第十四話:さよなら、ありがとう2
「姫と私は全然違うよ。でも置かれてる状況はちょっとだけ共通点があるんだ。姫は自分で選択することが出来ない子供時代を過ごして、その時ガルさんや海賊さん達と出会った。で、そんな自分ではどうすることも出来ない状況を、ガルさんが全部片付けてくれた。海賊さんに守られて、騎士団の人に助けられて。でも最後は……苦しめられた」
姫のことを思うと、今でも少しだけ胸がうずく。子供の頃は不自由したけど、それでも守ってくれる人達はいた。それが晴れて王族として復帰した途端、誰も姫と対等に口を利いてくれなくなった。父親は頼みの、憧れのガルさんに怯えている。
「姫に自由があったかは分からないんだけど、子供の頃はね、本当の家族はいなくても幸せだったんじゃないかなって思ったりするんだ。頼りになる海賊さんたちがいて、下品だけど遠慮もしない人達。けど、少し成長して国に帰ったらそこにあったのは贅沢だけど、周りは心の感じられない人ばかり。冷たい世界だったんじゃないかと思う」
そんな話だったな、と近藤は呟いた。
「姫はそんな寂しい状態の中で、自分ではどうすることも出来ない、決定権のない事態に追い込まれた。そして思った。自由になりたい、それを自分で手に入れる。どんな手段を使ってでも、たとえガルさんと戦うことになっても」
そして魔となった。お付きの人達を捧げ、最後はリッチとなった。
「なんかちょっとだけね、共通してるんだ」
「何? 加奈そんな不幸な生い立ちなの?」
「ちげーよ! トカレストでの話! ちゃんと聞けよーもー」
ああごめんごめん、と近藤は笑って誤魔化す。ったく、すっごい考えたんだぞ。
「私は右左も分からないトカレストのメインストーリーを、ずっと近藤に助けてもらって進んできた。いつも近藤を頼りにしてきた。何もかも近藤に考えてもらった」
目の前の近藤は、何の反応も示さず否定もしない。
でもそうなんだ、私はいつも近藤に頼り続けてきた。しかもそれは、今も続いている。
「ダメだったのは、ストーリーが進んで、結構なんでも出来る今でも近藤頼みの状態でいることなんだ。これがダメなんだ。私はもう攻略情報を自分で手に入れることが出来るようになった。人に聞いてもいいし、取引してもいい。単に公式の隔離版を頑張って見てるだけでもヒントは落ちてる。けどそれをやんなかった」
低レベルヴァルキリーとして変に珍重され注目されてるのに、そんなこと考えもしなかった。今の私はもう近藤と同じように出来るのだ。いや、近藤とは違う情報を拾ってくることだって出来ただろう。そうしていれば、どれだけ負担を減らせたことか……。
「そんなのは、甘えだ。甘やかされてるだけだ。私は近藤に甘えていた。だから、ちょっとだけ自立への道を歩もうと思う」
「ちょっとだけ?」
「うん、まず中学を卒業して高校に入ってちょっとだけ自立。本格的自立は高校出て大学に入ってから! その一歩が、近藤離れ!」
高らかに宣言する。私は自分で歩けるようになる。トカレストに佐々木加奈あり、そう刻み大人への階段を上るのだ! 胸を張り、ビシッと腕を挙げ指を立てる私に、近藤が冷ややかな視線を寄越している。何か、おかしいか。
「ここ喫茶店。酒場じゃないの」
そうでした。恥ずかしい。それはともかく私は頭を深々と下げた。
「すまんかた近藤。甘えすぎてたよ私は。ストーリーばっか見て、近藤見てなかった。仲間のこと助けろってガルさんにも姫にまで言われてたのに、出来てなかった。もっと自分が頑張るべきだった」
そんな私に、そいつはちょっと違うと近藤が指を立てて振った。
「加奈は加奈で頑張ってたよ。俺は俺で加奈を頼りにしてた。アーチャーでヴァルキリー。こんな頼りになる存在はいない。で、俺と違って今みたいにストーリーやキャラクターに凄い感情移入するだろ。そうすると、転職証の時みたいにボーナスがある。物語の隠された側面を俺も知ることが出来る。お互い様だよ」
嬉しい言葉だけど、でもやっぱり負担は近藤の方が大きかった。私は甘えていた、そう思う。私勝手にしてただけだもの。わがままだよ。けど近藤は更にこんなことも付け加えた。
「ただまあ甘えてたって言われたら、そうだろうね」
「でしょ? ちったあ自分で頭使えって話だよ」
「けど俺がそうさせてた面もある」
へ? なんで? きょとんとした顔で、近藤を見つめる。
「つまり、佐々木加奈を……低レベルヴァルキリーを独り占めしてたんだなあ俺は。なんで二人パーティーなんだよ、別に三人でもいいじゃない。魔法使い入れて。けどしなかった。それはつまり……」
それはつまり? 近藤が言いにくそうにしている。でも言って欲しい、腹割って話そうよ。そう目で訴える。
「加奈の成長を阻害してたのは俺の意思かもね。一人でなんでも出来るようになったら、加奈取られるだろ。今みたいにもう近藤いらねって言われる」
「いらねとは言ってない! ごめんねって言ってるの!」
「そう言われたら、俺も謝るしかないだろ。お前が無駄に美人だから、超乗り気になって独り占めしたくなってたって。今間近でこうして見て、俺も気付いたわ」
近藤……無駄にとはどういう意味だ。でも近藤は何言ってんだ俺ーみたいな感じで、キッチンの方を見ている。言わせたくないこと、言わせちゃったのかな。
「近藤もしかして……私に惚れてる?」
少し間が空いた。何聞いてんだ私ーと思いつつ、窺うように近藤を見る。近藤はちらりとこっちを見て一言ですませた。
「外見だけね」
殺す! 嬉しくて殺したくなった! 中身はどうなんだ中身は!
「中身はガキだろ。俺は加奈のせいでどんだけ苦労したと思ってんだ。死霊にタコられてた時はマジで切れそうだった。でも疲れててそれどころじゃなかっただけだぞ。ほんと金はかからんが手間のかかりすぎるガキだよ加奈は」
「そのガキを独占しようとしてた近藤はどうなのさ!」
「外見は大人だろ。でかいし」
ここがトカレストの世界なら、ブルプラぱなしてるとこだぜ……でかいって、言わないでくれ……。




