第十四話:割れる地下都市
ラビーナに、ついにあの子にたどりついた。だが、まるで知らない話だ。ラビーナはガルさんとの結婚、それに王位を継ぐのが嫌で王宮を抜け出したんだ。こいつは、何を知っているんだ。
ザルギインの言葉に驚いた私は一歩前に出ようとした。しかしチャット欄の変化が視界に入り、踏みとどまった。
[ここまでの話で、こいつが嘘をついてると思うところ、あるかな?]
ハッキネン、こいつを疑っているのか。嘘、確かにそれは考えた。
[いえ、AIが積極的に嘘をつくとは思えません]
[そう。じゃあ間違えているとか、勘違いしているところは]
[ラビーナについては聞きたいことがあります]
『なあ、無礼だと思わないのか。あからさまな陰口みたいなものだよ、それは』
チャットでのやり取りに気付いている。眉をひそめるザルギインは、見下すように私を見ていた。積極的にチャットを打つのは私だと思っているのだろう。どうする、そろそろ切れるかもしれない。しかも意外に手強い、いや強過ぎるかもしれない。
[気にしなくていい。ペラペラとまあよく話してくれたが、全てが事実だとは限らない。それにね、チャットに気付いているといっても相手はゲームの側、プログラムだ。チャットでのやり取りがあればそれに反応するように出来ているだけかもしれない]
「そうカリカリするなよ。こちらも敗軍の将相手にどう接していいか分からないんだ」
ハッキネンはチャットと実際の会話を両立させている。器用なものだ。
[だとしても、姫についての認識はおかしいです。それにこいつ姫を知ってる]
[みたいだね。確かめよう。けど一つ引っかかってるんだ、こいつはなぜこうもペラペラと話すのだろう]
[それは……我々を過小評価しているからかもしれません。いつでも殺れる、見下されている]
[僕は逆だな。過大評価しているんじゃないかと思うんだ。怯えているように見える]
怯える? 何に? 確かにエリナも含めて全員このエリアでは怪物クラスのプレイヤーだ。だけど、そんなところ微塵も見せていないよ。
『んー、不愉快だな。どうしたものか。どうすればそれをやめる』
「私の出番は終わったので彼女と話してもらいたい。そうすればやめよう」
『いいよ。前に来なさい、謁見を許そう』
何様だよこいつ。元王様、負け犬のくせしやがって。舌打ちしつつ前に出る。無論礼などしないし、尽くす気もない。
「ラビーナ姫について、聞かせろ」
『……もう少し聞き方ってものがあるだろうに。何が知りたい』
「独立ってのはなんだ、そんな話聞いてないぞ」
『それは知らないだけだろう。無知をひけらかすなよ』
「姫は、覇王に腐霊術師にされた挙句、心臓に契約術を仕込まれた。独立なんてしてないぞ」
『ああ、私がやった。それは事実だ。知っているんじゃないか、先に言いなよ。無駄な会話になるだろう』
「あぁ?」「ほぅ」
『ん?』
こ、こいつ、おもいっきりこいつじゃねーか! この言葉を聞いた瞬間、私はバキッと音を立てボウガンを取り出していた。
『待て待て、落ち着け。話があるんじゃないのか?』
「お前が原因じゃねーか! 姫捕まえる前にテメーを殺す!」
照準を定め、トリプルショットの態勢に入る。続けて混濁の大剣の準備も頭に入っていた。しかし、
『それは困る』
「確かに困る」
なぜだかハッキネンにまで否を突きつけられ、思わず振り返った。
「こいつだよ! こいつが姫を、御付の人もこいつにやられたんだ!」
「そうかもしれないけど、事実関係を聞こう。言い分もあるだろう」
『言い分などないぞ』
「ねえのなら殺す! あの世でドラゴンのエサにでもなれや!」
「いやあるだろう」
『ん? まあそう言われればあるかもしれない』
ハッキネン! 胸倉を掴むわけにはいかないが、激しく詰め寄る。言い訳など、聞いてどうする! あっても知らん。こっちがどれだけ辛いを思いを、姫達がどれだけ辛い思いをしたと思っているんだ!
「どういう経緯か説明してくれ。彼女がぶっ放したらここが崩れるぞ」
『んー、どうと言われてもね、知っているようなんだが。なぞるだけになるぞ』
「構わない」
お前ら! クォレルを叩きつけ、激しく憤りのほどを示す。
「お前が姫を、死を宿す肉体に、リッチにした! 事実だろ!」
『保険として契約術を仕込んだのは事実だが、リッチになったのはあれの意思だ。私ではない』
「元々はテメエのせいだろうが!」
「どこで会ったんだ」
「魔王の宮殿! 当然でしょうが!」
『どこの魔王だ。私の知らない話なのか?』
「お前だろうが!」
『誰が魔王だ。私はかつてこの大陸の支配をしていた。だがさすがに魔界など知らんぞ』
「経緯を頼む、彼女を納得させるにはそれしかない」
「ハッキネンやめてよ! 納得なんて絶対しない!」
『あれが私の仮宿に攻め込んだ。仕方なく応戦した。降伏したので、許してやった。その際保険をつけた。これでいいかな?』
「え?」「ありがとう」
……姫が攻め込んだ? 何を言ってるんだ、嘘も大概にしろよくそ野郎!
[不自然な点はあるのかな。それなりに納得出来る理由ではある]
[不自然も何も……姫は魔王をたらし……王位を継承したくなくて、それで王宮から逃げ出したんです。魔王を利用してやろうって、ガルさんが憎くて仕方なくて]
その書き込みを見て、ハッキネンが私の前に出た。
「南方の王国から近い場所にある宮殿、そこが仮宿だったのか?」
『ああ、観察するのに適していた。元々私の物だしな。だが予定が狂った』
やっぱりこいつだ、間違いないじゃないか。
「何を観察していた」
『戦争だ。私の時代からは随分と進化している。あの娘がいた国は特に酷い惨状だった。それを見て考えが変わった』
確かに、外敵と内乱続きで戦争はあった。それは事実だけど、だからなんなんだ。
「何が変わった」
『勝てると踏んだ。世界は広い。特に一人、凄腕の兵士がいる。あれは素晴らしい。あの肉体を持ってすれば、冥府においても覇者になれるだろう。冥府での負けはなかったことにする。勝ちに逝く、そう変わった』
……100パーセント、ガルさんのことだ。こいつ、ガルさんを観察していたんだ。嗚呼! そうか、近藤が言ってたじゃないか。そうだ大切な要素を忘れていた。いや待てけど、どうなんだ。微妙なところだ。姫ではなく、ガルさんがキーワードなのか?
[どうかな。何かおかしな点はあるかい]
[なあ、俺にも分かるように説明しろや。エリナは今顔洗いに行った]
[マーカス……エリナ起きたんだ。あの、大切なところを見落としていたかもしれない……こいつが魔王で覇王なのは間違いないと思う。ただ自覚がないんだ、知らないんだそう呼ばれていることを]
[ありそうだな、ハックどうだ]
[かもね。でもなんでそう思うんだい?]
[私が姫と魔王の宮殿でやりあった時に、当時パートナーだった人が言ったんです。"魔王はガルさんが怖くて、逃げた"って。仮宿を捨てなければならなかったのは、ガルさんを迎え撃つ勇気がなかった。もしくは戦力不足と見たんだと思います]
[ハック、それぶつけてみろ]
[いいけど、戦闘になるかもよ。何もなく帰れそうな気もするんだけど。むしろ手を組めるかもしれない]
[マジですか?][マジか]
『さすがに、いい加減にしようか。我慢を強いられるのは面白くもなんともない』
限界がきた。ザルギインの顔つきが変わっている。今までとは違う、殺気ではないが腸がざわつく感じだ。かつて宮殿で味わった、姫から感じるような感覚に近い。なるほど……態度、仕草なども読み取って一つのキーワードとなっているのかもしれない。恐らく不敬な行いに回数制限がかけられている。やはり王はどこまでも王か。
ここがターニングポイントだ。手を組むつもりはない。だがハッキネンはどう思う。何事もなく帰られれば、エリナを巻き込むこともない。
決断出来ずハッキネンの様子を窺うと、黙って頷いた。私に一任すると受け取っていいのだろう。確かに、これは私のレアイベントだ。私だけが歩むただ一つの道だ。
ならば……ごめんエリナ、二人で何とかするつもりだけど、いざとなったら誰にも抜かれないようなハイスコア叩き出してね。そうして、腹を括りザルギインと向かい合う。冥府から、舞い戻った男か……こいつはガルさん並にやばいかもしれない……。
「姫が攻め込んだという点だけ、合点がいかない。そこだけ教えて」
『その前に条件を出そう。ここで朽ちるか、生きて帰るか。取引の材料は後ろの二人だ。それを置いて行くのなら、話してやるし見逃してやろう』
呑めるわけない。
――そうして神殿内部の空気が一変した。ザルギインが真の姿をあらわにしつつある。一方、その条件を聞いたハッキネンはもはや殺気を隠そうともしない。マーカスはともかくエリナを置いていけなどと言われれば、切れても仕方ない。殺るのは決まりだ。到底呑める条件ではない。だが、その意図が理解出来なかった。
『返答は』
鋭利な刃物を突きつけるかのように、ザルギインはそう言った。平和的解決も視野に入れていたハッキネンも、ウェーブのかかった髪を揺らし、
「死ね」
完全に戦闘態勢へと入る。
『それが答えか。悪くない条件だと思うが、ここで朽ちるのが望みか。奇特だな、貴様ら』
「なんで後ろの二人なんだよ。ロリコンにガチムチが好みってか」
混濁の大剣を喚び出し、そう挑発してやった。先に応じたのはハッキネンだ。
「エリナの兵器が欲しいのだろう」
『その通り。私は全てを支配する。そのために必要な物を見つけたよ。後ろの二人だ』
「マーカスはなんでさ。お守りでもさせる気?」
神威の発動、そのタイミングを見間違ってはいけない。ゲージの消費量を把握せねば。一気にやれるのなら、躊躇いもないがこいつの力が分からない。攻略情報がないんだ。
『聖職者がいるんだよ。たとえ偽者でも、力は本物だ。彼のそれも、信仰というものの力もね』
君臨する者の考えというものか。こいつ新たな奴隷を作り出すつもりなんだ。全ての人間を支配して、またぞろ冥府へと乗り込む。誇大妄想と言いたいところだが、あながち不可能でもないらしいからややこしい。分からん、実際どうだか分からん。だが認めない!
『なあ、考え直せよ。私は貴様ら二人には興味もないし用もない。出口は用意してやる。彼らは我が覇業の一翼を担うのだ、名誉ある役割だよ』
てめえの野望にエリナをやれるか!
しかし、珍しくも臓腑が重い。武者震いがする。ここまでの状態は初めてだ。分からない者と対峙することが、こんなに恐ろしいとは。けど、一人じゃない!
[アルバレストで牽制、タイマンがお好みならその後は手出さないけどどうする]
[いや、まず君に頼みたい。初っ端から至近距離での戦闘は不安が残る。中距離戦で情報を引き出して、その後は僕が受け持とう]
[分かった。というわけでマーカス、殺ることになった。離脱のタイミングはそっちに任せるよ]
[ああ……そうしたいところなんだけどよー、エリナがそいつに挨拶したいと言ってるんだ。ちなみに、俺もだ。挨拶代わりに右ストレートを献上したい。肝臓を叩けと、拳がうるせえのよ]
馬鹿! エリナを止めるのが、守るのがマーカスの仕事じゃないか!
『おお、後ろの二人は受け入れてくれるかね。こちらに来ると話しているぞ。貴様ら、もういい失せろ。入り口の封印は解いておく』
目の前の男は、そうして追い払うように手を振った。それを見てハッキネンが哂った。戦闘時ならともかく、平常な時には初めて見る、怪しく、狂気を感じさせる姿だ。
「ちゃんと聞かないとなあ、古代人。四人で殺るんだよ」
「ハッキネン! あんたまで何言ってんの!」
[この四人でダメなら諦めもつく、端からそう決めてただろうが]
[ボス、全ての障害を取り除く。うちらの鉄則でしょう。ボスに逆らう野郎は、不肖エリナ・シェリングが蜂の巣にしてやりますよ]
エリナ……また入り込んでる……つーか全ての障害を取り除くとかマフィアンコミュニティじゃねーんだから! んな決め事してないでしょ! それともアメリカ人特有の発想か! まだ十歳でしょあんた、何考えてんだ!
ダメだ、三人とも殺る気満々でどうしようもない!
くっそ、いっそ瞬殺狙いで神威を発動させるか? 勝てるか、私一人で!?
『よいよい。四人だろうがなんだろうが、結果我が配下となるのなら歓迎しよう。貴様ら二人は、必要ないが』
[こちらの様子は把握されているんだよな。初っ端からハープーンをぶちこんでやろうかと思うんだが、お前ら避けられるか]
マジか! 地下都市ごと崩れかねないぞ! 私も驚いたが、狂気に満ちていたハッキネンの顔にも汗が噴き出している。
『ちょっと待て、あれがハープーンというものか? 待て待て、それは困る。仕方ないなあ……』
[マーカス止めろ! 崩れたらどうする!]
[そうだよ、こっちで仕掛けるからとりあえず見てろ!]
[落ち着けって。ハープーンの結果、ここが崩れれば地上で戦闘だ。神殿がぶっ飛ぶ程度ですめば、エリナの戦車で追撃をかける]
戦争じゃねーか。
そして、カウントダウンが始まった。
ハッキネンと二人目を合わせ急ぎ神殿からの脱出を試みる。
だが、そのカウンダウンはすぐに中止を余儀なくされた。
脱兎の如く駆け、神殿の入り口にたどりついた二人は、今異様な光景を目の当たりにしていた――。
鎧姿、重装備に身を包んだ兵士の大群がどこからか忽然と現れていた。
整然と並んでいたのだ。
目の前、そして破壊したブロックにもその兵士が見える。
我々四人は完全に分断され、そしてマーカスとエリナは完全に包囲されていた。
『撃てない、撃たせない。我が精鋭、冥府より生きて戻りし近衛。大陸だけでなく、冥府でも猛威を振るい、魔なるもの、聖なるものを蹂躙せし最強の兵団。降伏せよ、跪け』
絶望的な光景だった。さすがに、一見してすぐに悟った。こいつら、一人一人がドラゴンやベヒーモス、サイクロプスにキマイラみたいなものだ。人型ではあるが、その強さは人を超えている。それが大群として存在するのだ。
戦う意味が、見出せない。
もはやこれまで! 四人は即時決断した。そしてなんの意思疎通もなしに行動に移る。
ハッキネンがザルギインに襲い掛かり、私はフルゲージ消費のブループラネットの準備に入る。神威を発動させ、地下都市ごと壊すほどの威力を意識する。
マーカスは「金龍」を発動させ肉体を強化、麻痺効果の魔法を全体化で唱え放ち、足止めを図る。
エリナはハープーンの発射角を天井に変更しようと試みるが、咄嗟のことで対艦ミサイルの動きは遅い。
背後でうめき声が聞こえ、兵団が行動を開始、マーカスに襲い掛かるかと思われたその時、凄まじい轟音で全ての存在が動きを止めた。
視界の中で、轟音と共に天井が崩れ落ちていた。
丁度中央広場の辺りに天井が崩落している。
マーカスとエリナはまだ無事なビルへと離脱せんと必死だ。
そして、一つの影が天から降ってきた。
誰もが唖然とする中、それは崩落で荒れる中央広場へと降り立った――。
悠然と、兵団の中央へと消えていく。
見えなくなったと思ったその時には、それはもう私の目の前にいた。
「最近よく会うな、君とは」
聖剣士ガルバルディはそうして、私の銀髪についた埃を払ってくれた。




