第十話:旅路2
情報源、近藤ととても仲のいい廃人さん。リアルに友人な彼しかいない。すぐに勘を働かせ、私は蜘蛛の糸を掴む気持ちでメールを送った。
――返事が来たのは、三日後のことだ。
[真面目に佐々木か?]
[加奈だよ。どした? 何があったか説明しろ! ってか無事でよかったよ]
[そうか……すまん! 正直分からんのだ。どうもトカレストどころじゃないらしい。携帯もまともに触らせてくれん。返事遅れてなんと言えば……。一つだけ、入院してる。また連絡する。怒られた。マジすまん!]
無事で、無事でよかった。この一週間生きた心地しなかったよ。携帯アドレスも本物だった。入院は嫌な感じだけど、無事ならそれが一番だ。
廃人さんにお礼のメッセージを送ったが、返事は当然来なかった。廃人さんだものね。
翌日またメールがきた。
[加奈、今電話出来るか?]
[授業中だ馬鹿。休憩入ったらかけるよ、番号教えて]
こっそり携帯を取り出し、見つからないように打つ。返事は驚くほど早い。
[こっちから公衆電話でかける。番号一応いれとくけど、こっちからかけることで頼む]
そして電話番号が載ったメールが届いた。少し躊躇ったが、番号は送ることにした。
授業が終わり、私は体育館裏で携帯が鳴るのを待った。本当に携帯が鳴った時、少しびくりとしてしまう。発信先は、確かに公衆電話から。緊張する。色々あったし、電話は初めてだ。でも休み時間は限られている、向こうも何か急かされているようだったし……。おもいきって携帯に出ると聞きなれた声が響いた。
「やあ」
間違いなく近藤の声だ。いつも聞いていた……けど、
「"やあ"じゃねえ! 近藤ー心配させんなー」
何が「やあ」だ! もうふざけんのも大概にしてくれ。こっちがどんだけ心配して不安に苛まれていたのか……こいつほんと何も分かってない。
「ああすまん。電話だと変な感じだな。まあ手短に。入院だぞおい、何があったんだ」
こっちの台詞だ。
「それはこっちの台詞だ馬鹿野郎! ちょっと偽者で担がれてたらどうしようかと心配になったよ。かけるとか、番号教えろとか。嘘だったら番号変えてるどころか人間不信になってるぞ」
ほんとそれは考えた。もう何も見えなくて、蜘蛛の糸を掴んで真っ直ぐきたけど、やっぱり不安が頭をよぎった。だが近藤はそんな私の気持ちを置いて話を続ける。
「いやいや携帯触らせないんだぞ、ありえんだろ。とにかくゲームどころじゃ、いやトカレスト出来ない」
うん……ずっとログインもしてないもんね。大変だったのは分かる。けど何も分からなくて辛かったんだ……。でも言わない、大変なのはお互い様。そうだよね。近藤の方がきっと大変だろうし。私は自分を奮い立たせ、元気なふりをして気遣った。
「身体大丈夫? 何があったの? 遠慮すんな。ゲームどころじゃないのは分かるから」
「電話でも変わらんな。絶対安静だとよ。理由が分からん。説明してくれない」
「何それおかしな話……でも声聞いて安心した。また電話して、休み時間終わる」
「了解。マジすまねえ……」
近藤の声が明確に小さくなった。だから、私はあえて言う。
「倍にして返してもらうから、まったく問題ないですが?」
「……鬼になるなとガルさん言ってたろ!」
切ってやった。ちょっと泣いた。
私はしばらくトカレストストーリーを休むことにした。近藤あってのトカレスト、ヴァルキリー佐々木だ。向こうの話じゃしばらく出来そうにない。入院は重い事実。どこが悪いか説明しないとか、どんだけ体調悪かったんだ。
でもちゃんと電話くれてよかった……廃人さんも含めていい人でよかった……こういうので騙される人もいるだろうから、私は運がいい。ちょっと休んで違うことしよう。あ、受験だった……丁度いいってか遅いよ。いや、参る。
近藤からの二回目の電話は事前にメールで連絡があり、あらかじめ決めた時間にかかってきた。でもやっぱり公衆電話からだ。
「受験生に何か用すか、先輩?」
嬉しいのもあって、からかってやった。
「そうか受験……切ろうか?」
「もう手遅れだよ! どうしよう!」
「諦めたらそこで試合終了だから、諦めろ」
「わかた。で、何か……分かった?」
ちょっとだけ、自然に声が落ちていた。けど近藤の口調ははっきりとしたものだ。
「つまるとこ、疲労の蓄積らしい。意識はあるのに、記憶が飛んでる。思うに……リミッターアンロックがまずかったかもしれん……あれ規制されるかもな」
ああ、あれ……確かにとんでもない威力だった。人間の限界を最大限に引き出す。そりゃもう人間離れしている。他のプレイヤーにスピードスターと呼ばれ、その戦いぶりは神の領域を覗いた気分と言わしめる。よくよく分かる話だ。神は私だけど。
「ドーピングみたいなもんだよ、自分で言ってたじゃない。まずいって。私もハイスピードの世界体験したけど、あれ異様過ぎ」
「加奈のわがままに付き合ったらこのザマですわ……責任取ってくれ。携帯触れるように医者ども説得してくれ」
なんで私のせいなんだ。苦笑した。まあそりゃきっかけはそうだけど、端からスピードに拘ってたのは近藤じゃないか。まったく、冗談言えるぐらい元気にはなってるんだな。
「ヴァルキリーになるため、必要な犠牲ってあるじゃない。近藤は犠牲になったのだ……」
「いい解釈だ。加奈らしくて吹く」
そうして近藤は本当に笑っている。ウケて満足。そうして一つ、決めていたことを報告する。
「しばらく休むよ、トカレスト。受験生だった、私」
少し間が出来た。僅かな沈黙だが、何を感じているかは分かる。
「すまねえ……」
辛そうな声。心底思ってのことだろう。私なりにそれを真摯に受けとめ、全力で投げ返す。
「気にすんなー近藤ー……そんな辛そうにされたら私涙が……とでも言うと思ったか! 気にしろ気にしろ気にしろ! 気にしまくって胃潰瘍になれ!」
「ひでえなおい……でもそれ以上ですわ……」
「そうでしょ。だからお互いお休み。また復帰してさ、ガンガンいこーぜっ!」
努めて明るい声で言ったが、また沈黙が降りてくる。やっぱ、簡単には復帰出来ないんだ。想像してはいたが実際直面すると……。
「いつ頃になるかな」
情けない、少し声が震えていただろうか。
「分からん。確かめるが、怒られるだろうな」
近藤の声も、沈んでしまって聞いていられない。
「残念だね。でもさー絶対安静だものねー半年とか言わないよね?」
「約束出来ない。確かめる。すまん」
「謝まんなよー。こっちこそ無理させてたかもしんない」
「いや、都合はいつも合わせてもらってた。感謝してる」
「やめなよ。そういうの嫌だ。おかしいじゃん、対等にいこーって言って、二人で選んだ。そうでしょ?」
「まあ、でも俺がこのザマじゃ……」
近藤が弱音を吐いた。
なんかもう切りたいよ、けど切りたくないよ。近藤、もしかして泣いてる? やめてよ、そんなの困る。いつもの近藤はそんなじゃない。今はそりゃ大変だろうけど、たかがゲームじゃない。そうだ、たかがゲームだ。なんでこんなに入れ込んで、なんで知らない人電話なんかして……。
違う、たかがゲームじゃない。近藤との旅はたかがゲームじゃなかった。仮想現実という現実だ。あの旅はつくりものじゃない! だからだ、だからだよ。
「確認して、早めに伝える。マジですまんっ! どうすりゃいいか俺にも分からん! 何かの陰謀かもしれん。医者殴れば口割るかもしれんから、ちょっといってくる」
無理にテンション上げてから、深刻な雰囲気でありえないことを言う。勿論わざと冗談を言っているのは伝わってくる。近藤もこんな雰囲気嫌なんだ。相棒として、付き合うのが筋ってものだろう。気持ちを立て直して、煽るように口を開く。
「うん、その医者怪しい……いってこい!」
「と、止めないんだな。本当にやるぞ」
「おう、派手にやってこい」
「止めてもいいぞ」
「いや、別に」
「今ならまだ間に合う」
「いや、さすがに?」
「マジか、怒ってるな?」
「いやいや、殴ってこい」
「勘弁して下さい……」
「何を?」
「もうなんか全部。直接会って謝りたいよ俺は」
「見舞いに行くよ。どこの病院?」
いや、トカレストでの話だと近藤は呟いたが、私は直接の土下座を要求する。
「直土下座だ。焼き土下座よりマシだと思え!」
「……鬼そのものになってはいけない。byガルさん」
「優しく頭踏んでやる。喜べ」
「どこの世界に見舞い先で土下座要求する馬鹿がいるんだよ……」
ここにいた! 入院してても容赦しない!
驚いたことに、近藤の入院先は電車で一時間でいける範囲だった。ちょっと遠いけど、めちゃくちゃ遠いわけでもない。足代、そっち持ち。当然金なんかない。
「そいつはいいが、マジか?」
「気分で決める。マジで行くかも。襲撃に怯えよ! 恐怖しろ、んじゃね先輩」
そう言って、軽やかに携帯を切る。電話番号は交換した。ゲーム出来なくても話は出来る。今度は携帯同士で話したいな。疑ってるわけじゃなくてさ、ただのわがまま。他にも方法はいくらでもあるけれど。とにかく今は、電話での会話ならいくらでも出来るんだ。
けど、やっぱ直接話したいな……顔見ないとほんとに安心出来ないかもしれない。
本当に、お見舞い行こうかな……真剣に考えて悩んだ。相棒、仲間を助けてやれ。それが騎士道だ。ガルさんの言葉が蘇る。姫も言ってた。あのお兄さん助けてやんなさい。私が行けば近藤元気になるかな。むしろ負担になるかな。どうすればいいだろう。
お金、友達に借りる? ……ガチで近藤持ち? でもそれ助けてることにならないんじゃ……。真剣に迷うところだ。どうしたもんかな。




