第十二話:廃人さんからの忠告
私はトカレストストーリーに戻った。近藤はいないが、スキルポイントを貯めることは出来る。ヴァルキリーなら躊躇いなくレベル上げも出来るのだ。誰か一緒にやってくれる人もいるかもしれないし、いいアイデアだと思う。そうして近藤が戻ってきた時、凄まじいまでに強化された私が近藤を迎える。
ここに力関係は逆転! 近藤は「加奈様、今までの非礼をお許し下さい。今後とも、何卒どうぞよろしくお願い致します……」と頭を下げることになるのだ。で、その頭踏んでやる。私がどれだけ心配したと思っているの! と踏みつける。支離滅裂で近藤が混乱すること間違いなし。
今日は一人だ。リスクを避けるためペチペチと辻斬りをして、少しずつスキルポイントを貯める。そろそろ終わりにして落ちようかなと思っていた時、それはぬぼぉっと現れた。
なんだこれは……でかすぎてさすがに驚いた。街中なのに襲われる! そう思って完全に戦闘モードに入っていた。近藤、援護……こいつ見た目だけは手強そうだ! いや、近藤いないんだ……どうしよ……と咄嗟にブループラネットを準備する。
「ちょ、ちょっと待って下さい! なんでブルプラぱなそうとするんです! キャラですよ、人間、プレイヤーです!」
へ? 怪物が人語話した。どう見ても魔人か獣人しか見えないんですけど。騙そうたってそうはいかんぞ!
「ああ、格好ですね。ちょいとお待ちを……僕もおかしいとは思うんですけど、今呪われてていい感じに強化されてるんですよねー」
呪われているだと……一体何者だ。
「ほんと急にすいません。こっちも速攻のブルプラとかかなり驚きましたが、これでどうです。普通な感じ。現実の僕もこんなですよ。大して特徴ない」
はあ、確かに。ポロシャツに綿パン、普通の中学生に見える。どうやったんだろう。全体変えるなんて凄い。けど小柄だなあ、私より小さいぞ。
「佐々木さんですよね? えらい美人につくったんですねー初めまして、情報持ってきましたよ。近藤からの依頼です」
ああ、さすがに分かる。この人が近藤の情報源にして友人、廃人さんだ。名前を確かめないと。そう思い頭らへんに表示されるネーム欄を確認しようとした。が、ローマ字で卑猥な言葉が並んでいて、なんか読みたくない。
「いやあ、そこまでつくり込むとは。相当念入れてキャラメイキングしましたね。凄いなあ、僕は見た目どうでもよかったんでただの戦士でしたよ。凄い無骨で笑えました」
「いやあの、お名前……聞いてもよろしいですか?」
廃人さんは、は? という顔をして自分の名前を指差している。いや、だからそれが読みたくないんだ。
「なんてお呼びすれば……よいのやら」
「あー読みづらいですよね、長いし。エネとでも呼んで下さい。女性キャラ使ってる人はそう呼びます。なんでか知りませんが。
では、用件をすませましょう。次のエリアは、はいはい、インチキミステリーですね。これ一人だと寝ると思うんで、誰か人誘ってやるといいですよ。戦闘になった際のアドバイスぐらいしか出来ないですね。いけます」
それは分かるけど、つまりこれは……近藤が廃人さんを私に派遣した。そういうことだよね。よく考えての結論。それがこれってこと。そんな、相談も報告もない。
「あ、メッセージありがとうございました。近藤と連絡取れて、感謝しています」
直接言える機会が出来てよかった。今のこの状況はともかく、あれは助かったし嬉しかった。私は廃人さんに頭を下げる。
「あ、いえいえ。やばいなと思って一応やっただけで。お節介ですよね、僕も物好きなことしたもんです」
そう言って、にこりと笑った。ほんと幼く見える。廃人って聞いてたから、もっと精神的に捻じ曲がった人だと思っていたのに。私は拍子抜けしてしまった。いや、意表を突かれた感じだ。
「問題はその次だなあ、敵が多いから……パーティー組みたいですね。魔法主体のパーティーがいいと思います。十人ぐらいが、理想かな。いくらヴァルキリーといえどソロはありえない」
「ちょ、ちょっと待って下さい。困るんです、私攻略は近藤とやるって決めてて、だからこういうのは困ります」
慌てて制止すると、廃人さんは一瞬だけ固まったがすぐ反応があった。
「いや、近藤の攻略は僕からでして、実質同じで。ですんで責任持って攻略情報をお伝えする、こう頼まれました」
それを聞いていないのだ。どうして勝手に……いつでも電話で話せるのに……。私の様子を見て、廃人さんも何か思うところがあるようだ。
「あの、どうかされました? 攻略必要ないとか?」
「いえ、まあそうなんですけど、近藤からエネさん来るって聞いてなかったんです。だから驚いて。相談もなかったし」
なんだ、事前に打ち合わせしてないのか……廃人さんことエネさんはそう不満気に漏らした。
「すいません。近藤と一度話します。教えてもらっても、近藤いないと進められないし」
「どうしてです? いけるでしょう。ここ、寝なきゃいけますよ」
「いえそうではなくて……二人で話さないといけないことがあるんで」
エネさんが、大袈裟に腕を組んだ。
「つまり、意味ないと」
「ほんとに申し訳ないです、何も聞いてなくて」
「いや分かります。近藤はまったく勝手な奴ですよ。僕をこき使うし、最近普通じゃないし。まあこういうこともあるかなと思ってました」
「はい、普通じゃないのは分かります。大変だろうし。だからいつもの彼に戻るまで待ちたいし、でもやっぱり今もちゃんと話せば分かると思うので、ほんとにすいません。わざわざ来ていただいて」
私は本当に申し訳ないと思って、再び頭を下げた。近藤の奴、どうしてこんな結論を出したんだ。頭下げっぱなしだぞ……。
「んじゃあこうしましょう。攻略情報はなしで。ただし、近藤の情報は置いていこうかなと思います。それがいいでしょう」
頭を下げ続ける私に対し、エネさんはそう明るく語りかけてきた。
どういうことだろう。少し気になることではあるけれど、近藤のことは近藤の口から聞きたい。エネさんは色々知ってるかもしれないけど、これは私達の問題だ。少し俯いて、これも断ろうと思った。けど、
「迷ってらっしゃるようですね。一つご忠告を――近藤は嘘をついている」
はっとして顔を上げた。嘘? 近藤が嘘を? どうして、そんなこと言えるの。
「さっき佐々木さんおかしなこと言いましたよね――普通じゃないのは分かる。いつもの彼に戻るのを待つ――それゲーム内、この世界での話でしょう。普段のあいつ、知ってるんですか?」
知らない。でも電話で話した。電話で話すぐらいの仲にはなった。
「電話で話したことはあります」
「電話? そですか……僕より仲いいかもしれない」
目の前の小男はそう言って笑っている。これもおかしい、近藤とエネさんは凄く仲がいい、だから止めたいと聞いてた。
「あれですか、佐々木さん近藤のクラスメートとか、実は同じ学校で僕のことも知ってるとか。だったら話は変わります。僕もすたこらさっさと逃げるんで」
「違います。ここで、ゲームで知り合いました」
少しだけ胸がチクリとした。ゲームで知り合っただけの関係、そう自分で自分を傷つけている気がした。それのどこが悪い、そんな憤りがふつふつとこみ上げる。リアルに知りあいだからなんなんだ。ゲームだけど、ここは仮想空間だけど、でも現実と変わらない。現実を超えた現実なんだ。
そんな気持ちが顔に出ていたかもしれない。それを見てエネさんはこう言った。
「ゲームでね。なら、聞いておいた方がいいですよ。近藤が今どういう状態なのか」
お節介です、本人の口から聞きます。いえ、もう大体は聞いてます。そう言い返したかった。でも、何か引っかかる。そうして引っかかることが不愉快だった。
「恩着せがましいと思われてるかもしれませんけど、そんなつもりはないんです。気分を悪くさせるためにわざわざやってるわけでもありませんし」
そう言われても、勝手な不快さが募っていく。悪い人ではないと思う。聞いていた印象とも全然違って話の通じる人なんだと思う。でも、なんか嫌なんだ。もう、ログアウトしよう。そう思いステータスボードに手が伸びる。
「こっからは――独り言です。嫌なら立ち去ればいいですよ。ただ、近藤のことを知っておいてあげて欲しい。近藤のために、あなたのために、ついでに、僕のためにも」
独り言……立ち去ればいい……近藤のため? 私? エネさん? 一言一言が、私をその場に釘付けにした。聞きたくないのに、聞くべきじゃないと思うのに……私と近藤の問題なのに……。
「じゃ始めますね――」
そうして始まったエネさんの話は、私の知らない近藤についてのものだった。その場から立ち去ることも出来た。けれど最後まで聞いてしまった。それは私の知らない、あまりに知らない近藤の話だったから。何より、説得力のあるものだったから……。
エネさんにいくつか質問すると、彼は丁寧に答えてくれた。やはり、根はいい人なのだとそう思った。
近藤の話を終えると、エネさんがこう切り出した。
「僕はね、このゲームクリアしたら足を洗うつもりなんです」
「そう、そうするとみんな喜ぶと思います」
素直にそう応じ、少しだけ微笑むことが出来た。
「いやいや自分のために。勉強だけはちゃんとやってるんですよ? 廃人とか、失礼な話ですよ。勉強とゲームを両立させてるんですから」
憤慨しつつも、自慢げな彼がそこにはいる。
ちゃんと両立させているんだ――。
最後に二人は、こんなやり取りをして別れることになった。
「では、ここからは明確にライバルですね」
「ライバル。そういう風に考えるんですね」
「メインやってる奴は全員ライバルですよ。言ったでしょう、勉強とトカレストしかやってない。両方誰にも負けたかないんです」
「分かりました。ライバルです。勝たせてもらいます」
その一言に、エネさんが隠し持っていた牙をむく。
「いやいや、たかがヴァルキリーごときが図に乗らないでもらいたいですね! こっから先はあなたの知らない世界です! 口ではなんとでも言える!」
「低レベルヴァルキリーは伊達じゃありません。追いついて追い抜きますよ」
「楽しみにすることもないですね。無理だ。女が勝てるゲームじゃない」
「頼まれても組みませんよ、そこのところよろしく」
お約束なやり取りの後、二人は手を振って別れた。私は、どんな顔をしていただろう。けど、これで決まった。




