第十七話:ヴァルキリーの戦闘2
古代、この大陸を支配し冥府に赴き負けたとはいえ生きて帰還した男、ザルギイン。言わば傑物にして怪物、こんなザマを晒していなければ英雄として語り継がれていただろう。そいつがついに、その本性を晒す。
対する私はヴァルキリー、北欧神話の半神にしてゲーム内最強クラスのジョブ。そして今だかつて、得意分野の超短期決戦は経験したことがない。
『Dark Cube』
ザルギインがそう唱えると、立体の黒い塊が空中に現れた。
『終局の傷跡』
続いて両腕に黒いオーラが集中される。攻撃に転じるつもりか。
奴が呪文を唱えている間に、私の準備も完了していた。
まずは神威でパラメータ強化。アルバレストのトリプルショットもいつでも撃てる。そしてニフリート・クレイモア。今それがどこにあるか、奴にも分かるまい。
こちらとしては、相手が攻撃を繰り出す前にケリをつけたい。だが、迂闊には動けない。この二つの技はなんだ。キューブは守備型の技と見た。オート対空の類だろう。黒いオーラは攻撃型の呪文、一撃の威力を増幅するためか。
どう見る、たたでさえこちらの攻撃が当たらないのに、なぜ奴は守備を固めた。それはつまり、攻撃に転じれば守りが疎かになるのを補うため。そういうことだな。
ならば、先手必勝! 相手の反撃時がこちらのチャンス! 私がアルバレストで牽制を入れようとした瞬間、ザルギインが直線的にこちらへと突進してきた。近接、黒いオーラでの攻撃か!
足止めの一撃は、浮遊するキューブに弾かれると私は考えていた。しかし、奴はその一撃を手で弾き近距離に迫る。クォレルを弾くとは! そうか、逆か! キューブが攻撃魔法なのか!
気がつくとキューブに背後を取られ、ザルギインは懐へと入り込んでいた。まずい!
下がれない。となれば、突撃あるのみ。神威を舐めるなよ!
「うらぁぁあああああ!」
背後からニフリート・クレイモアで斬りつけ自らは目の前のザルギインへと体当たりを試みる。
だがそれは、いとも簡単に受け止められた。わ、私の突撃技、タックルがこんな簡単に! 助走が足りなかった! 懐に入られた時点で威力は半減どころではなかったのだ!
頼みはクレイモアの一撃。当たれ、せめて怯ませろ!
『高貴なる領域』
その一言でクレイモアがこちらへと振りぬかれる。これか! これが空間を歪める術、完璧なる防御術にしてカウンター!
ザルギインに両腕を押さえられ、私は身動きが取れなくなった。キューブの攻撃が、防げない! まずい、直撃を食らう!
「神威、重ね掛け!」
賭けだ、ライフはさらに削られるがパラメーター強化でしのぐしかない。ザルギインを跳ね除けるのにも、腕力脚力体幹、あらゆるパワーが必要だ。
「ボケが!」
両腕を防がれた状態、私は頭を振り下ろし頭突きを試みる。嬉しいことに背丈は大して変わらない! その時、背中に「微妙」な衝撃を受けた。頭突きは空振り、ザルギインは距離を取った。
何を、された。なぜ強烈な一撃を見舞わない。完全に背後を取られたのに。
『勝負ありだな。もうお前は、ヴァルキリーでもなんでもない。まあ端から勝負にもならんのだが』
お、重い。背中が異様に重い。何を、何をした。背中では確かめようがない。
『これで神技は使えまい。神聖足りえぬヴァルキリーなぞ、ただの雑兵に過ぎぬ』
ザルギインの勝ち誇った顔が、その意図を知らしめた。
翼だ、神技を発動した際、ヴァルキリーはその翼を羽ばたかせる。
それを封じられた。ヴァルキリーの特徴を一つ潰されたのだ。
『ヴァルキリーなんぞ腐るほど見てきたよ。対策はもう既に完成している。お前を必要としないのは、ヴァルキリーなんぞいくらでも用意出来るからだ。そして、所詮半神は神の僕に過ぎん。いつ裏切るか分からん下僕なぞ、覇者たる我の配下に必要ない』
なるほど、そういうことか……。
『サムライも同じだ。刀剣を振り回す兵士は、足りておるからな。貴様らには用もないと言ったろうに、聞き分けのない』
はは……全く……ほんと、間抜けな話だ。
「参ったな」
『遅いな、どれだけチャンスをやったと思っている』
「ああ、ほんと参った。全く意味のないことをされて、超ウケる」
『うん?』
馬鹿が! ヴァルキリーの神技なんぞ使わない、使っていたのは大昔のことだ。まだ近藤と組んでいた時に、翼はためかせるエフェクトがかっこいいから使っていただけで、今は全く使わねえんだよ! 元々アーチャー上がりだ、半神なんて自覚は小指の先ぐらいしかねえんだよ!
――そもそも、確かにスキルボードに神技の項目はある。だが、一つも表示されないのだ。スキルポイントがいくつ必要で、どんな技があるかも全く分からない。
こっちの番だ。私の戦い方って奴を、見せてやる。
余裕を見せていたザルギインは、再び攻撃に転じようとするが、時既に遅し。
私はアルバレストを構えた。トリプルショット、と見せかけてただボウガンを一発だけ放つ。そしてすぐさま白銀の弓を手に取り、
「神の領域から彼の地へ、乱れ撃ち!」
早送りの超速度で矢の雨をザルギインに撃ち込む。もしこれでダメージを与えることが出来れば、物量作戦が通用するということだ。頭に浮かんだ相性というのはこれかもしれない。
だがその矢の雨は即座にこちらへと返ってきた。触れえざる者!
効かんか! 全速でそれをかわしきり、そうしてザルギインと距離が取れた。
いい位置だ、これで準備は完了した!
『無駄に終わったねえ……一度見た技を、食らうわけなかろう』
強がるザルギインだが、キューブにヒビが入っていた。自分を守ることには成功したが、キューブをコントロールする余裕まではなかったらしい。
「そね、お互い挨拶は終わりってところかな」
『挨拶。はは、そうかまだホーリー・クラッシュとブループラネットってのがあったかな』
だが、そう言ったザルギインの表情が明らかに歪んだ。
「そうだね、地獄耳だねほんと」
『貴様、それは……なんだ。いつの間に……』
誰が説明してやるかよ。
私は、鎧からサテンのドレスに着替えていた。これでキューブの攻撃は無効化された。女の特権、ワンボタンでの装備変更。まあ、キューブの状態異常攻撃が重かったので、それを取り除きたかっただけだけど、ザルギインはそうは捉えまい。
――そして、私の周囲には百の矢が衛星のように浮いていた。
「ヴァルキリーとしては邪道なんだけど、まあ色々あんだ私にも」
アーチャー上がりのブループラネット。乱れ撃ち後即座に発動、だが撃たなかった。ただ、自分の周囲に溜め込むように浮いている。なぜこんなことが可能なのか、奴には分かるまい。
「では、ヴァルキリーの本気、お見せしましょう。なんかね、私も楽しみだよ」
『楽しい? そうかそうか、せいぜい楽しめ。全ての行動が最期のものとなるのだ、その思い出を携え、現世より消え去れ』
ザルギインはキューブを自ら破壊した。次なる一手か。向こうも引き出しが多そうだ。
緊張感みなぎる広間で二人は睨みあっていた。ここから、超短期決戦に持ち込む。そしてそれは、可能だ。こいつの弱点を突く。向こうが持てる術を全て出す前に、片を付ける!
互いの殺気と集中力がマックスに達したその時、
「いやあ、葉隠れとは素晴らしい技術だ。私も学ぼうと思う。あえて鞘を捨て、武士道を体現する。死を前提としたその姿勢、戦人として尊敬に値する。騎士団に欲しい逸材だ。あの酔っ払いも小柄な戦士も凄まじい。謎の技術だが」
ガルさん戻ってきたか。補給艦、いざとなれば使えるな。だが、軽口は慎めよ、空気読め。
『武士道ということは、死ぬことと見つけたり、か。死ぬことを前提とした戦など、話にならん。戦は勝つためにやるものだ』
「それは統治者の発想だな。勝てぬ戦はしない。生き残れば、チャンスはある。合理的だが、戦場に立つ者はそうはいかない。そして、合理性が必ず勝つとは限らない。狂気は限界、常識を超える」
初めてだ、ガルさんが初めてザルギインの会話に乗った。
『彼我の戦力を勘案し、勝てぬと見れば逃げるもしかず。これは避けるということでしかない。戦は勝機と数。戦わずして勝つのが常道。貴君は以外と視野が狭い。誇り、拘り、プライドは勝利に劣る。負ければ領民、血縁者、仲間が蹂躙される事を分からぬか』
「常勝は存在しない。絶対もまた存在しない。死ぬ時は死ぬ。貴様のその思想、哲学は勝利に直結したのか? 人という者は、生き様死に様に意義を見出す。何を残せるかも、一つの戦いだ」
『愚かなる見識。だが、だからこそ貴君を必要とする。貴君の死に場所、生き方に相応しいものを私が用意してやる』
「忠臣は二君に使えずと言うだろう」
『相応しき主を目の前に、教条主義を振りかざす。目覚めよ聖剣士。あれは貴君に相応しくない』
「貴様はここで死ぬのだ。彼女に仕留められる。戯言は程ほどにするのだな」
そうしてガルさんは私を見た。
「まだ本気を出していないのか。遊んでいるのだな」
「本気っすよ。つーか、邪魔すんなガルバルディ。気が散る。話が長ぇんだよ、意味分かんない言葉使わないで」
失敬、そう言ってガルさんはまた壁に寄り添った。
神殿の外から、騒音とも轟音とも区別のつかぬものが耳に入ってくる。今まで集中していたから、気付かなかったのだろう。
それは剣風の音であり、銃撃と爆発音だった。
「テメエのMP寄越せや!!」
そんなマーカスの叫び声が、地下都市に轟いていた。




