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トカレストストーリー  作者: 文字塚
第三章:ヴァルキリーの台頭
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第五話:ファーストミッション

 翌日、夜が明けることで朽ちた神殿はその全貌をあらわにした。古い、朽ちているという以前にこれは風化しつつある。その姿は神殿というより遺跡だ。何故広大な森の中にこれだけ巨大なものを造ったのだろう。周囲に人が住んでいた痕跡はなく、この神殿は完全に孤立している。

 立ち並ぶ木々から頭一つ抜け出すこの建造物を、他のプレイヤーが見逃したというのもおかしな話だ。これまでどれだけの人間がここを通過していったのか。かなりの確率で目に留まることは疑いようもない。攻略情報に載っていなかったのは重要ではないからか、休息の場所としては活用出来るのに。

 神殿の周囲から、内部までを丹念に観察していく。構造はシンプルだが、入り口が狭い。何より強い違和感は、


「誰かが壊した形跡がない。盗賊に押し入られた、プレイヤーが破壊したというわけでもない。人の手が全く入っていない」


 確認するよう呟き、二つある広間の奥の間へと踏み入る。祭壇はあるにはあるが、他には何も見当たらない。見た目からくるイメージとしてはギリシャの古代遺跡だが、場所から考えると南米の遺跡なんかも浮かんでくる。どちらにせよ、古く無味乾燥な神殿の存在理由が分からない。外観が神殿でも、そこに神聖さを見つけることが出来ないのだ。

 もしここに姫の痕跡がなく、あの巨獣も現れず、ガルさんが来ていなければただの一建造物として無視していただろうが今となってはそうもいかない。神殿の謎にも興味はある。しかし姫がここに立ち寄ったことでイベントが起きたのではないのか、私はそう感じている。だとすれば姫の存在、その行動の方が優先順位は上にくる。


「神聖なる肉眼」


 最後の仕上げに人ならざる者の力を使い、細部まで丹念に調べていく。だが何もない。ホーリー・アイは遠視にも使えるが、一見しただけでは分からない細かな点を本質から浮かび上がらせる力を持つ。しかし本当に何もないのだ。この神殿は空なのか? そもそも何もなかったのか、それとも正に「神は死んだ」のか。

 唯一見つけられたのは、あまりに薄い姫の痕跡だった。その痕跡は線ではなくごく小さな点、まるで滴のようなものしか残っていない。隠蔽工作、姫は自分の痕跡を残さないように消そうとしたのだろうか。だが見る者が視ればこの違和感を見逃すことはない。ガルさんの痕跡が一ミリも感じられない中、姫の痕跡だけがこの神殿にくっきりと残っていた。


 色々探してはみたが、結局さしたる収穫はなかった。だがこれで終わらせるわけにはいかない。ガルさんによると神殿や遺跡はまだあるらしい。しかも姫はそこを訪ね回っている節がある。まさか観光ではないだろうから、調べれば姫の意図が分かるかもしれない。それに、久しぶりに顔が見たいのもある。心配なんだよな、どっかで。


「ラビーナ、一人で大丈夫かなあ」


 リッチと化した姫ではなく、まだ幼さを残していた姫の顔を思い出す。ガルさんに喧嘩売ったこと後悔してないだろうか。やっぱり宮殿生活が懐かしかったり、普通の人間に戻りたいと思っていたりしてないかな。もしそうなら話し合いも出来るし、一緒にガルさんとお父さんに頭下げてもいいんだけど……気の滅入る話だ。もう難しいかな……そう思い口を歪ませた。


 神殿の外に出て丁度座れそうな石を見つけ、汚れたマントをクッション代わりに腰掛ける。汚れは気になるけど、しぱらくはこのままで仕方ない。溶けてしまった髪もいっそばっさりカットしたいところだが、どうせまた腰まですぐに伸びてしまうだろう。ヴァルキリーの仕様は何よりも優先されるのだ。

 兜は強制着用の白銀の羽根突き兜。青銀の鎧は自分で買って、具足もそれについていた。靴は色を合わせて特注したランニングブーツ。白と青を基調に、私のヴァルキリーは装飾されている。


「見た目は完璧、問題は中身だね」


 ステータスボードを開き、今の自分の状態を確認する。

 パラメーターは基礎が60台に入っている。99でカンストするのだから、相当上げたと見ていい。ヴァルキリーになったことで変動する戦闘値はどれも500台に乗っている。バランスが取れ過ぎていて怖い。999まで残り半分か。

 続いてスキルボードの確認に入る。

 必殺技ホーリー・クラッシュ、乱れ撃ち、トリプルショット、遠距離系を三種類取得している。神威、突撃技。ライフを犠牲にしてのパラメーターアップの効果も持つ。そしてニフリート・クレイモア、混濁の大剣。これはMPとSSゲージの二つを消費する。

 ブループラネット以降取得したのはこれぐらいだ。そもそも大技を使わなくともヴァルキリーは充分に強い。神聖な力からか、オート防御スキルに長け、ショルダーアーマーを浮かせたり、衛星のように周囲を盾が舞う技も存在する。盾のそれはまだ取得出来てないけど、今はこれで充分だ。同じレベル帯のプレイヤーなら負ける気はしない、そんな自信を持っている。一つだけ問題があるといえばそうなんだけど……今は考えないようにしよう。


「ここからは一人旅だなあ」


 けど自分で決めたことだ、うんと腹を括る。ストーリーを進めないのだから厄介な敵と遭遇することはないはずだ。見知った敵なら処理する自信はあるし、逃げ足だって並のそれとは違う。

 そうして地図を広げ、どこから探索するべきかを考えていると、ふと人の気配を感じた。いやプレーヤーだ、今ログインしてきたのか。誰だろう、旅団はとっくにここを発ったはずなのに。


「あ、いたいた。いやあもう出てたらどうしようかと思ってたんだ」


 そう言って、ソードマスターのハッキネンが神殿中から出てきた。身長190cmの大柄なフィンランドの人で、私を旅団に誘ってくれたのが彼だ。会話は全て自動翻訳で行われるので、意思の疎通に支障はない。ちなみに呼び捨てでいいよ、そうも言われている。とはいえ年上であろう彼にタメ口をきくのは憚られた。


「どしたんですか? 遅れたのなら、急いだ方がいいですよ」

「いや、君に会いに来たんだ。心配しててね、みんな」


 そう言って素浪人のように着流している彼が、傍に腰掛けた。


「いやあの、そんな無茶はしないですって」


 旦那そんなことしないです、そんな顔で笑い、ないないと手を振る。そもそも旅団の面子が1プレイヤーを心配するなんて、ありえないことなのにあ。中島屋が特別変わっていると思っていたのに。


「いや、でも僕の力が必要じゃないかな。よければついて行きたいんだけど」

「いいんですか? 旅団を離れて」


 ハッキネンが指を立てる。彼らは自分達を旅団とは呼ばない、とまずそんなことを否定された。


「いや僕もそのつもりはなかったんだけど、ヴァルキリーの特性上ソロプレイはまずいという意見が多くてね」

「いえ、かなり強いですよこのジョブ」


 万能系最高位のジョブ、ヴァルキリーに大きな穴はない。しいて挙げるなら、全体化の魔法が使えないことだが、威力の高い範囲攻撃は持っている。何がまずいのだろう。ハッキネンが少し笑みを浮かべて試すように口を開いた。


「ヴァルキリーは燃費が悪い、ゲージ効率が悪い。どうかな」

「……あー、ばれてました?」


 なんともばつが悪く思わず頭をかいてしまう。

 ヴァルキリー、それはレベル上げにも適した最高位のジョブ。

 だが技一つ一つの単価があまりに高い。そこは一つの欠点と言っていいだろう。



 風化しつつある神殿の傍らで、二人は向き合うように座りなおした。木漏れ日が少し、風もない。鬱蒼と茂る木々は不気味で、あまり気持ちのいい森ではなかった。そんな中、ヴァルキリーの本質についてハッキネンは話し続ける。


「あれは燃費が悪過ぎる、遠近共に。これは間宮の意見だ。短期戦は最強クラスだろうけど、長期戦には向いていない。これはジルの意見だね。となるとプレイヤーの腕前に相当な部分依存する。カラカスがそう言っていた」


 全員前衛の上級プレイヤーだ。まともな近接戦闘なんて一度しかしてないのに、よく見抜ける。やっぱ凄いな、旅団、じゃなくてあのパーティーは。ちなみに間宮とカラカスは日本人だが、ジルはインドネシア在住のプレイヤーだ。あのパーティーは学生と社会人、それに少しだけ外国人も含んだ構成になっている。


「以上を踏まえた結論として、パーティーへの依存度が高く扱いの難しいジョブ、これが僕の見解。役割分担をはっきりさせると大活躍だけど、ソロは危険。今は、という意味だけどね。だからお手伝い出来ないかなと思ったんだ。許可は取ったよ」


 ハッキネンはそう言って様子を窺うようにこちらを見た。少しウェーブのかかった柔らかな髪を長髪にして、侍に似せようとする彼は、日本びいきの歴史愛好家でもある。


「あの、無駄足になるかもしれません。正直大したことするつもりないんです。ただ気になる所を探索して、それで何もなければ仕方ない、それぐらいのつもりなんですけどいいんですか?」

「構わないよ。ということは、ここでは収穫はなかったということかな」


 頷くと同時に、頭を下げた。


「パーティーに誘っていただいたのに急に抜けて、挙句お手伝いまでしてもらうなんて申し訳ないです。順番がバラバラですよね」

「いや、日本人はすぐに謝り過ぎるね。そういう文化なんだろうけれどさ。これ、間宮君を除いての話ね」


 その言葉に、二人は声を上げて笑ってしまう。


「でもすぐ見抜く目は確かですね、彼」

「伊達に暗黒騎士をやってはいないよ。あれは精神力を問われるジョブだ。力の源泉が闇の力だからね。イライラしているように見えるのはそのせいかもしれない。それに一晩経って頭も冷えたんだろう。昨日はしてやられて熱くなっていた。僕も彼が押されるところを見たのは久しぶりだ、まだ若いし頭にきたのかな」


 ハッキネンそういって、両手を広げる。しかし私にとって、あれは初めての光景だった。いつも間宮つええと思って後ろから眺めていただけに、あの状況は受け入れ難いものがあった。思えばあの時、一番冷静さを失い慌てていたのは私かもしれない。許可も取らずに前線に行くなんて。反省することが多いな、そう思い目の前のナチュラルな大男にお願いをする。


「よろしければ、パーティーを組んで下さい」


 分かった、こちらこそよろしく。そう言ってハッキネンはステータスボードを開く。何やら色々と表示されているが、メッセージボードを開いているようだ。ステータス表示が少しだけ見える。レベル41で攻撃力は700台。さすがは超近接特化のソードマスター、侍だ。ふっとおかしな項目が目に留まったが、あまりじろじろ見るのも気が引けたので目を逸らす。

 その後ハッキネンは「二人ほど誘ってみようと思うけどどうか」と提案してきたので、お任せします、そう返答した。


「で、何を気にして何を探したいのかな」


 ステータスボードからメッセージボードを開き、フィンランド語と思しき言語で何やら書き連ねながらそう尋ねてくる。どう、答えるべきだろうか。少しだけ悩むところだ。頭を捻るがまずはこれだろうというところから切り出した。


「まずベヒーモスもどき、あんなの聞いてないです」

「僕も聞いてない。あれから調べたけどベヒーモス自体中盤の終わり頃から出てくるモンスターだ。そもそもあれはベヒーモスじゃない」

「それにこの神殿、これを全プレイヤーが見落としていたなんて考えにくいです」

「それも調べた。けどどこにもなかった。他のメンバーも調べてたから間違いない」


 やっぱりそうか。どういうことなんだ。ただのレアケース、レアイベントなのか? それとも分岐? だとしても、どちらにせよ私達がこのトカレストにおいて初めてあれと遭遇発見したプレイヤーということになる、そうなのだろうか。顎に手をやり、しばし考え込んだ。


「で、それが神殿と関係あると見ているのかな」

「いえ、実はその……聖剣士様ご存知ですよね」


 昨日イベントを独り占めしたことは隠して、事実を話そうと決めた。


「いや知らない。どんなジョブだい」


 さっくり言われ「え?」と戸惑ってしまう。


「じ、ジョブではなくてほら、最初の方で出てくるキャラクターでナイトというか、王国の要人中の要人で、でたらめな強さのあの人ですよ」

「いたかなそんなの。名前は?」


 ガルバルディ、聖剣士ガルバルディさんですと答える。


「知らない。どこで会ったの?」

「いっっっっち番最初のミッションです。姫君の捜索を依頼されて、魔王の宮殿の中ボス戦の前に飛び込んでくるあの人ですよ!」


 ああ、とようやくハッキネンが思い出したような顔をして髪をかきあげた。


「いたね、名前覚えてなかった。けどあれ燃え尽きてたよね」

「あ、あれ……いやあのですね、間違えてもご本人の前でそう言わないで下さいね。塵一つ残らない惨状が目に浮かぶので」


 顔をしかめ、首を捻る北欧の大男がそこにはいた。けど分かる、この人ガルさん奮起させてないんだ、だから印象に全く残ってない。けどこれは全員に共通しているはずだと切り出してみる。


「で、姫とのイベントがあるじゃないですか」

「いや、ないよ」


 あるよ! もうそう叫んでやろうかと思ったけれど、手を胸に当て心を落ち着けて話を続ける。なんかおかしい。


「宮殿の最後の玉座で、戦闘があるじゃないですか」

「うん。けどそこに姫はいなかったんだよなあ。結局あれなんだったんだろうね」


 何を言っているんだ……話が噛み合わないというか、あ……これもう完全に分かれてるんだ。これがルート分岐、本格的ルート分岐なんだ。ハッキネンさんと私は違うルートを歩んでいる。間違いない。かつて近藤が披露した推測から大体の想像はつくが、あえて聞いてみる。


「どうやってあそこクリアしました?」

「えーっと、当時所属していたパーティーの面子で魔導師を袋叩きにして、クリア。帰りが大変だったなあ、広過ぎるんだよあの宮殿」


 魔導師? 袋叩き? 歩いて帰った?


「じゃあ姫は、腐霊術師はどうなったんですか?」

「何それ」


 どうなってんだおい。

 私は自分が体験したことを簡単に説明した。姫もガルバルディもまだ生きている。二人は姫の宣戦布告により殺るか殺られるかの状態にある。それは今も続いている。そう説明するとハッキネンが目を丸くした。


「つまり、ルート分岐ということか」

「どうもそうみたいです」

「信じられない。いや、一つ思い出した。あのエリア、攻略法は二通りあって騎士が参戦する形は取れる。経験値の面から言ってその方が低レベルで抑えられるらしい。それは聞いたことがあるよ」


 ところが実際は三通りなのだ。姫リッチ化は、誰も経験していないのか? 素直にそうぶつけると「ちょっと調べてみよう」とハッキネンが検索を始めた。だが公式以外の国外サイトも調べたが、出てこなかった。


「気のせいじゃないのかい?」


 んな馬鹿な! 実際ガルさんとは昨日も会ってる。


「うん……よし、それを確かめるためにも君に付き合うよ。俄然興味が湧いてきた。トカレストのメインにはストーリーはないに等しい、この定説が覆されるかもしれない」


 そう言って、にっこりと笑うハッキネンのボードにメッセージの返信が届いた。今日は無理とのことで、明日合流したい。そう書かれていたとのことだ。だが、その時私は妙なものを見つけてしまった。

 Mission10th。何だろうこれ。さっき違和感を感じたのはこれかな。


「あの、覗き見してるわけじゃないんですけど、その10thっていうのはなんですか?」

「うん? ああメインストーリーのクエストだよ。今10個目だ。君にもあるだろ?」


 いや、ないというか見たことない。自分のステータスボートを開きそれがどこにあるのかを確認する。そしておかしなものが目に飛び込んできた。今まで当たり前だと思っていただけに、気にもしていなかったがこれは……。ハッキネンも興味があるようでそれを目に留めた。


 ファーストミッション:姫君を捜索せよ。


「え?」「あれ?」


 なんだ、これは。

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