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トカレストストーリー  作者: 文字塚
第三章:ヴァルキリーの台頭
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第一話:黒の旅団

 近藤と別れてから、私は自分がどう進むべきかを考えた。ソロや少数パーティーも目にするようになったが、攻略情報なしでのソロプレイは私には考えられない。調べることも含め、何もかも一人でってのはさすがに無理がある。


 一方、ここまでの道中で親しくなった人達もいた。低レベルヴァルキリーの珍しさから何度もパーティーには誘われた。そうした今までの経験から、パーティーを組むこと自体は難しくないだろう。だが近藤クラスのプレイヤー、同時にエネさんのような攻略情報を持っている人となると難しい。けれど、近藤離れをすると決めた以上それら全て自分でこなすぐらいの気概が必要だ。


 私は十人程で構成される知り合いのパーティーに入れてもらうことにした。

 初めて近藤以外の人と組む、そんな緊張感でいっぱいだったが、皆快く受けて入れてくれ、私はほっとし、しばらくこれでいこうとそう考えた。

 だが、結局はうまくいかなかった。理由は簡単なことだ。メインストーリーをここまで進めやり込む人達の多くは、廃人プレイヤーだった。自然、私とは時間が合わずストーリーの進め方に差が出てくる。最初は何度も同じところを繰り返しこなしてくれていた彼らだが、ヴァルキリーの目新しさも失せる頃になるとあからさまに不満をぶつけられるようになった。

 私は完全に亀裂が入る前にそのパーティーから離脱した。

 しかし、どこに行ってもこの問題はついて回った。メインストーリーの過酷さから、生半可なゲーマーはそうそうついてはこれない。どこのパーティーに入っても結局長続きしなかった。

 そうして途方に暮れる中、偶然から知り合った人物にそんな話をした。このままでは先に進めない、正直レベル上げしか出来ていない。そんな私の言葉に、その人物はこう答えた。


「なら、うちに来るといい。他所と違ってうちは学生と社会人を主に構成されている。中核を成しているのはそいつらだし、君ともきっとうまくいくよ。ヴァルキリーのレベル30なら戦力的にも申し分ない」


 偶然に恵まれた救いの手だった。そう思った。感謝の言葉でその誘いを受け、私はそのパーティーへと参加した。

 そのパーティーは50人近くで構成されていた。多い、最初に私が持った印象はそんなものだった。もう一つ感じたのは奇妙さだった。ただ強い、上手いというだけではない、そのジョブが多彩で見たこともないものばかりだったのだ。

 最も強く感じたのは、殺伐とした空気だった。

 行動を共にすることでその印象は事実として認識される。

 ここにいるプレイヤー達はリアルと折り合いをつけながらプレイしている。時間がない、時間が惜しい。その中で最も優先されるのは効率であり、強さであり、上手さであり、ただ前に進めるという意志だった。

 ただ強く、揺るぎない意志を感じさせ、一方で荒んだように見える彼らは、その出で立ちから「黒蛇」また「黒の旅団」と呼ばれていた。



 ――夕暮れの荒野を歩く旅団の進軍が止まった。先頭を歩く暗黒騎士が片手を挙げて止まれと合図を送っている。私は最後尾にいたが、すぐに状況を把握する。この荒野で進軍を止めるなら、敵の存在を確認したに違いない。中ほどにいたフェアリーナイトが全員に告げる。


「部隊を三つに分ける。前線と後方の距離を開けるのがいいと思うが、どうだろう」


 屋外における戦いの基本パターンだ。最前列から後列までを広く開け、近接と遠隔、そして支援の役割を完全に分割する。この陣形は被害を最小限に、そして想定外の事態は個々の対処で行うべし。そういう意味合いも持っている。

 私とスパイクアーチャーはチームから離れ、遥か後方へと向かう。二人して望遠鏡を取り出し前線の様子を確認する。


「遠くに山脈と森が見える。やっと自然のある所まで来たか。敵の数は相当多いね。まずカラカスと間宮が仕掛けるみたいだ。彼らが離脱してから援護射撃。とりあえずお手並み拝見といこう」


 スパイクアーチャーこと海愛(あくあ)はこちらも見ずにそう言って、担いでいた巨大な弓を地面に設置した。カラカスは陽炎槍術士かげろうのそうじゅつし、間宮は暗黒騎士だ。チームの中核を成す二人が先陣を切り、散り散りにならぬよう一箇所に集まるように誘導する。そこに長距離射程から大量の矢を打ち込み、さらに中間地点の術師達が魔法でダメージ、ステータスダメージを与える。そこから前線部隊が駆逐戦へと移行、こういう手筈だろう。

 二人が仕掛けた段階で敵の主力を確認し、攻撃方法を決める。魔法系を追加するか、実弾がいいのかを見極めてから撃つ。今回のように敵の姿を確認出来る場合は、混戦を避け殲滅し安全地帯を作り出す。これが旅団のやり方だ。

 我々は後方にいるが、絶対に安全とは言い切れない。また殲滅したと思っても生き残りがいたり、また新たな敵が出る場合もある。50人という大人数は敵には見つかりやすいがその分補えあえる数とも言えた。


「仕掛けた、素がかりだね。弱点から確認しようとしている。けど本気モードだ」

「属性が分かればそれでいいんだ。あんまり派手にやらなくてもいいのに」

「そうだけど、相手が弱いと判断したら大暴れするのがあいつら」


 海愛は無表情にそう言って、スキルボードを開いた。属性付加魔法の一覧が表示されている。私も続いてスキルボードを開く。だがヴァルキリーの技はそれ自体に属性がついているものが多い。アーチャー系との違いはそこだった。


「敵が分かった。魔獣系だね、死霊もいる。死んだ馬にガイコツ剣士が乗ってるよ。二人は手強いと判断した。予定通りにいくみたい。最低200はいるよ、参ったね」


 とすると、ブループラネットを最大範囲まで広げるか。いや、それだと味方にも被害が出る。神聖なる一撃(ホーリークラッシュ)が妥当だろうか。私が思案している間に、海愛が先に結論を出した。


巨石の爆弾(ストーンボム)でいくよ。吹き飛ばしてやる」


 そうして強靭で分厚い肉体を誇示するかのように、巨大な弓を手に取った。スパイクアーチャーはアーチャーの系統ではあるが、イメージとしては戦士系だ。大きな弓や強弩、そうした特別な飛び道具を扱えるのがこのジョブの特徴である。得意とするのは遠距離戦だが、近接戦闘も行える。上位ジョブの一角なのは間違いないが、少なくとも私は海愛以外のスパイクアーチャーを知らない。

 海愛の判断から私は考え方を変える。乱れ撃ちに光聖魔法を付加する。魔獣と死霊ならこれで相当のダメージを負うはずだ。


「神技は使わなくていいよ」

「分かってる。乱れ撃ちでいく」


 先のこともある。日が暮れ始めたが寝床が決まってはいない。無駄にゲージを使えないし、ある程度の余裕が欲しい。


「こっちが先に撃つ。弾速遅いし二人も気付く。浮いて無防備になった敵を狙うイメージでやって」

「了解」


 弓を構えて光聖魔法を唱える。一つ一つの矢が輝きを放ち、その存在を確かにしていく。


「発射」


 海愛の合図と共に巨大な矢、いやまるで巨木のようなものが夕暮れの空を舞う。あれが着弾すれば地形が変わるのは間違いない。着弾を確認したら私の番だ。

 凄まじい轟音と共に遠く向こうの前線に海愛の矢が着弾した。ちょっとした隕石のようなものだ。私はそれを見て矢を放つ。


「神の領域からかの地へ、乱れ撃ち――」


 海愛のそれは巨躯からの一撃だ。一方の私はひたすら早送りで矢を連射する。どちらも異様だが、海愛は私を見て「えげつないね」そう零していた。

 荒野の夕暮れに光の矢が輝き飛んでいく。ストーン・ボムで吹き飛ばされた魔獣を切り刻み、その血で空は赤く染まるだろう。夕暮れの穏やかな茜色を、さらに深く濃い赤、黒色と化すまでそれは続くのだ。



 ――黒蛇、黒の旅団は50人近いプレイヤーで構成されている。しかし50人全てが上級プレイヤーというわけではない。中核を成すのは10人、さらに腕が立つと言えるのが10人いる。さらに役に立つと言える10人と、理不尽要素の専門家が10人。残りは雑用の数合わせだった――。


「おかしいね、相当削ったはずなのに前線が混乱してる」


 海愛は双眼鏡で戦況を確認しながら、そう言った。私はだるくなった両手をぶらぶらと振りながら答える。


「SOSはきてないから、問題ないと思うけど」

「いや、間宮が後退している。相当押されてるね」


 間宮が? 彼は旅団における最上級プレイヤーだ。私はそれはないと首を振った。このエリアで間宮クラスのプレイヤーが苦戦することは考えられない。それは事前情報から確認済みだ。


「事実だよ。妙なのがいるね、結構でかい。見たこともないけど、あれはなんだろう」


 海愛の言葉に、私も双眼鏡を手に取り前線の様子を確認する。見たところ確かにうまくはいっていないようだが、混乱という程でも、いや待った、あれはなんだ? そうして、不思議な悪寒が身体を巡った。


「トリケラトプス? ううん、ベヒーモスの類かな。違う、竜系かもしれない。分からない。けどあれ間違いなく、腐ってるね」


 海愛はそう言って顔をしかめた。一方の私は、嫌な予感を全身で感じていた。あれは、あれは普通ではない。間違いなく「魔」の存在と関わりのある存在だ。何よりそこから、私は姫の痕跡を感じ取っていた。


「誰か来るよ。伝令かな、やっぱり混乱してるんだ。敵名が表示されてない、データが通用しないんだから混乱もするね」


 確かに、敵名が表示されていない。私は双眼鏡を置いてスキルを発動させた。海愛もスキルを発動させる。


「神聖なる肉眼ホーリーアイ」「鷹の目イーグルアイ」


 遠く前線の光景を二人は確実に捉える。化け物だ、確かに恐竜じみてはいるが同時に魔獣や竜もイメージさせる。つまり、そのどれでもなく、どれでもある。


「で、伝令! 前線より。援護射撃追加の要求です!」


 伝令に来た名前も知らないプレイヤーが、そう叫んだ。


「あのさ、援護はいいけどチャットでよくない?」

「前線を離れろと命令されたんですよ! 敵の正体が分からない、よって無属性の援護を希望する、以上です! いやあと、さっきのボムは二度と使うなとも言ってました!」


 大きなお世話、海愛はそう言って私を見た。

 一方の私は唖然としてその伝令をまともに聞いていなかった。私が出した結論、あれは何物でもない。あれは、あの動く度に肉が腐り落ち毒素を振り撒く存在は、間違いなく姫が作り出したものだ。恐らく恐竜とベヒーモスと竜を掛け合わせ、失敗したのだ。

 あれが腐霊術であることの事実、そして微かながらも確かに姫の痕跡、匂い、間違いなくラビーナ姫の作り出したものだ。だとすれば、この近くにラビーナが? まずい、事前情報とあまりに違いすぎる。つか洒落にならん、姫と遭遇すれば超やばい。何が起こるか分からん!


「キリア、やる気出ないならこっちで決めるけどいいの」


 改名した名前を呼ばれて私は我を取り戻す。


「わ、私前線に行く。援護は任せるよ」

「前線? いいけど、大丈夫? 近接出来んの?」


 海愛の疑問に口を結び、近接用スキルを発動させる。


「出でよ……混濁の大剣ニフリートクレイモア」


 身の丈を優に超える大剣が出現し、徐々に収縮しまるで短剣のような大きさへと納まる。「へえ、そんなことも出来るの」海愛はそう言って、伝令へと振り向く。


「200秒後に援護射撃を開始する。ただし一撃のみ。強弩を使う。弾道を開けるように知らせろ!」

「り、了解!」


 海愛の肉体がさらに膨張する。空間アイテムスペースから取り出したそれは、巨躯を誇る海愛をさらに越える巨大なボウガンだ。


「クリティカル・ボウ。どんな敵でも食らえば痛恨の一撃になる。腐肉を撃ち抜いてやる」


 二人は頷き合って、別行動を確認し合った。

 これの巻き添えを食うわけにはいかない。私は強弩の弾道に入らぬよう迂回して前線へと走る。荒野には腐った肉の臭いが充満していた。遥か後方であれば感じられないが、近づけば近づく程に違和感が強くなる。中間地点で援護していた部隊を通り越し、ついに前線が目前と迫った。だが、まだ参戦は出来ない、200秒経っていない!

 周囲には取り逃した敵が点在している。間宮は後退しながら口惜しそうに残党狩りをしていた。こいつらも狩らなければならないが、問題はあの得体の知れぬ化け物だ。最前線にはカラカスとソードマスターのハッキネンが残るのみか。苦戦、珍しくこの面子が苦戦している。

 まだか、そう後方を振り返ると同時に轟音が聞こえ巨大なクォレルが風きり音と共に通り過ぎる。最前線の二人は瞬時に化け物から離脱、同時に命中。クリティカルのエフェクトで化け物から派手な閃光が放たれる。そして私は歯軋りし、間宮が叫んだ。


「マジか! 貫いてないだと!」

「腐肉じゃないのか! 強弩で貫けないってどういうことだ!」


 部隊に動揺が走った。最前線の二人も異様な光景に再攻撃を躊躇っている。

 私は最前線へと一歩ずつ踏みしめる。そのひと歩みごとに、クレイモアがその大きさを取り戻す。「????」と表示された化け物と対峙する頃には、私の身体の三倍程もある巨大なクレイモアへと化していた。

 巨大なクォレルを脇腹に突き刺したまま、巨獣はこちらを向いた。目が、目が死んでいる……腹に響く雄叫びは生物のものだが、その目からは光が、生気が感じられない。

 クレイモアを振り払うように化け物は尾を振り回した。その瞬間クレイモアは縮小し私は化け物の懐へと飛び込む。ペーパーソードで皮膚をなぞるように胴体を斬る。左半身から右半身へと半円を描き着地、さらに距離を取る。

 苦痛に顔を歪ませ咆哮を放つ化け物は私を探し首をこちらに向けた。その瞬間消えたはずの混濁の大剣が化け物を一刀両断し、その腐肉を飛び散らす。ヴァルキリーのマントが焦げ腐り、長い髪からなんとも言えない臭いが漂った。

 正体不明の巨獣は死に絶え、旅団は殲滅戦へと移行した。だがもし姫がいるとするならば、さらなる戦闘を強いられる。私だけが肥大する不安と戦っていた。

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