第十六話:ヴァルキリーの戦闘
今私は、清々しいほどの孤独を感じていた。
真打ちと思われた聖剣士ガルバルディは寝起きだとか言い出して壁に寄り添っている。まるで宮殿で真っ白な廃人と化していた時を再現するかのようだ。
頼みのハッキネンは外を片付けるとか言って私を置いていった。そもそもそんなことが可能なのだろうか。
マーカスはダメだ、完全に切れてただの暴漢モードに入っている。
こいつとエリナを引き合わせるわけにはいかない。それにきっと、今頃武器庫を漁りながらどれが使えるか選別しているだろう。ハイスコアを叩き出すために。
私は、どこまでも一人だった。
……ガルさんは、なぜ私一人で戦えると判断したのだろう。ゲージはマックスになったが、こいつの力は未知数なんだぞ。もし分かるのなら、せめてそれぐらい教えてくれてもいいじゃないか。また、奮起させないとダメなのかな、あの時みたいに。
『どこまでもマイペースだな、お前らは』
ザルギインの言葉にも覇気がない。溜め息まで漏らしている。私だけでなく、こいつも戸惑っているのだろう。
――なんで私は、こんな化け物と一対一のタイマンをする羽目になったのだ。
こんなこと言いたくはないが、いや口にはしないが一応女だぞ。ヴァルキリーといえど女は女だ。それを一人にして、みんな平気なのか。自白したこいつの略歴から察するに、どう考えても荷に勝つ相手だ。ハッキネンの攻撃も、空間を歪ませたとかいって物ともしない。
「なんでかなあ……」
なぜこんなことになったのだ。虚しい、孤独って、虚しい。
ああ、そうか、これは私のファーストミッションを終わらせるための戦いだった。ラビーナを追って、捕縛しないといけないのだ。いや、こいつを仕留めれば姫は人間に戻れるかもしれない。あの子を救えるかもしれないんだ。そうね、そうだな、殺るしかないよね。
『逃げても構わんぞ。繰り返しになるが、お前に用はないのだ』
「こっちはそうでもないんだ。殺らざるをえない」
『無理だ。何も死に急ぐこともあるまいに』
だよねえ……そう思うが、そうもいかない。もうレベルも上げすぎた。死んだら詰みだ。もうこのゲームでやれることといったら、借金を返す作業が残るだけ。つまり、ゲームになんない。
加奈、腹を括れ、修羅に――堕ちろ。
いざとなれば、何も考えずにこの地下都市ごとぶっ壊せ。どうせ、ここには誰も来やしないんだ! 私だけが歩むレアルートなんだ!
「ああ……ザルギイン……こういうのは慣れてないから気の利いたことは言えないんだけどさ、ごく個人的復讐心から、テメエを生かしておくわけにはいかないんだよ」
『あの小娘のことなら、我に非はない。逆恨みだ』
「じゃあ諸般の事情により、テメエを狩る。対話の余地はない」
『それを自殺という。我は時に、澆薄この上ない存在ぞ』
冷淡に私を見下すザルギインに、特に思うこともない。もうこれは、単に的でしかない。越えねばならない障害の一つに過ぎない。
それを可能にする方法は、ただ一つ。
ヴァルキリーの限界を引き出す。
今までは、ゲームの性質上一万メートルを走るイメージで戦ってきた。時に42.195kmを走りきる必要もあった。だが今はただこいつだけに、集中する。百メートル走だ。超短期決戦特化型、ヴァルキリーの真骨頂を見せてやろう。
「強いという一点にだけ敬意を払い、相手させてもらうよ」
『分かっているのなら、退けばよいのに』
その瞬間、私はボウガンと混濁の大剣を手にしていた。
ザルギインはダルそうに、組んでいた腕をほどいた。
いざ勝負だ! と思ったその時背後から爆音が聞こえ、ハッキネンが転がり神殿内部へと舞い戻ってきた。
ガルさんは少し目を開き、ザルギインは首を傾け興味もなさ気にしているが、私はびくりとしてしまった。無様に倒れるハッキネンを見て、愚痴らざるをえない。
「……何してんの、せっかく集中してたのに。今の爆音何?」
「いや、ハープーンだ。エリナが爆散させたんだよ。崩落の際はなんとか回避したが、もう使い道がないし邪魔だと判断したんだろう。先に言えって話だ」
「……そう」
手伝いに戻ってきてくれたわけではないのか。
「あのさ、今更なんだけどこれ私一人でやんないとダメなの?」
「あの兵団をマーカス一人で抑えきれるわけないだろう。頭を取れば、それでお終いだ。頼むよ」
それはそうだけど、なら二人がかりでやればいいじゃん。喉元までその言葉が出かけた。
「君なら殺れるさ」
簡単に言うなよ……これもまた、喉元まで出かけた。
「根拠は? ガルさんもハッキネンもそれ言ってくんないだもの。不安だよ。99パーセントこっちが有利って、どういう意味? ガルさん寝てるよ?」
二人してガルさんを見ると、また目を瞑ってうつらうつらとしている。なんて当事者意識のない。あなたの宿敵でもあるだろうに。
「ああ、そうね、時間ないんだけどそれ必要かな?」
「絶対必要」
そう強く、主張した。
「まあ色々あるんだけど、そこの聖剣士殿は異次元だ。まずこれが一つ」
でも、ザルギインだってきっと異次元だ。こいつの修羅場の潜り方は尋常じゃない。基本指揮官かもしんないけど、下手すりゃガルさんより修羅場潜ってる。と、思うんだけど。
「二つは、ステータスボードを見れば分かる」
「ボード?」
「三つは、そこに無限燃料タンクがあるじゃないか」
そう言って、ハッキネンはガルさんに視線を向けた。
……ああ! そうか、そういうことか! 分かった、今やっと理解できた!
「というわけで、もう話しかけないでくれ。"葉隠れ"を使う」
ハッキネンはそういうと、厳しい目つきでまた神殿の外へと歩いていく。
「葉隠れとは、なんだい?」
「見れば分かる」
すれ違い様のガルさんの問いかけに、ハッキネンはそう答えると同時に、完全に消えてしまった。
「え?」「ほう」『ふむ』
三者三様の反応が、そこにはあった。
「面白そうだ、少し見てくるよ。勉強になるかもしれない」
ガルさんはそうして、神殿から出て行ってしまった。
む、無限燃料タンク、補給艦が……。
『ほんとに、君らはマイペースだな。呆れを通り越してしまう』
そうして私は、本格的に一人にされてしまった。
期待させやがって、ハッキネンめ……ガルさんの馬鹿……人でなし……。それでも私はもう一度、ぐっと腹を括り直す。
「あのさ、前口上もう一回必要かな?」
振り向いて、そう尋ねるが、ザルギインは嘲笑を浮かべるだけだった。
まあ、だよね。はあ、もう一回集中だぜ。とはいえ、勝ち筋が完全に見えた。99パーセントの意味が、少しだけ理解出来た。
『始めようか。もう待たされるのはうんざりだ。心底ね』
その言葉を無視して、私はステータスボードを表示させる。
『何を見ている。いや、何を確かめている』
それには、そこには驚愕の事実が隠されていた。
こ、これは……これは洒落になっていない!
思わず、喉を鳴らしクツクツと哂ってしまった。
それは衝撃の事実だった。ハッキネンはこれに気付いていたのだ。
いや、当然なのかもしれない。すぐに気付くべきだったかもしれない。
「ありがたい! ガルさんに感謝! 聖竜騎士団最高だぜ! くそ兵団なんぞ怖くもなんともない!」
とはいえ、これは99パーセントの根拠とはならない。あれの根拠は何を元にしているのだろう。仲間と相談したいが、マーカスはどこまでも切れてるし、ハッキネンは謎の言葉を残していった。しゃあない、私は私の役割を、果たそうではないか。しかし全く、先に言って欲しいよ。少し膨れつつ、それでも私は状況を把握出来たことで、気持ちが軽くなっていた。
『何をほざいている、こちらから仕掛けてもよいのだぞ』
「あん? ……黙れ、死ね」
その言葉を発したその時には、ザルギインのすぐ傍に混濁の大剣が迫っていた。
『なんと!』
ニフリート・クレイモア、それは幻影の大剣。そもそも手にする必要もなく、私の意思通り自在にコントロール出来る。先のベヒーモスもどきの際も、この手を使った。いわば不意打ちであり時間差攻撃、視界の外から斬りつけるヴァルキリーの必勝パターン。
だが、水平斬りで迫った大剣は、ザルギインを捉えることなく、その切っ先のみこちらへと襲い掛かってきた。これか、これが空間を歪めるというものか!
にたりと哂うザルギインに、私も目を細めて笑みを返した。大剣は、私の身体を横撫でにしたが傷一つ負っていない。今度はザルギインが目を細めた。
『なるほど、幻影に過ぎない、時には実態が伴わない。好きに振り回せるということか』
その通り、私自身が傷つくことはない。
迷えザルギイン、まずはお前の精神を削る。その上で超短期決戦へと持ち込む!
『しかし当たらぬ、意味がないぞ小娘』
それは重要ではない。何せこれは、当たる攻撃を探す作業でしかないのだから。
そして私は、アルバレストを手に持った。ここからが本気の本気、マジモード、ヴァルキリーになってから初めての、全力って奴だ!
スタンスを広げ、狼のように標的を睨みつける私を見て、ついにザルギインも構えを取った。
禍々しいオーラが広間に充満するその感覚は、姫の記憶を甦らせるものだった。負けるわけにはいかない、絶対にだ。




