第七話:神殿巡りと情報収集
神殿を後にして一つ前の町へと戻る。露天が立ち並び路地裏にまで店舗がひしめく比較的大きく雑多な町だ。しかし道の舗装はまばらで、住人達も決して裕福には見えない。商魂たくましい人々の集まる、商業都市のような町なんだろう。
新しい地図を手に入れることは難しくなかった。そしてヒントも記されていた。つまり、バグではないと証明されたわけだ。だが……。
「すいません、手持ちがなくて」なんとも情けなくて、頭を下げる。
「いいよ、仕方ない。情報は買えなかったけど地図があれば充分だ」
そして「フィンランドと日本の友好の一環だと思ってくれればいい」ハッキネンはそう茶目っ気たっぷりに言ってくれた。ほんとにあり難い話なんだけど、ここの連中はほんと金に汚い。
露天の立ち並ぶ広場から路地裏に入り、小さな店構えの情報屋で売っていた新しい地図の価格はなんと50000em。私の手持ちは20000emで遺跡やモンスターの情報料は500000emというぼったくり価格。ふざけんなと店員を刺し殺してやろうと思ったが、日本人代表としてそんな蛮行には走れない。日本の女子高生はすぐ人を殺すと北欧で噂が広がったら私のせいだ。やまとなでしこの名に傷をつけぬよう、看板に蹴りを入れるだけですませておいた。
しかし、と私は思う。この地図私しか必要のないものなんだよなあ……このレアルートでなければ必要ないんだ。だからぼったくりでも飲むしかないし、高い設定なのかもしれない。それになんかたこ焼きの呪いにも思えてくる……。あの時良心価格で売っていれば……因果応報という言葉が胸に染みた。
「しかし、ヴァルキリーは色々と扱い辛いんだね、やっぱり」
国際交流を深めつつ、日本人の礼儀正しさを存分にアピールした私に、ハッキネンがそう言った。そして何故手持ちがそんなに少ないのだと問われ、私はヴァルキリーの仕様について説明した。とにかく装備を整えるのに金がかかるんだ、この女神様は。ヘルメットのような兜との兼ね合いでコーディネートすると、装備する武器防具はかなり限定される。主に色彩と見た目の問題ではあるが、神聖なる女神の職に就くものとしてそこは譲れない。
挙句、私は近接においてペーパーソードしか使っていなかった。ニフリート・クレイモアは武器として使用出来るがあくまで技の一つだ。脆く頻繁に買い換えなければならないペーパーソードに拘るのは、武器の威力に頼らず確実な剣技を身につけたいからである。
我がままと言われればそうなんだけど、これはこれで正しい攻略法だと思う。万能の神ヴァルキリーは戦闘パラメーターの補正値が高い。ただし技術補正が全くない。あくまで個人の力量に依存する、これがヴァルキリーの弱点である。
「みんなの言ってることは正しいんです。ゲージもお金も技術も必要、それがヴァルキリーなんですよ……」
私自身が成長すれば正に最高位と呼べるジョブになるんだろうが、自ら難易度を高めるジョブとも言える。口を尖らせる私に、
「そもそも後半に手に入るらしい転職証だからね。そうなる頃にはある程度技術を身につけてる、そういう前提のジョブなんだと思うよ」
ハッキネンは正論を言って歩き出した。ほんとそうなんだろうなあと思う。けどアーチャーの弓補正に甘えていたらどうせ詰むわけで、避けては通れない道だと自分を納得させるしかない。二人は町の雑踏をやり過ごして落ち着ける場所を探した。
水の止まった噴水のある公園のベンチに、二人腰掛けて改めて地図を見る。並んで座っているのに、ハッキネンは私の頭越しに覗いているように感じられる。なんとも新感覚だ。比較的やや長身とも言えなくはないこともないかもしれない私はちょっと嬉しかった。190cmが珍しくない国では私小人のようなものだ。日本人はもっと牛乳を飲むべきである、そう思った。
それはさておき新しい地図には小さいが明確に変化が見て取れる。地図記号が増えている。それが何を意味するのかもすぐに分かった。
「この記号はさっきの神殿のものと同じだ」
「全部で六つ。他にも変化があります。十はありますね。これをしらみつぶしに探索していけばいいんですね」
「馬車でも借りるのがいいかな」
「時速300kmですか?」
まさかと笑われて、大人しい馬の引く馬車をレンタルした。
神殿や遺跡の調査は私一人で担当した。ハッキネンも肉眼での確認は出来るが、魔の痕跡を嗅ぎ取ることが出来ない。そうして私が調査を続けている間、ハッキネンは情報収集を行っていた。私が言った一つ一つのキーワードについての再調査でもあり、さらに詳しく調べるためでもある。何せ時間は現実の六分の一で済む。調べものはトカレスト内でやる方が効率がいいかもしれない。
「君は聖剣士さんと随分と深い議論をしたんだね」
「はい、神は死んだ。魔は滅んだとのことです」
その神殿は草原の中にポツンと建てられていた。みすぼらしいものではあったが、これを見逃すのも難しいだろう。まず人の手が入っているかの確認を済ませると、次は神聖なる肉眼での確認作業だ。姫の痕跡があれば、一応来た意味はあると言っていい。一番は遭遇だが、それはハッキネンが誘った二人の助っ人が来てくれてからの方が都合はいい。もう力ずくも頭に入っている。
「聖剣士ガルバルディ、あった」
「なんて書いてあります?」
私は屈みこみ、片手をついてホーリー・アイを発動させる。ハッキネンが読み上げる声を聞きつつ、姫の痕跡を見つけようと探索を続けた。
「ファーストミッションに関わる登場人物の一人。王国の要人。だが精神面に脆さがあり、ミッションにおいては全く役に立たない。一応奮起させ戦闘に参加させる方法はあるが、確実な方法はまだ分かっていない」
ふむ、まだ攻略法は確立されていないのか。で、この広間に姫の痕跡はなし。通路に足を向ける。
「ファーストミッションが終わるとしばらく出番はない。後半になると世界中を放浪しているらしく、遺跡などでよく出くわす。彼はタフな怪力の持ち主で、聖剣士の名に恥じぬ強さからチート剣士とも呼ばれている。敵に回すなら最低十人単位でかかるべし。今のところ仕留めたという話は聞かない。確かな強さを持つ脇役の一人である」
近藤はこの話を知っていたのだなと思った。チート剣士は共通認識らしい。だがタフな怪力の持ち主というのは私のイメージと随分違う。むしろ多芸多才な技術屋のイメージだ。ここにも姫の痕跡はなし、次は二階に上がる。
「ほんとにいたんだね。で、姫君は……と、あった」
「お願いします」
「王国の姫君らしい。ファーストミッションの登場人物。だが誰もその姿を見ていない。見なくてもミッションはクリア出来る」
んな馬鹿な、そう思いつつ丹念に神殿の中を見ていく。
「ただ、聖剣士を奮起させると姫君を匂わせるやり取りがあるので、宮殿の魔導師が姫君ではないかと思われる。その際魔導師と腐霊術師の二パターンが確認されている。以降出番はない。消息も判明していない。脇役の一人にしておくには勿体無い美少女設定だが、微妙に日本人設定も入っている。へえ、僕もちゃんと見ておけばよかった」
ハッキネンの言葉に少し苦笑しつつ、日本人設定という点に頭を捻らせる。そうだったっけかなー青白い顔く幼い顔は印象に残っているが、暗かったので何人と言われたらちょっと分からない。しかし、消息が分からないとは……参ったな。ここにも痕跡はなし。三つある部屋の一つに入ると、祭壇があった。
「次は魔王ね。名前だけは知られているが、全く確認出来ていない」
ふむ、またどうせ条件付きで見られるとかそんなことだろうと思い、祭壇の間を見回す。痕跡なし。次、本棚の見える部屋。
「ラスボスが魔王ではないかとの説があったが、六英雄によって否定されている」
私六英雄を知らないんだよな、と違う疑問が頭をよぎる。そして姫の痕跡を見つけた。やっぱり来てたんだ、本を探していたのか? けど前の神殿の書庫には姫の痕跡はなかった。いや完璧に消したのかもしれない。ならここは意図せず痕跡を残してしまった?
「覇王はないね」
「ガルさんが魔王は覇王だと言ってました。で、誰かに利用されている節がある。姫君とは現在敵対中だそうです」
以前ガルさんにレクチャーを受けたのを覚えている。後ろを歩くハッキネンが立ち止まったのを感じ取る。何か考えているようだ。
「でもないんだ。誰も知らないのか、ガルバルディというキャラクターが間違えたか嘘をついたか、ルート分岐で発生する存在なのか。そんなところかな」
「ガルさんはプロです。私に嘘をつく理由が見当たりません。間違えることもないと思います」
薄っすらと残る姫の痕跡から何か読み取れないか、私はホーリー・アイでじっとその痕跡を見つめ続けた。せめて感情の断片だけでも読み取れないか、頼む。そう心の中で願った。
「凄い信頼だね。僕も一度会ってみたいよ。次は魔と神について。トカレストストーリーは魔をキーワードに構成されている。魔王や魔物、魔獣や魔法使いがそれに当たる」
私の見方と大よそ一致している。だが姫の痕跡から何も読み取れない。何か意思みたいなものを感じれないか、時の記憶を読み取れれば便利なのに! つい舌打ちしてしまった。
「舌打ち厳禁。表に出すものじゃないよ。日本人なら心の中にしまっておくべきだと、僕はそう思うね」
「はい……日本の専門家さん」
「はは、ただの歴史好きだよ。神についての記述はなかった。ただ、トカレストの世界には教会や神殿の類は存在しない。また宗教の存在も確認されておらず、トカレストはあくまで戦闘を中心に楽しむRPGである。とのことだ」
理不尽を乗り越える嫌がらせゲームだと思う。
結局姫の痕跡を見つけることしか出来なかった。戦闘に巻き込まれなかったのは幸いだが、収穫はないに等しい。仕方なく神聖魔法で聖痕を残し、ついでに「話がしたい、貧乏アーチャー」と書いた貼紙を入り口に貼っておいた。姫がまた戻ってくれば、目に留めるだろう。結果どうなるかは分からないが、何もしないよりはマシだと思った。
一階へ降り、首を振ってハッキネンに収穫なしと伝える。ハッキネンは頷き「そう簡単にはいかない。まだ一つ目だ」と気落ちする私を励ましてくれた。そしてまた口を開いた。
「一つ分かったことがあるんだが、メインストーリーの情報が外部に漏れてる。今の情報は外部のものも含まれる」
ついにきたか、軽い衝撃を受け渋い顔になってしまう。ハッキネンも少し戸惑い気味だ。しかしこれだけの時間が経てば仕方ないだろう。
「プレイヤーの数は一時期減ったが、六英雄の活躍と情報で人が増えつつあるんだ。その影響もあるんだろうね」
「六英雄って何者ですか?」
ハッキネンが驚いた顔をして、それから笑って説明してくれた。
「超上級プレイヤーだと思えばいいよ。みんなが認める凄腕プレイヤーだ」
なるほど、魔王ラスボス説を否定するのだから、ラスボスまでたどりついた猛者中の猛者か……。
「もう一つ、姫君は手強いかい?」
うん、と首を傾げて考える。強さで言えば今の私達でも勝てる可能性はある。だがそれはタイマン、ではなく姫一人だったらの話だ。彼女は腐霊術を使える。さらにリッチ化して、パワーアップした姫の能力は未知数な部分が多い。
「まず姫は超タフです。しかも魔獣や竜を召喚出来る」
ハッキネンは視線を上にやった。あのベヒーモスもどきを思い出しているのだろう。
「リッチ化した姫がどの程度の強さになっているかは分かりません。手強いと、見た方がいいと思います」
そう説明すると、よし、と言ってハッキネンが一つ提案をしてきた。
「少し勿体無いけど今日はここで終わりにしよう。ラビーナ姫と遭遇して戦闘になったらまずい」
確かに、説得から入るけど力ずくも辞さない。が、通用するかは不安だ。けどファーストミッションを早く終わらせたい……。
「助っ人二人と合流する明日から本格的に探索しよう。敵と遭遇した場合にも、四人パーティーの方が心強いだろう」
「どんな二人なんですか?」
その問いにハッキネンが分かりやすく意味深な笑顔を見せた。
「一人は銃士だ。もう一人は神父。頼りになると断言するよ」
指を立て、自信あり気なハッキネンの提案を私は受け入れた。
ガンマンかー初めて見る。トカレストにおいて、弓は銃より強い謎仕様だけれど、それでもあえてガンマンを選ぶその人を見てみたい。どんな銃だろう。きっとクラシックなきれいな装飾が施されたものなんだろうな。そしてそれを駆使して戦うんだ。ちょっとかっこいいかもしれない。
それに神父様だ。この人なら、神と魔について何かしら見解を持っているかもしれない。合流を待つのが妥当。二人はここで別れ、私はログアウトした。少し落ち込んでいたけれど、新しい仲間に胸を躍らせることが出来た。今日はよく、眠れそうだ。




