第十話:地下空間での戦闘1
いよいよ地下深くへと潜っていく。ライティングは消され、真っ暗な闇が四人を深く包み込む。先頭を歩くハッキネンは夜目が利き、エリナは暗視ゴーグルを装着している。私は神聖なる肉眼で周囲を把握出来る。だが、マーカスだけは闇に包まれたままだ。ハッキネンの肩に手をやり、壁伝いに降りていく。自然ゆったりとしたものになるが、それが四人の緊張感をいい具合に高めていった。
地下深く続く階段は異様に長かった。そのせいか、マーカスは汗をかいている。異様な長さから、先頭を歩くのがいつの間にかエリナに交代していた。不安を感じたが、二人は何の異論も出さない。ならば私も何も言わない。
随分と下ったところで、先頭のエリナから止まれの合図が出た。マーカスは少しつんのめったが、すぐに異変に気がついた。「明かり?」そう呟き、先頭は再びハッキネンへと代わった。私はトラップの類を警戒しホーリー・アイを解かずに殿を務める。
四人の歩調は少し早まったが、物音を立てぬよう慎重に下り、ついに終着点へとたどり着いた。
そこには、ハッキネンが屈まずとも通れるだけの入り口があった。しかも、やけに明るい。ハッキネンとエリナが敵に悟られぬよう慎重に中の様子を探った。エリナは胸のポケットから小さな双眼鏡を取り出し、より遠くの様子も探ろうとしている。そうしてハッキネンが告げた。
「人が、いる」
続けてエリナが「イージス」と呟き、さらなる探査を行う。
「敵と、判断」
その一言で、後ろにいた私とマーカスは敵は人型であると認識した。
「人間2000か。ドワーフなんぞいるんじゃねーかと思ってたぜ」
「死霊も頭にありました。姫は腐霊術を使いますからね」
そんな二人の会話に、ハッキネンが首を捻る。
「妙だ、これじゃ……地下都市じゃないか」
「地元を思い出すぜ」
エリナの言葉に興味を惹かれた後ろの二人は前の二人と交代して中の様子を確かめた。
そこはまさしく都市だった。街だった。しかし、遥か高くに天井があり、整然と建築物が並んでいる。これは間違いなく地下都市だ。その造りを見て私は中世から近代へと移行する欧州の姿を見た。マーカスも「完全に都市だな」と呟いている。
私はさらに考える。街は左右に加え奥行きも相当にある。大通りを一区切りにブロック単位で数えるのが妥当か。そしてこれだけの空間なら、上も含めて相当手広く使える。ゲーム当初から逃げ足を強化した私、距離のいる近代兵器を駆使するエリナにとっては好都合だ。近接タイプの二人も存分に暴れられるだろう。
「ロンドンのようだ。古くて新しい街並みだ。そして、立派なビル群でもある」
ハッキネンは感心しているのか、少し声が大きい。そこで、エリナが街並みの奥を指差した。
「でもあれは、神殿っぽい」
確かに、遠く奥に噴水のある広場が見える。さらに奥に見えるのは、神殿、宮殿、議事堂にも見える。あれが終着点か?
「ボーダーラインはどこだ。分かるか」
マーカスの言葉で私はどこかにあるはずの戦闘開始ラインを確かめようとした。だが分からない。明確にどこだと線が引いているわけでもない。とすると、入った瞬間戦闘開始になる可能性がある。ハッキネンを残し、三人は少し距離を取った。まずマーカスが厳しい顔を見せた。
「2000は確定事項だ。で、地理的条件は見ての通り。さてどうするべきか」
「当然上を取る」
「同感だ」
エリナも首を縦に振っている。
「どの建物が相応しいと考える」
「一番高い奴。と言いたいところだけど一番手前のビルでいい」
入って左にある四階建てのビルが一番近い。右のビルはさらに低く三階建てで、しかも屋上がない。あれは使えない。
「即戦闘と見ればそうなるな。しかしこいつらは何者なんだ? この地下空間、随分と明るいが光源はどこにある?」
私とエリナは首を振り、それは重要でないと伝える。姫やエリナの存在なしなら短絡的とも言えるが、この状況なら殺ってから考えればいい。物騒な話だがマーカスもそれに納得し、入り方ついての最終確認を行った。
「走るか、人目を忍ぶか」
「どっちも大して変わらないと思う。むしろ建物に入れない仕様だった場合完全に地上戦になる。それが一番怖い」
「いや、剛力で投げ飛ばす。エリナがロープを垂らせば全員上を取れるのは間違いない」
なら、走る。速攻で上を取りあとは敵の種類と強さを確認してから。意見はそうしてまとまった。ハッキネンにそれを伝えると、物憂げな顔で彼は言った。
「ここから中に入れば彼らは僕達に牙を剥くんだろうね。平和そうに見えるし、レンガ造りのいい街なんだが。残念だよ」
「躊躇うな、エリナは敵だと言ってる。それはつまり、武器を――」
マーカスのその囁きは、最後まで続くことはなかった。
「知ってる」ハッキネンはそう言うとまるで空気のように内部へと足を踏み入れた。
その瞬間、街行く人影が一斉にこちらを鋭く確かめる。その目という目が、おぞましく映った。敵意、獣、得体の知れない何か。
やはり、人型ではあるが人ではない! そう確信した我々は一気に手前のビルへと駆け寄った。その瞬間、この地下空間にまるで空襲を知らせるかのようなサイレンが鳴り響いた。
一体誰がここを造り、誰が敵なんだ。そんな疑問振り払うようにビルへと向かう。
一番手前のビルへと走り、まずマーカスは私を高く投げ飛ばした。絶妙にコントロールされた剛力により、無事に屋上へと着地する。すぐさま屋上の様子を確かめ良しと合図を送る。続いてエリナが飛んでくる。私はキャッチしようと準備していたが、エリナは建物の縁の部分に手をやり態勢を整えると何事もなく着地した。感心しつつも、次に来るハッキネンに合図を送ろうとした。
だが、下では敵の一部が二人に迫っていた。まだ襲い掛かるという姿勢は感じられないが、距離が近い。「急げ!」マーカスがそう叫ぶと、ハッキネンはツカツカとマーカスに近づき、上空へと投げ飛ばした。
「ご、剛力?」
「何すんだ馬鹿野郎!」
「挨拶だけはしておきたい。これから死合う相手だからね」
ハッキネンはそう言い、敵の一団と向かい合っている。一方、不意に投げ飛ばされたマーカスは空中での姿勢制御が取れていない。挙句に高く投げられ過ぎたものだから、上の二人は慌てて捕まえようとその落下点へと走る。だが、
「どけっ!」
その一言でマーカスは誰の助けも借りずに大きな音を立てて着地した。凄い衝撃で、その重さが伝わってくる。キャッチしなくて、よかった。気がつくとエリナと目を合わせていた。そんな中、穏やかにして堂々たる声が響いた。
「諸君、我々は好きでここに来たわけではないんだ。よければ君らが何者か、教えていただきたい。私は、ソードマスター。北欧の侍、ハッキネンである」
堂々とした姿ではあるが……特に絵になる光景というわけでもなかった。この地下都市では滑稽にすら思える。彼なりの流儀で拘りか、だがその一言で敵が襲い掛かる。
「残念だ、言葉も持たぬ似非人であったか」
ロープを掴んだハッキネンがマーカスの剛力により異様に高く舞った。侍気取りのハッキネンが空を舞う姿は、世間を騒がす怪盗にしか見えない――。
屋上に三人が揃い、戦闘準備に入る。空中高く舞うソードマスターは無視して、すぐに下の様子を確認した。上を取ったこちらに対し、手出し出来ないとなれば射的の的と変わらないが、そう簡単にはいかないだろう。ここでの問題は堅さだ。だが下を見てすぐに判明したのは、それ以前の問題だった。
「やばっ、あいつらビルの中に入ってる。階段から上にあがってくるよ!」
ストンとハッキネンが着地して「一方的にはさせてくれないらしいな」と呟いた。
ではどうする。徐々に群集のようにビルを囲んでくるだろう。その時、風きり音と共に何かが飛来し、そのまま通り過ぎていった。マーカスが唖然として声をあげる。
「下から? 弓か」
「人型だからな、飛び道具も使えるのだろう」
「条件は同じさブラザー。いや上を取ってる分こちらが圧倒的に優位だ」
ハッキネンの言葉にエリナはそう続け、機関銃を取り出した。掃射するつもりか。そうして機関銃を屋上の角に配置、しかしエリナは撃とうとはせず、私を見て言った。
「で、ボス、どうすればいい」
「へ?」
ボス? 私が? 驚いて男二人を見ると小さく頷いている。マジか。とはいえ、私のミッションだから私が仕切るのも当然と言えば当然だけど……でもボスって柄じゃあないし。けどエリナの目はどこまでも本気で、誰も異議申し立てもしないので仕方なく受け入れる。
「えっと、まずは敵の堅さを確かめたいんだ」
「そうだな。随分とみすぼらしい格好をしちゃあいるが、以外とタフかもしれん」
「下からも撃ってくる。直に他のビルからも狙い撃ちにされるだろう」
二人の言葉に頷いて、まずは上を取った優位を生かすために私の弓とエリナの機関銃がどの程度通用するかを確認する、そう提案した。皆頷いたが、マーカスが付け足す。
「その前に一つ作業だ。エリナ、屋上に上がる階段に地雷を仕掛けて来い」
「ラジャー」
エリナはそう言って屋上出入り口へと向かった。上がってくる敵は地雷で対応か。でもそれやっちゃうとこのビル持つかな。そう疑問の声を上げた。
「どうなんだろうな。とにかくだ、地雷を乗り越えて敵がここまで来れば次のビルに飛び移る。ビルが持たないとなっても同じだ」
なるほど、確かに。ハッキネンも頷いている。仕掛け終えたエリナは戻ってくると機関銃の元へは向かわず、下を覗き込むように屋上の縁へと足を向けた。危ないよ、そう声をかけようとした時、パキンッと金属音がした。そしてコンコンと妙な音が続く。
「エリナちゃん、何してるの?」
「ボス、堅さを確かめるんだろう?」
細めた目を向け、エリナはそう言った。そして、ドンッと爆発音が聞こえてくる。
「な、何事?」
「エリナ、手榴弾でこのビルにダメージが加わらないよう、少し遠目に頼むよ」
「ラジャー」
二人のやり取りに、私とハッキネンは驚きを隠せなかった。エリナはいつの間にか取り出した手榴弾のピンを次々に外し、ビルの周囲へと落としていたのだ。爆発音が次々と重なり、それはエリナが屋上を一回りするまで続いた。
無茶苦茶な確認作業の終了と共に、四人は下の様子を眺めた。煙たいが、どうだろう。死体の山になっているのは間違いないと思うんだけど。だとしたらエリナには見せない方がいい。そんな中、最初に声を上げたのはハッキネンだった。
「意外に脆いか」
「いや、結構残ってる。それなりに威力のあるアイテムなんだが」
「次いこうか、ボス」
エリナにそう促されて、良く分からないまま頷いた。何をするんだろうと思ったら、どでかいミサイル砲みたいなのを取り出している。
「ちょっと待った。こんなの下に撃ったらビルが崩れる……」
慌てて止めるが、エリナは地下都市の遠く、遥か深い位置を指差した。敵の群れが見える。あんなところにまで敵がいるのか……。
「あれを狙う。R.P.Gで数を減らす」
名前だけは知っているぞ、ぐ、グレネードランチャーだな……思わず息を呑んでしまう。一体いくつ武器を持ってるんだこの子は。愕然として顎の汗をふき取っていると、ハッキネンが割って入った。
「エリナ、無茶苦茶なのはもう分かったんだが、それならラインを引いて欲しい」
「ok。ワンブロックより向こうには撃たない」
「分かった。なあ二人とも、この程度の敵なら地上戦でもいけると思うんだ。とはいえエリナの掃射に巻き込まれたくはない。そこで、一人で下に降りようと思うんだがどうかな」
「ボスに任せるよ」
マーカスにそう振られて、私は慌てて考え込んだ。確かに敵はそう強くはないかもしれない。だけど、離れて戦うと援護にいけない。敵がこのままビルの周囲に集まってくれれば、延々と上から撃っていれば数を減らせるわけで……そんな思考はバシュッという音で遮られた。エリナがR.P.Gをぶっ放したのだ。ワンブロック先では爆発と共に何かが飛び上がり、粉塵が舞っている。
「完了だボス。こいつら柔らかいぜ」
エリナはそう言ってこちらをみた。
「ご、ご苦労様エリナちゃん。あの、ハッキネン、一人はまずいので私もお供するよ」
振り返りハッキネンにそう告げると、渋い顔をされ手を振られた。
「それは出来ない。一人じゃないと困るんだ」
「ソードマスターの本気か、一人でいいじゃねえか」
「いや、でも」
その時、下でバンッと音がした。手榴弾の爆発音とは違う。一瞬敵が上がってきたかと思い出入り口を見たがそれも違う。四人は急いで地上へと視線を向けた。さらに破裂音のようなものが聞こえ、四人は唖然とした。
「なんだ、あれは?」
マーカスの声をかき消すように、奇妙な破裂音は連続して響き渡った。
「あ、あれ? なんか生まれてる?」
「変異か?」
敵の死体から何かが生まれた……這うように、蠢いている。いや、それだけではない。
「敵さんもただでは死んでくれないらしい。変異したのと、まだ生きてるのがいる。つまり一種類ではない。人型だが複数のタイプが存在するってわけだ」
ハッキネンはそう言うと、ついに鞘に手をかけた。
「エリナ、もう一発撃てるか? 料金はこっちが持つ」
エリナが無言で頷き、空間アイテム倉庫に手を突っ込んだ瞬間全員がその殺気を感じ取った。
「横? 向こうのビル!?」「上だ!」「登ってくる奴がいるぞ!」
複数のビルには弓矢を構えた敵が、上にはドロドロとした巨大なコウモリが舞い、下からは人型の怪物が壁を這い、迫っていた。




