第五話:辻斬り生活
森の中に立て札が立っていた。貼紙まで貼ってある。最初はなんて書いてあるのか分からなかったけど、調べたらモンスターの言語で「辻斬り注意」と書かれてあることが分かった。私達は立て札を破壊し貼紙をはがして回った。
スキルポイントを稼ぐ日々は、無駄なスリルに満ちていた。
拠点をこの名もない港町に決め、標的は主に森に住む猪豚Mk-2などのモンスター達に定めた。タジルバジルこと残念ホンダさんは一発の破壊力が強いので、しばらく手は出さない方が懸命だという。
私はアーチャーとして遠距離攻撃を行う。スキルポイントが貯まると射程プラス1のスキルを装備し、さらに飛距離を伸ばす。近藤はウォーリアーなので近接戦闘が必須。しかし卓球部だからか俊敏性が抜群に優れている彼は、スキルポイントを貯めると加速プラス1を装備し逃げ足を強化した。
森の外から超遠距離でモンスターに照準を定める。標的はカラス型モンスターロックレーヴン。頑丈な上飛べないカラスなので標的として申し分ない。群れで行動する猪豚さん達は集団で反撃してくるので、こちらの方が都合がいい。
パシュッ!
気持ちのいい音と共にきれいな放物線を描いて矢が飛んでいく。
ガツン!
当たった、と同時にバシッと近藤が斬りつけた音が聞こえた。命中し怯んだところを斬りつける、これが私達の作戦だ。近藤が全速で駆けて来るのがこちらからでも確認出来た。私もそれを確認して必死になって逃げ出した。
カアーッ!
モンスターの激高した鳴き声が聞こえる。
逃げずともよい状態にしたいのは山々だが、どう考えてもレベルが20はないと勘定が合わない。どういう戦闘バランスにしているのか分からないが、レベルが一桁の私達ではこうする他ないのだ。逃げ続けていると近藤が追いついた。速い、加速スキルの威力は凄まじい。二人してジャンプしてくぼみへと身を伏せる。
「追ってくるか……」
近藤がささやくようにいった。
「いや、見失ったみたい。来ないね」
よし、二人で拳を突き合わせる。
どこに出ても恥ずかしくないほどの通り魔へと成長した私達は、効率よくスキルポイントを貯めていった。不意打ちの奥義と題して本を出版してもいいかなと思うぐらいに頑張ったのだから当然か。
もう随分とスキルポイントも貯まってきた。正直強化しようと思えばかなりの部分強化出来る。たとえば「攻撃力倍」のスキル。低レベル限定スキルだが攻撃力が倍だなんて素晴らしい。だが攻撃力を上げると殺してしまう可能性があるので装備出来ない。単純にHPやMP、SSゲージと呼ばれる必殺技ポイントも強化したいが、まだキャラクターの方向性も定まっていない。ゲームは始まったばかりなのだ。
今は淡々とスキルポイントを貯め、便利なスキルを徹底的に手に入れる。これしか出来ない。
ただこの方法には一つ問題があった。お金が稼げない。つまり、宿に泊まれないのだ。とどめを刺してしまえば、いくばくかのお金にはなるし、モンスターを捕獲すれば売り飛ばすなり毛皮にするなり出来るのだが、我々にそんなことは出来ない。お金は減っていく一方だ。
色々思案した結果、寝苦しいが拾ったテントを張って寝ることに決めた。最初のうちはマンホールの下で寝泊りしていたのだから、随分と楽になったのは間違いない。行き交う人々にはホームレスのモブキャラだと思われていただろうが、背に腹は変えられなかった。
「とはいえ、いつまでもこうしてはいられんからな。とりあえず目標を決めよう」
隣で寝転ぶ近藤の言葉に、私はうとうとしながら頷いた。近藤曰く目標はスキル強化だけでこの周辺の敵を倒せるようになること。タジルバジルや猪豚Mk-2、ロックレーヴンを倒せるようになればこの生活から脱出出来るというわけだ。分かった、そう言って私は深い眠りについた。
きしむ身体を無理やり起こしてテントを畳む。そうして狩りに出る。辻斬りだけど。そんなテント生活もそろそろ終わりが見え始めた頃だった。二人のスキルポイントも随分と貯まってきた。これなら、スキルだけでここらの雑魚敵も始末出来る、もうひと踏ん張りだと近藤は言った。
だが、そんな時に私達はしくじってしまった。大きな代償だったと思う。辻斬り注意の噂が広まったのか、森の周辺に敵の姿が見えない。仕方なく森の奥深くへと入り込んでいった。外で残念ホンダさんの相手をするよりはマシだという近藤の進言からだ。
いつものように通り魔的犯行を繰り返していると、不意に猪豚の群れに襲われさらに森の深部へと逃げざるを得なくなった。失態だ、このままでは危ない。なんとか振り切ったと思ったその時だった、どすんという衝撃が地面から伝わってきた。ホンダ、さん……? だが違った。それは、初めて見るモンスターだった。
「まずい、猪豚キングじゃねーか! この森の主、中ボスクラスだ!」
近藤がそう叫ぶやいなや、キングは私達に向かって猛然と突進してきた。その体躯たるやホッキョクグマのようで、凄まじい威圧感だ。近藤はやむをえず応戦を選択した。無論逃げることを目的とした応戦だが、果たして通用するのか。
「いてえっ! いてえっ!」
防御しても衝撃が身体に伝わるらしく、近藤が叫び声を上げている。どうしよう、どうしたらいいんだ。そうだ、隙を作って逃げられるようにとにかくまずは遠距離から攻撃……。
「お前、もう逃げろ!」
近藤の叫びに、私は思わず固まった。逃げる、近藤を置いて? そんなこと、出来るわけないじゃない。たとえそうしたくても! ドンッ! という音と共に近藤が吹き飛ばされた。
「ぐぇっ!」
ブルルルルルルル……キングが猛り、倒れた近藤へと近づいていく。最悪だ、もう手段を選べない。このままだと近藤がやられる。今の私に今すぐ出来る対処法……ある! 私は素早くステータスパネルを開き、スキルボードへとつないだ。
「攻撃力倍、低レベル限定取得、装備! 必殺技、ブループラネット取得、装備!」
「おい! もったいな……ガハッ!」
近藤が血を吐いてる、これしかない!
「――キング、悪いけど正面切って戦わないから。これでも私達、辻斬りの達人でね……」
背中を見せた猪豚キングに、私は照準を定めた。緊張で手が震えるが、外すわけにはいかない! いくぞ!
「食らえ! ブループラネット!」
使ったことのない技だからどんなエフェクトが出るのかも分からない。
けど効かなければ、二人とも死ぬ!
――明確な生死の境目。
不安と狂気が全身を走る中、凄まじい光が私の目の前に広がっていった。
無数の矢が私の身体から生まれるように発生していく。
そうして、青い光を放つ矢が輪のようになり、一斉にキングへと放たれた。
ドンッ! ドンッ! ドンッ!
連続して矢がキングを切り裂いていく。突き抜け、切り裂き、キングは被弾し続ける。それは、正に青い惑星の誕生を思わせる壮大な光景だった。
――キングは咆哮と共に崩れ落ちた。