第六話:キングの利用法
「こんどぉー! 痛かったろう、痛かったろう! もう大丈夫だからな! 家に帰れるぞ! 私達のテントに帰ろう!」
私は近藤に駆け寄ると、必死になって励まし揺さぶった。
「いてえっ! いてえっ! やめろ、揺さぶるな! それより回復しろ!」
ああ、そんなゲームだった。冷静になった私はポーチの中の回復薬を取り出した。そうして迷う。
「全回復する? それとも、動ければいい?」
「舐めてんのか?」
ですよねー。仕方なく全回復してあげると、近藤はようやく身体を起こした。頭が痛いのか全身が痛いのか、表情はまだ冴えないままだ。
「よかったよこんどー、私、見捨てなくてよかったよ。私のお陰だね。私いなかったらあんた今頃猪豚のエサだよ。可哀想に」
「……お前、わざと揺すったろ。なんか俺に恨みでもあんのか」
うん? 恨み。あったような、なかったような。でもわざとじゃない。ほんとに心配だったからちょっと強く揺すってしまったのだ。近藤は疑いの目を向けていたが、ちっと舌打ちして立ち上がった。
「しかしなんつー火力だ。どんだけ高位の必殺技なんだよ」
「キングのあまりの迫力に、ついつい今取得出来る一番強い技選んじゃったよ」
「高火力はいいけどよ、SSゲージ見てみろ。空だろ。文字通り一撃必殺だな。一発しか打てん」
ああ! 言われてみれば必殺技ゲージが空になっている。高火力高燃費、どんだけ燃費の悪い必殺技なんだ。そこまで考えてなかった。
「そ、そこまで近藤を助けようと必死だったってことだね、うん」
「嘘つけ一人で帰るの怖かったんだろ」
なんという憎まれ口。私は憤慨して見せたが、確かに一人で帰るのは怖いなと今思った。苦笑いを浮かべると、近藤もつられて笑み浮かべた。中ボスを倒し九死に一生を得たのだ、二人共気が緩んだのだろう。だが、そこで近藤が首を捻った。
「あれ、おかしいな。佐々木、今レベルいくつだ」
「へ? なんで? あ!」
中ボスを倒したのだ、経験値は馬鹿にならない。せっかく低レベルで抑制してきたのに! しかし、ステータスパネルを見ると、レベル4のまま変動していなかった。
挙句『グルルルルルル……』と、背後から獣のうめき声まで聞こえてくる。なん、だと……。
「じ、冗談でしょ! オーバーキルでもおかしくないぐらいの技だって! ブループラネットは伊達じゃないって!」
私は思わず悲鳴に近い叫び声をあげた。だが、一方の近藤はまったく違う反応をみせる。
「ほう……まだ息があるのか。これはいい……」
怪しく哂うウォーリアーが、そこにいた。
――キングが解体されるのを見守りながら、私達はハワイアンブルーで乾杯した。背後には海が見え、潮風が心地よい。血の臭いは無視しよう。
そう、そもそも殺さずともよい、いや殺したくない。とはいえこの戦いを無駄にしたくない。近藤はすぐに閃いたらしい。こいつ、売れる。どうやって運ぶのかが問題だったが、近藤が剛力のスキルを取得し装備することで解決した。多分岩や開かない扉を無理やりなんとかするためのスキルだろう。戦闘にはあまり関係ない。道中襲撃に遭わないか不安だったが、ぼろぼろになったキングの姿に怯えたのか、一匹も襲ってこなかった。
町に着くと、まずはキングを売りつけるための手続きをした。これはすんなりといって、さすがの中ボス高額でさばけた。だが近藤はそれだけでは満足しなかった。
「おいおい森の主キングを始末してやったんだぜー普通なんかあんだろー」
町長のテーブルに直接腰を下ろし見下すように威圧する。一歩間違えると恐喝だがそういうフレーズは口にしない。彼は町長相手にがんを飛ばして交渉という名の恫喝を続けた。
「別に何ってわけじゃねー感謝とかそんなんじゃねーんだよ、誠意を見せろって話だ、誠意。ただそれだけなのよ、誠意、分かる? 誠意を形にするって素晴らしいことなんだろうなー。なあ? これ以上言わせんなよ?」
近藤がいくらもぎ取ったかはあえて言わないが、我々がしばらく宿に困ることのない額だったとだけ言っておく。キングの解体が続く中で、私達は祝杯をあげ続けた。近藤はご機嫌だ。
「笑いがとまんねー笑いがとまんねー」
二回言った。近藤らしからぬなんとも悪人じみた姿だ。いやこれが本来の姿なのだろうか。まあ私も町長の部屋の入り口で、弓に矢を番えいつでも撃てると態度で示していたのだから同罪っちゃあ同罪なのだが。まあこうなってしまうほどに辛い生活を強いられてきた、そういうことなのだと思う。
「予想外です! 予想外です!」
二回言った。近藤らしからぬ無様な姿だ。まあ私もいよっ! と合いの手入れていたので同類っちゃあ同類なのだが。まあそういう生活をしてきたなれの果てだと思ってもらえばいい。
しっかし疲れた。この祝杯あげてしまったら休みたい。宿屋に泊まれるお金は恐喝、じゃなくて調達出来たし私はそっと手を挙げて休息を提案した。
「いんや、ダメだ」
しれっとした顔で、近藤はそんな言葉を吐いた。なんでさ、お金もうあるしいくらでも休み放題じゃないか。ガンガンとテーブルを叩いて抗議する私に、近藤はゆるりと指差してきた。
「あのなあ佐々木、お前自分が何やったか分かってんのか?」
うん? えーっと近藤を命懸けで助けた。で、虫の息のキングを運んで、ばらした。自然の摂理です。
「それはある意味正しいけど、あの時はもっと麻痺とかスローとかストップとか、状態異常のスキルでもよかったろ。逃げられればよかったんだから。俺は自分で全回復出来るだけの余裕はあったし。だから逃げろっつったのに」
そんな計算してたの? なんか後付くさい。私は白々と近藤を見るが、彼はそんなこと意にも介さない。そうして続ける。
「で、挙句お前はごり押しの力技を選んだ。結果はお前のスキルボードに表示されてる。見てみ」
言われたとおりスキルボードを開くとスキルポイントが激減していた。き、気がついたら苦心のスキルポイントが……愕然とかそんなちゃちなレベルじゃねーもっと恐ろしいものの……いやでもそれは仕方ないんじゃ。私はそう言いたかった。だが近藤は露骨に溜め息をつく。
「はあ、なんのために今までやってきたんだよ。かっこいい必殺技覚えるためか? この低レベル低パラメーターであの怪物一撃死させかねない必殺技なんて一体どこで使うんだ。レベル20はいる化け物だぞ。基本戦闘は避けるって方針だろ。ボス戦と強制戦闘でしか使えないじゃないか」
でもだってそれは近藤お前が死にかけたから! それに近藤だって、剛力のスキル取得してたじゃん!
「あれ、大してポイント消費しない。それに俺はもう森の乱戦でスキルポイント足りてるわ」
何、この格差。一緒に戦ってきたのになんでこうなった。二人で一つ、二人で通り魔じゃないか!
「辻斬りね、通り魔とか不穏なこと言うな。とにかく佐々木、スキルポイント出来るだけ貯めて来い。勿論宿屋ってかあのだっさいホテル使っていいぞ」
ぐぎぎぎぎ……強く歯軋りをしてしまう。
「あんたはどーすんのさ! ここで海見ながらくつろいでるつもりか! てめっ、せいぜい背後に気をつけるんだな! どっから矢が飛んでくるか分からんからな!」
そんな私の怒声に近藤は片手を挙げて待ったをかけた。そうして出てきた言葉は意外、いやある意味当然のものだったのかもしれない。
「俺は落ちるよ。ログアウトしてマジ寝する」
ステータスボードを開くとデジタル時計が午前三時を表示していた。もうそんな時間経ってたのか。いや違う、それだけしか時間が経っていない。
「内と外で時間の流れが違うから実感ないかもしれないけどまあもう深夜ってわけだ。じゃあせいぜい徹夜でもして稼げ。いざとなったらブループラネット、ぱなしてもいいぞ」
近藤はそう言って姿を消した。ログアウト、あっさりとログアウトした。一人取り残された私は、頭部だけが残ったキングを横にただただ呆然とするほかなかった。