第六話:佐々木の歩いた道のり
北欧の侍ハッキネンによるとこのエリアまでで既に九つのミッションを消化しているらしい。十番目はこの森を抜け山越えを果たし、砂漠のオアシスに現れる巨鳥、レイジングコンドルを討伐するミッション。けど私は未だにファーストミッション……。
「バグか……?」
いや、とハッキネンは自分で言った言葉を否定した。
ミッションをクリアしないと先のエリアには進めない。戻ることは出来ても、飛ばすことは不可能。残された可能性は二人が別ルートを歩んでいることしかなかった。
「僕は攻略情報通りに進んだ。君はどうやってここまで来たんだ。我々のパーティーに参加するまで、どうしていたんだい」
そう問われて、私は自分がこなしてきたメインストーリーを思い返す。特別引っかかることはあっただろうか。
「二つ目のミッションは街道に現れる盗賊退治だ。これはどうした」
「ええっと……ああ、街道は通りました。確か……」
もう懐かしい話だ。あの時、まだ近藤と組んでいた私は異様に眠くて迂闊にも街道の傍らで眠ってしまった。そこを盗賊の群れに襲われたが、たまたま通りかかった化け物みたいなプレイヤーに助けられた。つまり、私達は盗賊退治をしていない。ここだろうか?
「いや、それはない。ボス戦の強制戦闘に助太刀は出来ない。そいつらじゃないんだろう。水上都市はどうだい。ヘビーオクトパス退治だ」
それもまだ近藤と組んでいた時の話だ。ミニヴェネツィアのような町で、タコ退治をした記憶はある。いや、正確には金儲けに利用したんだけど……。
――タコだーっ! という町人の声を聞きつけそこに向かうと、巨大なタコが港に陣取っていた。全く意味が分からない展開を、二人は白々と眺めていた。その頃の私は、この理不尽さと戦う、それだけに集中していたし、近藤はスピードにしか興味がなかったのだ。さめざめとした会話を交わしたのを覚えている。先に口を開いたのは確か近藤だ。
「でかいタコだな。なんだこれ」
「タコだね」
「害はなさそうだな。どうでもいいか」
「いいのかな。町の人は困ってるみたいだけど」
「知らんがな。自分らでなんとかしろよ」
「まあねえ。でもさ、食料に出来そうだよね。そろそろ懐具合が厳しいんじゃなかったっけ?」
「ああ、そうだったかな。なら狩るか」
「んー……じゃあ、また町長さん脅すの?」
「いや、それじゃ芸がない。たこ焼きにしよう。屋台借りて来い」
「わかた」
そうして私は屋台を借りに行き、時魔導師の近藤は一人でヘビーオクトパスを文字通りタコ殴りにした。目で捉えきれぬほどの超高速で――。
そんな説明で、ハッキネンは呆れた顔を浮かべてしまった。
「何故たこ焼きにしようと思ったんだ……」
「材料にしか見えなかったのでつい……」
「他の料理でもいいし、売ればいいじゃないか。何故自分達でさばこうと思ったんだ……」
「色々と、思うところがありまして……」
思い返せば、あれはいい儲けになった。ぼったくり価格だったが、恩着せがましい売り文句で町人達に無理やり売りつける。これが我々の考えたビジネスモデルだった。付け加えると、たこ焼き完売後、近藤はまた町長を脅して誠意という名の金を奪い取っている。もう、慣れたものだ。だがこれは言わなくていいだろうと口をつぐんだ。
「つまりミッション自体はクリアしているということだね?」
「そうかもしれません」
分からない、ミッション自体が提示されていないのにクリアしていると言っていいのだろうか。首を捻らざるを得ない。ハッキネンも眉間に皺を寄せている。そしてまた口を開いた。
「理不尽要素はどうだい? あれもクリアしないと先には進めない。お化け屋敷はどうした?」
「普通に完走しました。一部目瞑ってましたけど」
「密林は? あそこはコンパスもない」
「樹を切り倒して自力で道をつくりました」
力技か……と呟いている。結構有名な話なんだけど、ハッキネンは先にクリアしたのだろう。
「0.05秒で敵に反応して攻撃するエリアは?」
「当時の相棒が小足見てから昇竜打ってました」
「何者だその人は……時速300kmの馬車を走らせるレースは?」
「相棒さん曰く、自転車みたいなものだったそうです」
「……ミステリーパートは?」
「犯人が自白した瞬間ブルプラぱなして粉々にしてやりました」
明確に間が出来た。ハッキネンは、なんとも言えない視線をこちらに向けている。私はさり気なく視線を逸らした。
「……それでうまくいったのか?」
「ええ、なんとか」
ほんと、なんとかなってしまったんだ、謎に。
近藤と別れて初めての理不尽要素だった。私は気負い過ぎていたのだろう、一人で攻略してやるとあれに臨んだ。作戦は悪即斬。ブループラネットの速度を最高に高め、範囲を狭めて一撃で始末する。うまくはいったが、逆に理不尽だと思われたのか探偵や他の登場人物に責め立てられた。
反射的にこいつらも粉々にしてやろうかと思ったが、それをすると賠償金を取られると知っていたので、仕方なく「殺されたのは私の兄なんです!」と迫真の嘘泣き試みた。すると、これはやむなしという空気が流れ始め、うやむやの内にクリア出来た。後から知ったのだが、事件の被害者は女性だったらしい。見てないし聞いていなかった。
「……新しい攻略法だね」
ハッキネンはそう言って、首を振っている。心底呆れて物も言えないと言った感だ。
話が一段落したので、私はステータスボードを一度消し、また表示させた。そうしてスクロールしていくと「ファーストミッション:姫君を捜索せよ」と表示される。また消して、同じことを繰り返す。何度やっても無駄だった。
また表示させ、メッセージボードを開き運営にバグか否かを確かめるためにキーボードを叩く。だが止められた。
「待った。送っても返事は来ないよ。彼らが課金勢にしか興味がないのは知っているだろう? メインストーリーについての問い合わせなんて確実に無視される。奇跡的に返事が来ても"そういう仕様です。是非サブゲームをお楽しみ下さい"と返って来るだけだ」
手を止め、ハッキネンを見ると軽く首を振っている。無駄だ、目がそう言っている。知ってます。知ってました。けどもしバグで今までの努力が無駄になったら、その時どうしたらいいんだ。
「気持ちは分かるが分岐要素を調べた方がいい。ルート分岐の可能性を信じて調べる、そういうつもりだったんだろう?」
そう諭されても、そんなつもりはなかった。ただ姫の消息を確認して何をしているか知りたかっただけなんだ。姫が心配なんだ。イベントが起きているなら楽しまないと損だと思っただけなんだ。ストーリーの深みが増すのならそれに越したことはないし、そもそも私だけ別ルートってどういうことなんだ!
「私だけですかもしかして! 一人だけですかこの道歩いてるのは! どう攻略すればいいんです! どっかで詰みますよこれ! 誰に助けを求めればいいんですか!」
唯一同じ道を歩いているであろう彼はもういないのだ。私は離れると決断したのだ。こんなことになるなら……しかしあの決断は正しいと今でも……。そんな苦悩を浮かべる私に、ハッキネンが明るい声を出した。
「いやいや、それを調べるんだ。ヒントはあちこちに落ちてるじゃないか。神殿の謎と姫君の消息を調べれば状況は変わるかもしれない」
「ガルさんでも見つけられないのに……私に出来るとは思えないです……」
「がる? いや、とにかく進めるという点では問題は起きてない。冷静になろう。そして今出来ることをしよう。重要度が変わったんだ、しっかりサポートさせてもらう」
重要度が変わった。確かにそうだ。私に課せられたミッションは相変わらずラビーナ姫の捜索。そして私が違和感を持ち調べようと思ったのも姫の痕跡がきっかけだ。やはり、あの時リッチ化させたことと関係があるのか。どちらにせよ、この捜索は必須のものとなってしまった。
「まず新しい地図を買おう。君だけ別ルートでイベントが発生したとするならそこを境に地図が書き換わっているもしれない」
ソードマスターは優しく微笑んでいた。私は小さく頷き、こうなったらなんとしてもタコ姫を探し出し王国まで連行してやると強く心に誓った。いざとなったら、ガルさんに早馬出してやる。逃れられると、思うなよ!




