第二話:役割・違和感・朽ちた神殿
敵勢殲滅後、旅団は広大な森へと向かい進軍を開始した。攻略情報によると、この森を一日程かけて抜ければ小さな山村があるという。目前に迫ると、皆、長旅を覚悟し、闇に包まれた深い森へと足を踏み入れた。
「遠くに山脈が見えたろ。森を抜けて山越えルート、その後は砂漠地帯だってよ」
「ふもとの寒村じゃあ息抜きも出来やしない。それに戦闘が長引いたせいで時間の問題も出てきた。出来るならどこかでテントを張りたいところだな」
「そのための50人パーティーですよね。寝たい奴は寝ればいい。想定される敵とのバランスを考えて、楽勝って奴で」
「いや……そう、うまくいくといいが」
旅団の中核を成す暗黒騎士間宮、陽炎槍術市カラカス、そしてソーサラーの中島屋、フェアリーナイトのジルが話し合っている。だが歯切れが悪い。旅団には微妙な空気が漂っていた。
まず、先ほどの戦闘で思わぬを苦戦強いられたことで少しだが精神的に動揺している者がいる。また間宮に至ってはエース級の役割を任されていながら後退をよぎなくされたことで機嫌が悪い。ただでさえ人当たりのきつい彼がピリピリすると空気が悪くなるのは当然だった。
もう一つがあの腐敗した化け物の存在だ。あれは明らかに想定外、いや攻略情報に存在しないものだった。
「六英雄の情報にも漏れがあるもんなんだね」
スパイクアーチャーの海愛はそう言って、私の髪についた化け物腐肉を取り除くために歩きながら鋏を入れてくれている。器用なものだ。「はい、ヘルメットで根元にはついてないからこれで大丈夫」海愛の好意にお礼を言って少し微笑んだ。海愛のキャラクターは筋骨隆々としているが、やはり内面は女性だ。事実はともかく、私は海愛を女として認識している。旅団において多少気が許せるのは彼女ぐらいのものだろう。
「しかし、ああしたことがあるとこの森でも予定外の事態に巻き込まれるかもしれない」
「そんときゃヴァルキリーにやらせればいい。何せ神業だからな!」
間宮が吐き捨てるようにそう言っているのが聞こえた。まだ新入り扱いのメンバー、その独断が気に入らない。そんな顔をしているのは彼だけではない。嫌な感じだった。そんな私を見て海愛は首を振り、気にするなと言っている。確かに、こんな皮肉一々気にしてはいられないが、姫の存在だけは意識しなければならない。だが旅団員達にそれを伝えるかは迷った。
一つは旅団と言えども情報の交換が行われていないことにある。基本的攻略情報は共有されているが、高度な攻略について話し合うことはない。あくまで傭兵集団のようなものだ。彼らが組む理由はただ一つ「利用出来る存在だから」その一点でしかない。
さらに先ほどの戦闘において動揺が見られる団員達に確実とは言えない情報を伝えるべきか、という問題がある。そして私は伝えないという選択肢を選んだ。そうした以上間宮の言うようにいざとなれば私が前面に出るべきなのだろう。
旅団は予定のコースを進軍していたが、停止の合図が出た。
「まただ。こんなもの攻略情報にはなかった……」
「なんだこれは? 一戦やれってことじゃなかろうな!」
「どうします? 無視してもいいけど、宿代わりに使えるかもしれませんよ」
露出度の高い変わった魔導着を羽織る中島屋はそう言って、前方を指差している。私は少し前に出てそれがなんなのかを確かめようとした。
「神殿?」
海愛の呟きで、それがなんなのかを理解した。確かに神殿に見える。ただ、あちこちが崩れてあまりにボロボロだ。暗いのでよく分からないが、相当な大きさだ。かつては立派な神殿だったのだろうか。
「こんなでかいもんどうやって見逃すんだよ。おかしいだろさっきから」
全身黒づくめの暗黒騎士、不機嫌な間宮の言い分はもっともだった。主力メンバーに攻略班の面子が加わり作戦会議が始まった。私は後方で、周囲を警戒する。五感を研ぎ澄まし些細な変化も見逃さないように、集中しようとしたその時、荒々しい声が飛んだ。
「おい、そこのお前ら! 中見て来い!」
間宮が大声で指示を出している。冷静でないのか、警戒心も何もあったものではない。指名されたのは陰で数合わせと揶揄されているプレイヤー達だった。
「五人構成で二班。一組は中、他は周囲を探索。敵がいたらダッシュで逃げる。間違っても戦おうとしないでね」
中島屋の口ぶりは優しげだが、中身は厳しい。要するに偵察で斥候だ。指名されたプレイヤー達は不満を顔に出さず、不安げな表情だけを浮かべて指示に従った。
誰も異議を唱えず「俺も行こう」とも言わない。自分とてそうだった。正直に言えば、彼らは旅団に相応しくないと思っている。いや、荷が勝ちすぎている。それでも尚所属し続け前に進みたいという気持ちは分かるが、必ずどこかで限界はくる。その限界がくるまで彼らは付き従うのだろうか。
おどおどと向かう彼らの背中を見ながら、もし姫と遭遇したら、いや姫でなくとも逃げることすら難しいのではないか。そんなことを考えていた。
「周囲、敵は見当たりません」
「広間、問題ありません」
しばらくしてそう報告が来た。だが誰も労いの言葉もかけない。
「じゃあ二手に別れる。近接戦闘出来る奴だけ中に入れ」
間宮はそう言って、偵察部隊の十人全員を連れてさっさと中へと向かった。近接、ということは私もか。海愛の顔色を窺うと、行って来いと視線で告げられた。今後は前線部隊に組み込まれるのだろうか。先走ったかなと思いつつ、間宮達の後を追った。
中に足を踏み入れるとソーサラーの中島屋が「ライティング」と唱え薄く灯りを灯した。さらにもう一度唱え手で掴める光の塊を作り出すと、
「これ持って全部見てきて」
「何もないか確認してこい。それが終わったら全員中に入れる」
そうしてまた偵察部隊を送り出した。彼らは先の戦闘では前線を離れろと指示されている。邪魔だからだ。だが今回のようなケースだと使いようはある。だが役割を与えられているというよりは、使い捨ての駒であることは明白だ。これが旅団であり、一つの最善であることは分かるが、気分のいいものではない。だが私はまた、何も言わずただそれを見ているだけだった。姫の顔がちらついて、それが頭から離れない。本当にここは大丈夫なのだろうか。
間宮は報告もない中で「寝る」と言って寝転んだ。他にも数人、腰を掛けて警戒心が薄い連中がいる。疲れているのは分かるが、少しの苛立ちが沸き立つ。
「神殿全体を把握。奥にさらに一間あります。異常はありません!」
その報告で全員が中に入った。見張りの必要性を感じていないのだろうか。確かにボロボロの神殿で、外への見通しはいい。だが最善を期すなら見張りを立てるべきではないか。意見するか迷う中、
「外にトラップ仕掛けてくる」
そう言ってソーサラーと冥導師と陰陽師が出て行った。なるほど、杞憂だったようだ。
「時間に問題ある奴いるか。宿代わりが見つかったんだ。建物内だからセーブも出来る」
寝転んだままの間宮の声に、数人が手を挙げた。海愛も挙げている。「手間取ったからね、仕方ないよ。ここで休んで明日再開」中島屋はそう言って、眠りについた。
「時間、ダメなのね」
私は腰掛けて休んでいる海愛に話しかけたが、首を振って否定された。「疲れた、が正直なところ」海愛はそう言って溜め息をついた。そうか、二発も大技使ったんだものね。外せないという緊張感から、疲れているのも無理はない。
パーティーは二派に分かれて休息を取った。私自身も疲れてはいたが、眠れなかったので一足先に起き上がり、神殿の探索へと向かった。偵察の彼らが信用出来ないわけではない。だが違和感を持つ以上念には念を入れておきたい。広間の周囲をぐるりと巡る通路がある。その脇に下りの階段を見つけた。まさか見過ごしていないとは思うが、ショルダーアーマーを浮かせ戦闘モードに入りその階段を下りようとした。その時、
「隙だらけだな、この部隊は」
後ろから声をかけられ心臓が止まる思いをした。しかも背後を取られている、だが敵意は感じない。何よりこの声は、
「が、ガルさん?」
振り向くとそこには白装束に身を包んだあの聖剣士ガルバルディが立っていた。ほっとすると同時に、思わず駆け寄りその手を握り締めていた。




