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トカレストストーリー  作者: 文字塚
第三章:ヴァルキリーの台頭
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第八話:多国籍軍

 翌日、二人は草原の水辺に決めた合流地点で待機していた。すぐそこに二つ目の神殿がある。新しく四人乗りの馬車をレンタルして、準備は万端だ。


「そういえば、合流するお二人はどこの人なんですか?」

「国かい? 合衆国とブラジルだよ」


 随分と多国籍になってきた。時差は大丈夫なんだろうか。私に合わせてもらっているけれど、北欧に北米に南米、バラバラ過ぎると思うんだけど。本人達に確かめればいいかと、それ以上は聞かずにおいた。

 地図を開いて今日は何箇所回れるだろうと考える。その間ハッキネンは日本史について尋ねてきた。何故、明治維新は成功したのか。日本史上最高の剣士は誰か。あまり得意分野ではないけれど、地図に目を落としつつなんとなく口を開く。


「えー……勝海舟が裏切ったからでしょうか」

「んーその見方なら小栗が諦めたから、の方がしっくりくるね」


 誰だそれはとは言い辛かったので、小首を傾げておく。ハッキネンはさらに続ける。幕府方にも勝ち目はあったとか、新撰組は本質的にテロリストではないかとか。どうにも答えづらく、地図との睨めっこを続け生返事で誤魔化した。


「邪馬台国は本当はどこに……ん、きたか」


 ハッキネンはそう呟き、メッセージボードに目を落としている。二人から連絡がきたのだろう。私も地図を見る振りを止め、顔を上げた。


「ちなみにですが、お二人の年齢とか性別とかお聞きしてもいいですかね。あくまでゲーム内の話ですけど」

「ああうん、それより戦闘中だそうだ。大群に捕まっているらしい」

「はい?」


 なら、援護しないと。そう思い弓を取り出したが止められた。


「デモンストレーションだそうだ。手を出すな、だってさ」


 へえ、大した自信だ。大丈夫だろうか、大群ならブルプラぱなして数を減らしてもいいのに。私は弓だけを握り締め、広い草原を見渡す。どこだ、どこで戦っている。


「きた、あちらからだ」


 ハッキネンの指差す方角に、人の姿が微かに見える。しかしすぐに粉塵が舞い、敵の姿は確認出来なかった。すぐさま神聖なる肉眼を発動させ、状況の把握を試みる。

 群れだ、確かに大群が見える。そして何か、飛び交っている? なんだろう、爆発物にも見えるけれど、混乱しているのは理解出来た。

 混乱は徐々にこちらに近づいてくる。ついに肉眼で捉えられる距離にまできた。二人組が後退しながら敵勢へと攻撃を仕掛けているのが分かる。いや攻撃しているのは一人? 敵は……昆虫型モンスターの群れか。だが遥か後方の巨大なそれを見て、二人は目を見張った。


「一つ目って……サイクロプス……!?」

「いや、正確には違うだろう。下半身が人間のそれじゃない。あれは蜘蛛のようにも見える」


 下半身が昆虫のサイクロプス? また姫か! 私はやはり援護すべきじゃないかと主張したが、ハッキネンは首を振る。


「確実に減っているだろう。大したものだよ、どうやっているのかは分からないけれど」

「銃士にプリーストですよ! 大群相手じゃ限界があります。ここは銃より弓のが強い謎仕様なんですから!」

「と、僕も思うんだけどさっきから何を使っているんだろう。なんか派手にぶっ放しているけれど」


 ぱなす、何を? 改めて戦線を確認すると、やはり妙なものが飛び交っている。そうして微かにだが声が聞こえた。


「ファイア!」


 魔法? いや、あれは違う……。無属性の攻撃に見える。


「ああ、やっと分かった、ミサイルだ」

「ミサイル? そんなものあるんですか?」

「形状からして、対戦車ミサイル(ジャベリン)かな……無茶苦茶だ」


 槍じゃなくて、ミサイルだと……。先入観なしに見ると、確かにミサイルに見えてきた。眼前で飛び交うのは、確かに近代兵器だ。


「ああ……なんかとんでもないものを持ち出したぞ」

「なんですか、レーザー兵器ですか……」

「いや、多分対艦ミサイル(ハープーン)だ」


 なんだそれは。視線の先では巨大なミサイルが空中に浮かんでいた。するすると平行に高度を上げると、突然火を噴いて高速でサイクロプス目掛けて飛んでいく。蜘蛛の下半身を持つサイクロプスは機敏な動きでそれをかわそうとしたのだろうが、その足に何かが絡まっている。蔦だ、蔦がその足に取り付いている。

 一つ目の巨人は覚悟を決めたのだろう。これではよけられない。そして両手で頭部をガードする姿勢を取った。ミサイルを受けきるつもりなのか。

 着弾。

 爆炎と共に轟音が轟き、塵が舞い散った。サイクロプスの姿は肉眼では確認出来ない。だがホーリー・アイなら見える。両腕、頭部がきれいさっぱり吹き飛ばされていた。

 二人が唖然とする中、神父は敵の群れへと突撃した。背後の銃士はガトリングガンを取り出し掃射を始める。もう勝負どうこうという次元ではなかった。近代戦がどうこうという話でもない。何故なら、神父は素手で敵を殴り倒していたのだから――。



「こちらがブラジルのプレイヤーで、今は……暴力神父をやっているマーカスだ」

「暴力は余計だろ。よろしくな、いいデモンストレーションだったろ?」


 ハッキネンの紹介で、褐色の暴力神父が片手を差し出してきた。髪は短く刈り込まれ、大きな目に大きな口、顔のパーツがどれも大きくなんともいかつい。それにぱっと見た感じ筋骨隆々という感じはしないが、きっとこの聖職衣の下は筋肉の塊なんだろう。握り潰されたりしないか心配で仕方ないが、渋々握り返す。まだ背後では炎がくすぶり、サイクロプスの残骸が圧倒的存在感をもって残っている。差し出した手はなんとか無事だった。儀式を終えたところで、ハッキネンが付け加える。


「まああれだ、まだ若いが、ご覧の通り……無茶苦茶でね」

「おいおい、そこは強いと言って欲しいな」


 マーカスはそうして胸を張っている。何故今の戦いで胸を張れるのだろう。理不尽だと思わないのだろうか……。


「で、こちらが……」


 ハッキネンが地面を見るかのように視線を落とした。私ですら相当視線を下げなければならない。とても信じられないが……。


「ニューヨークのプレイヤー、ガンナーのエリナだ」

「は、初めまして……」


 手を差し出すと、ひょこっと顔を上げてこちらを見ている。その姿、なんとも愛らしいのだがまだ十歳前後にしか見えない。薄いピンクのドレス姿に拳銃を二丁さげている。銃士なのだからそれはいいのだけれど、何故背中に自動小銃まで担いでいるのだろう……。


「エリナだよ、よろしくお姉さん」


 にっこりと笑って小さい手を突き出してきた。きれいな金髪をツインテール気味に仕上げ、碧眼の瞳は絵に描いたような西洋人だ。でも全てがでたらめに見える。戦い方もでたらめだ。


「実際の知り合いだから、まあ頼みやすかったんだ。こんな無茶苦茶だとは思っていなかったが」

「ハック、時間と共に戦い方も変わるってもんだ。むしろ神父になったのは最近だと説明したじゃねえか」


 ハックとはハッキネンの愛称らしい。なるほど、リアルで知り合いなのか……それはいいんだけど。


「あの、エリナ嬢はおいくつなんですか? ああいうキャラメイキングしただけですよね?」

「エリナは十歳だぜ」

「へ? ハッキネン、マジなの?」

「ああ……十歳だ」


 なんとも弱った顔でハッキネンは肯定した。当然いやいやいや、と私は手を振る。


「十歳の子がこんなゲームやっていいんですか? 外国じゃ日本より規制が厳しいって聞いてますよ?」

「なんて言やいいんだ。面倒だ、ハック頼む」

「ああ、まあ移動しながら説明するよ」


 そう促され、四人パーティーは次の神殿へと移動を始めた。


 神殿にはすぐに着いた。

 草原にポツンと小さな建物が建っている。

 四人は馬車を降りすぐに周囲の探索を始めた。


「つまりその、エリナちゃんは私達とは全然違う風に見えているということですか?」


 歩きつつ、二人に尋ねる。


「そういうことになる。モンスターはマスコットキャラクター化されていて、あくまで子供用の設定なんだ」


 ハッキネンは後ろを歩きながらそう答えた。手元が忙しいあたり、サイクロプスについて調べているようだ。


「ミサイルや銃なんかも、玩具にしか見えてない。水鉄砲みたいなもんだ。リアルには見えてないんだとよ」


 マーカスは興味深げに神殿を眺め、そう答えた。二人によるとこのゲーム、年齢制限が確かにある。ただし年齢別の規制が施されており、子供には子供用のトカレストストーリーが用意されているのだという。リアルにまだ十歳のエリナ嬢にしてみれば、可愛らしいモンスターと遊んでいる感覚だろう、そんな説明だった。


「でも、こんな理不尽なゲーム子供には厳しいんじゃ……」

「そこが肝だ。俺がこの子と組むのは理不尽要素が緩和されるからなんだな。勿論知り合いだってのもある」


 理不尽要素の緩和、どういうことだろうと尋ねてみる。


「そのままだ。例えば恐怖心を煽るお化け屋敷なんか、エリナにはハロウィンのパレードにしか見えてない。勿論俺には完全な嫌がらせ要素だけど、少なくともパーティーの面子がパニックに陥る不安はないだろ。他でもそうだ」

「じゃあ、ミステリーパートはどうしたんです。あれ一応殺人事件ですよね?」

「あれは統合されてたな。事件は窃盗になってたぜ」

「窃盗犯の自白を四十八時間聞くんですか……」

「いや、エリナが犯人を射殺した」


 その答えで、私はしらーっとハッキネンを見た。彼もそれに気付いたようで「意外と普通の攻略法なのかもね」と呟いている。確かに共通点はあるけど、窃盗犯を射殺するのはどうかと思うぞ。


「まあ足を引っ張ることはないだろ。それは分かってもらえたと思う」

「いやでも、親御さんは許可しているんですか?」


 そんな素朴な疑問に、マーカスは声を出して笑う。


「父親は金融業を営んでいる。母親は精神科医だ。エリナは今足を怪我していて、外では遊べないから仕方なくこのゲームを認めている状態なんだな」


 はあ、なるほど。しっかりした親御さんの判断なら私がどうこう言うことはない。

 視線の先ではエリナ嬢がカマキリを追いかけていた。捕まえきれないと見るや、素早く拳銃を取り出したが「無駄弾撃つなよ」そうマーカスに注意されると「ちっ」と舌打ちして、くるくると器用に銃を回し、また腰のホルダーへと仕舞い込んだ。


「どこの世界にカマキリにコルト・パイソン向ける奴がいるんだ」


 ハッキネンはそう呟いていた。


 四人はさらに神殿の探索を続けたが、規模も小さくすぐに終了した。姫の痕跡は確かにあった。ここにも立ち寄ったようだ。それに、さっきのサイクロプスの異種、姫の仕業に間違いない。姫は近い、近くにいる。私はそれを三人に告げた。


「姫に近づいている気がします。ここにも立ち寄ってるし」

「このまま探索を続けていれば遭遇、さらに戦闘になるかもしれないってことだね」

「竜を召喚出来て、サイクロプスを変異させる力を持つか。手強いみたいだが、どうするつもりなんだ」

「その人強いの? でもエリナ戦車持ってるよ?」


 そうしてエリナ嬢は巨大な空間アイテム倉庫を出現させ、完全に武器庫と化している中を見せた。ハッキネンがそっと武器庫を閉じさせる。何故戦車を持っているのかも不思議だったが、いくらしたのだろう。なんだか妙な話になってきているが、とにかくと気を取り直す。


「……あの、力ずくもいとわない、確かにそうではあるんですがいきなり戦車とかハープーンとかはなしということでお願いします」

「しかし、戦闘においては先手必勝というからなあ」

「地雷もあるよ?」


 エリナ嬢がまた武器庫を見せたが、再度ハッキネンが閉じてしまった。不満なのか、これにはエリナ嬢も抗議したが、190cmの長身に担ぎ上げられるとはしゃいで喜んだ。マーカスには慣れた光景なのだろう、すぐに視線を戻しこちらに尋ねてきた。


「あの二人はほっとこう。つまり説得したいのか?」

「まあ、そうなります」

「普通じゃない相手なんだろ。ファーストミッションを終わらせたいんじゃねえのかよ? そう聞いてるぜ」

「んー捜索せよって指令なんで、殺害した場合聖剣士殿がなんていうか……」


 悩みどころだ。ガルさんには奇跡を起こせと言っておいて、自分は殺しにかかるなんてちょっと考えられない。とはいえ説得出来る相手だろうか。実力差を思い知らせるほど、差があるとも思えない。むしろやられる可能性だって充分にある。


「向こうが仕掛けてきたら、容赦なく殺る。それでいいよな?」


 暴力神父のこの提案を拒絶することは出来ない。

 渋々と、私ははいと頷いてしまっていた。

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