ。私はさ、これは化け物だと認識してたんだけど、ハッキネンは勝てるくさい感じで捉えてた。ガルさんは何を躊躇ってるんだ? とか言うし、近藤もガルさんから逃げたとか言ってたよな……私以外の連中からはどーも評価低かった。でも、やっぱ甘くなかったじゃん……どーでもいいけどね!
『やっぱり戦闘の最中に飛んできたのね。なら、やっぱりワルキューレかもしれない。うーん、どうしよう』
女はハリセンを肩にやって顎をあげて思案している。私は基本的な疑問を口にした。
「どういう人がここに来るの?」
『資格のある人』
「どんな資格?」
『ワルキューレ足りうる資格は二つ、一つは魂の選定に相応しい者。もう一つは神聖なる領域にまで踏み入った者』
……神聖なる領域から彼の地へ、と乱れ撃ちの時に口上みたいに言ってるけど、あれ私が勝手に言ってるだけなんだよな。私の中の中二魂がそうさせてるだけなんだ、そのせいだろうか。
「あの私、相応しい、ですかね?」
我ながら疑問の面持ちで、確かめる。
『全然。でもヴァルキリーなら、相応しい』
「どうして? 同じでしょ?」
『ヴァルキリーは戦の神、戦神としての役割も担うのよ』
「全然違うじゃん。微妙どころか全然違うよ」
『って誰かが言ってた』
聞きかじった話かよ。
『そもそもヴァルキリーなんていない、ヴァルハラにおいてはこれが絶対』
「んー名前が違うだけでしょ?」
『それはとても大切なことなのよ。内と外、この違いが分かる?』
考えられなくもないが、素直に教えを請うた方が早いと判断して、首を振った。
『ワルキューレはオーディンを主神としてアースガルズに存在する半神。一方ヴァルキリーはその他の世界に派遣された存在。こう考えればいいわ』
つまり、トカレストの世界に派遣されたのが私のヴァルキリーということなのか。
『ただ、あなたヴァルキリーですらないと思うんだけど? そこんとこ、どうなの?』
「いや、結構低レベルからヴァルキリーやってますけど……翼も一応ついてますし……空も飛べますよ、神技使えば。意味あんまりないけど」
私なりに噛み砕いて説明したが、それを聞いた彼女は目を閉じて、
『全然分からん……どうしよう……』
腕組みをして、そんな言葉を零してしまった。だ、大丈夫なのかなこの人。
私が何かなんて私自身にも分かんないし、代理さんにも分からないともなるとオーディンに直接確かめるしかないんだろうか。いやそれより、壊死した箇所が広がってきてんぞ。やばそうな雰囲気がする……。
「あの、ここ病院じゃないんだよね?」
『病気になる奴なんていないから、病院じゃないわね』
「この腕なんとかしたいんだけど、どうにかなんないかな」
そうして、左腕を指差す。
『うーん、出来るかもしんないけど、お金かかるわよ? 外で治したら?』
やっぱ金取んのかよ! なんだよ全然神世界じゃないよ! 神聖なる彼の地でも資本主義万歳ってか! 保険は適用されないのか! ががががが、ガッデム!!
『ああ……今分かった、半神の肉体は壊死しない……あなた、神じゃない』
「それ早く気付いてよ……ってか神様なわけないじゃん。プレーヤーだもん」
女は頭の上にはてなを浮かべて、それからまたハリセンをバンバンと叩き始めた。考え事をしているようだ。それより、いくら払えば治せるのか教えて欲しいんだけど……足りるのかな……やっぱ借金なのかな……。
『うむ!』
「はいな、結論出た?」
『うん、分からん』
しばいたろか。
「このままじゃ壊死した箇所広がっちゃうよ!」
『壊死自体は広がらないわ。それより、あなた運がいい。私で良かったわね』
よかねーよ。オーディンは何してんだ。責任者なら、私を治してくれたかもしんないし、状況だってもっとちゃんと正確に把握してたかもしれないのに。
『よし、あなた自身に決めてもらおう。私があなたに宣託するわ。その上で、どうするか決めなさいな』
「宣託って、命令みたいなもの?」
『そね。オーディンの代理として、あなたに宣託します』
その瞬間、彼女から神々しさが消えた。暗く深く、濃い緑色のオーラが彼女を包み始めた。透き通るようなワンピースも、分厚い民族衣装のような物に変わっている。この人、何者?
そして、冷たく、鋭い眼差しが私の眼を貫いた。
※ばんなそかな=そんなばかな。ドラマ「トリック」上田教授の名言?
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