第十六話:ただ、前だけを見て
私の結論。近藤は嘘はついてない。今までも、今もそう。本当に腹割って話してくれた。特に美人だと断言した点は、大いに評価してやりたい。ただ……やっぱり言いたくないこともあるようだ。大分吐かせたので、それはもう聞かないことにした。
「ありがとー美味しかった。ご馳走様です」
「おう、わざわざ来てくれたんだ。こっちこそ感謝してるよ」
なんか名残惜しいけど、お別れだ。私は近藤離れすると決めた。だから、しばらくもう会わない、会えない、会ってはいけない。
「受験もあるし、お前も大変だなー」
近藤が冷やかし気味に肩を叩いてくる。だからっ、それは触れるな!
「俺もリハビリ頑張るかー」
そうだそうだ、病み上がりだってこと忘れるなよー。
冬空の下、二人は歩き近藤は駅まで送ってくれた。そしてヒョイッとお金を差し出した。私は思わず前のめりになりながらも拒絶する。
「いいよ、大丈夫ちゃんと親からくすねてきたから」
「一応約束だからな。取っておけよ。まあ、親に叱られたいならいいけどさ、ちょっと早い入学祝いだと思って受け取れ」
「ぐ……本当にいいのか……返さないぞ……」
もう手は伸びている。だが、だがやっぱりお金のやり取りは慎重に……。
「なんだ受け取りにくいか? じゃあ落ちたときは返しにこい。これでどうだ」
受け取りたくねーでもそんな意地の悪い一言で、私は素直に受け取れた。あざっす! ほんと助かります! うちの親怖いんです!
「じゃまたな。お互い、まずは当面のことを」
「うん、卓球に挫折して戻ってくんなよ!」
やかましい。そう言われ、くるりと身体を回され背中を押された。
振り返らない、そう決めて私は一歩踏み出す。振り返ると、まだ色々言い足りない、聞き足りないと近藤にまとわりついてしまうかもしれない。
もっと褒めてくれ! 絶賛してくれ! 最高にハイにしてくれ!
まだ全部言ってないだろ! 全部吐け! 隠し立てするな!
そもそも、往復で考えるとこれじゃお金足りない……とかもう色々だ。
でも足しにはなった。ありがとう。
そして私達は別れた。本当の意味で、別れることになる。私は振り返らなかった。
駅のホームは冷え切って、冷たい風が吹いていた。
流れるように通過する列車の、大きな余韻が私の心に深く響く。
今でも思う、それでも私はあの時泣かなかった。
寂しい気持ちより、嬉しい気持ちが勝っていた。
ただ感謝の気持ちでいっぱいだったように思う。
こうして、近藤和一はトカレストから去った。
近藤の離脱は少なからず周囲に影響を与えたようだ。
ネットで検索すれば、未だに「スピードスター」としてその名前が引っかかる。
そして一卓球選手としても、近藤は若手のホープとして期待される存在であることが分かる。
「凄いな、全国レベルなんて素晴らしい人材だ。惜しいなあ、うちのパーティーに欲しいなあ、戻ってきて欲しいよ……」
そんな風に零したプレーヤーもいる。同感だけれど、これ以上無理はさせられない。
しかし、年を越し随分と時間が経った頃、彼はひっそりとトカレストの世界に戻ってきた。メインをやっているのかは分からないが、ログインしていることだけは分かる。だけれど、互いに連絡することはなかった。私は後ろを振り返らず、ただ前だけを見て、トカレストストーリーの世界を生きていた。
二章のラストになります。次章もお楽しみ下さい。
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