第九話:旅路
決意のもと、旅は再開された。
修羅に、修羅そのものになるぐらいの気持ち。
けれど実際は、何度も折れそうに――。
案の定というべきか、すぐそこにあるお化け屋敷ですら辛かった。ホラー耐性も必要だが、進めば進むほど苛烈な攻撃が待っていて、二人パーティーの良し悪しを議論せざるを得ない。パニック起こされると困る。人手が欲しい。常にこのせめぎあいが待っている。
嫌がらせも執拗だ。一人の女が走っている。最初は五体満足必死で走っているが、次に会った時は目が潰れている。その次は耳がなくなっている。そして腕が、首から上がなくなり、ついに片足だけになる。最後は継ぎはぎだらけの五体満足に戻り、延々と周囲を這いずり回る。遭遇する度、恐怖心と殺意が交錯する。けど備品。
私は折れかけて……いや折れてしまい、へたりこんだ。そんな時、目の前に可愛い女の子のピエロが現れる。赤鼻もつけていないのでとってもキュートだ。何かのマスコットのようで、思わず「怪我させないからこっちに来ておくれ……あたしゃもう人生に疲れた」そう零してしまうが……近藤は杖を取り出しぶん殴った。ひたすら殴る、殴り続ける。一撃の度ピエロの悲鳴が響いた。敵だ。「ここに優しいものなんてない」近藤は動かなくなったピエロを通路脇へと蹴飛ばし、トドメの一撃を加えている。
迷うな甘えるな容赦するな。
折れていた心は、過激な叱咤によって修復される。
こうして、なんとかお化け屋敷はクリア出来た。
――森があると聞いて進む。確かに、広大な密林がそこにはあった。入り口はどこからでも。だが、いくらなんでも広すぎる。当然のように「コンパス買ってこい」と言われて探したが、どこにも売っていない。今までの道中でも見かけたことがない。どう考えても道に迷う、ありえない状況だ。
お化け屋敷のように一度入って下見、無理なら出直すという選択肢が取れそうにない。ふざけた状況に「無理ゲーだろ」と、近藤が切れた。
バーサーカーに転職すると、斧を持ち出し木を伐り倒す。ひたすら木を伐り、なぎ倒して道を作る。剛力のスキルはどんどんと強化され、最後には豆腐を伐るように大木を伐り倒していた。正に力技……。
後々「君らが道を作ってくれてたから、あの密林は簡単にクリア出来たよ」そう感謝されることになる。
――進めば進むほど人は減る。物語性も薄くなる。そして呆然と立ち尽くす人がいる。二人眺めながら「詰んだな……」「みたいだね……」ただそう呟くことしか出来ない。
低レベルでないと、結局詰む。けどどうしてやることも出来ない。強力なパーティーに紛れ込めばいけるかもしれないが、もう人も少ない。そもそもそんな生温い世界でもない。
時には自分達が窮地に陥ることもあった。異常に長い街道、仕方なく野宿することにした。そしてありえない数の敵に夜襲に遭う。取り囲まれているのは分かるが正直眠い。必然頭は働かず、戦い方も雑になる。私達は追い詰められた。しかし助かった。通りすがりの化け物みたいなプレイヤーが、敵を一瞬で葬り去ってくれたのだ。そうして言われるのはいつも同じことだった。
「あんたら二人パーティーなの? 正気? ああ、ヴァルキリーね、ならいけるかもしれないけど……寝る時間つくるのも大変でしょ、見張り役もいないし。あんま無理しないように。これ以上人減ったら寂し過ぎるからさ」
眠気でふらつく中、地面に頭がつくぐらい頭を下げていた。出会いの少ないメインストーリーでは明確にレアケースだ。道中助けられるなんてことはそもそも期待しない方がいい。町まで行けば人はいるが、一歩出れば誰も頼れない。この時はただ生き延びたことを喜び、二人はまた眠った。ほんとに眠かった。
――また頭を下げる。人がいないが、二人ではどう考えても無理なエリア。一人で二十人分クラス、怪物級のプレイヤーがたまたま戻っていて、付き合ってくれた。
「ヴァルキリー……そのレベルで? 凄いなあ。うん、ここ繰り返しになるけどまいいよ。ああそう、僕見た目男だけど中身女ね」
どうやったらこんな化け物になれるんだ……近藤はそう呟いていた。
クリアして、彼女と別れる。感謝の言葉を大量に並べると「お互い様。攻略知ってるメイン派はね」と言われた。そうだ、時には助けることも必要だと思った。「攻略出来てる奴だけな」と近藤は付け足すが。
大勢のパーティーを組むこともあった。いつもヴァルキリーについて聞かれるので、丁寧に答える。もうマジでやってる人間しかいないところまで来たし、いいだろうと近藤は言う。ただガルさんとの約束から細かな事情は口止めされた。あくまで漠然とした攻略情報に限って、そういうことらしい。それを踏まえて事情を説明すると、
「あの女相手にそこまでやんの! 俺には無理やわ。問答無用で戦闘したで」
「……あれ姫だったのか。知らなかった」
「ダンディなおっさんは気がついたら奮起してたけど、更に一歩は無理だったなあ」
「あの頃のことはよく覚えてないんだよね……姫様とか聖剣士とか、違うゲームの話じゃないの?」
様々な反応が返って来る。
近藤が、こいつの入れ込みようは凄い。あれがないと今の俺達はないと説明している。そうなのかな。近藤も頑張ってたよね。ひたすらボコられて、わがまま聞いてくれた。二人で手に入れたヴァルキリーだ。私はそれも説明した。
そうして自然とつながりが出来ていく。「マジ無理! クソゲーの限度超えてる! ありえねえ!」と喚くプレイヤーをみんなでなだめ励まし、最終的には本人の判断でと落ち着ける。気持ちは分かるがストレスをぶつけられても困る。こんな時は諭すのが最適。というより、それ以上はない。一度は離れた彼だったが、結局は帰って来た。なんだか嬉しい。
当の本人は、
「クソゲーなのは自明の理。悟った。迷惑かけてすいませんでした」
照れくさそうにそう言っていた。
いえいえ、お帰り。我々は何事もなかったかのよう歓迎する。自分だっていつ追い詰められるか分からない。休息も時には必要だ。実際、帰ってこないプレイヤーも多いのだから。
そうして先に薦めていると、いつも指摘されることがあった。
「ヴァルキリーが強いのは認める。けど二人は辛い。うちは最低でも十人。入れ替わりはあるけど、スケジュール合わせて頑張ってる。何度も同じとこやるのは当たり前。全員揃うってことはまあないし君らも考えた方がいいよ。今のうちに仲間つくらないと、後から入るの大変だって。人間関係は基本」
二人パーティーの限界について、何度も忠告を受けた。今でも実際そうだし、これからさらに厳しくなっていくのだろう。それでも結論を先送りにしていたのは、結局近藤が問題にしなかったからだ。これは情報源である友人さんの力が大きい。二人で突破する方法まで考えて、アドバイスしてくれるのだ。
「なんか、俺が考えてたのと違うけど、いいか」
いい人だよ、廃人かもしんないけど。
私からすればありがたい存在だ。
ガルさんと再会した時は嬉しかった。
「一度騎士団に戻った。反乱が起きていたらしくてね、二つも反乱軍を潰さなければならなかった」
ガルさんなら一瞬だろう。こんな特殊イベントは滅多にない。私は無駄にはしゃぎ、歓迎した。そんなガルさんが真面目な顔で、言った言葉がある。
「戦場では時に鬼にならなければならないことがある。しかし鬼そのものになってしまってはいけない」
「姫に言ってあげて下さい」
いや、自分に言ってるんだ、近藤はそうささやく。
「奴は、そう姫は今魔王と対立しているんだそうだ。まあ世界の支配者になるというんだから、当然か。はは」
そしてガルさんから情報をもらう。魔王は元々覇王だった男だ。魔の力で蘇り、今は魔王を名乗っている。誰かに利用されているのかもしれない。まだはっきりとはしないが、とレクチャーされる。そうか、魔王も利用されて……。
「鬼になるなよ。ヴァルキリーを使いこなす君には、言うまでもないだろうが」
念を押し、ガルさんは去っていった。私は必死に手を振る。しかし近藤はその背中を睨みつけていた。
「あんまりガルさんに入れ込むなよ。あの人は姫と敵対してる。魔王と組むかもしれない」
そんな! ガルさんは、姫を助ける。魔王は普通に処理されて終わり。
「加奈の言うラスボスガルさん説、当たってるかもな。誰とて足下すくわれることはある」
ない。というかそんなことになったら詰む。どんだけ強いラスボスなんだ。
「しかし、今のイベント他の奴は見たのか。見てないとしたらストーリーがどう進んでるか分からんままなのかね。それとも、違うルートを歩んでいるのか?」
謎だった。
私はガルさんにもらった転職証でヴァルキリーに。しかし近藤はホワイトナイトにはならなかった。時魔導師、シーフ、忍者と様々な職を転々とする。スピード重視の職ばかり。
「レベル上げたくないから、ちょっとパーティー解散な。後ろから援護してやるから、とどめは加奈が刺せ。一緒にいると、俺にも経験値入る」
そうして基本援護の役割を担う。しかし元々がタフで素早い近藤を守る必要はなかった。一方私は最高位のヴァルキリー、レベルを気にする必要はない。結果、私だけレベルが上がり、近藤はスキルポイントを稼ぐ歪な関係が出来上がっていった。
近藤は時魔導師に拘った。待望の本格的魔法使いが仲間に入ったのだから歓迎したいところではあるが、レベル上げには適していない。パーティーを解散する度、少し寂しく不安な気持ちにさせられた。私だけ、前に進んでいるような……。
近藤は時魔法で時間の感覚をずらす。それは妙な世界だった。そうか、これが近藤の見ている世界。自分は普通に動いている。しかし敵だけはスローモーション。異様な体験だった。
事故的なことも起こる。時魔導師の近藤は切れると流星群を連発するので、巻き込まれる私は何度も説教した。「いやすまん」といつも笑われて終わるが、この頃から近藤の異変は感じていた。でもそれは、普段と違う役割で戸惑いがあるのだろうと考えるようにしていた。
これはゲームの感覚だ。ゲームの価値観が私を支配していた。
それでも、薄々気付いてはいたんだ。近藤の怒りの沸点は低くなり、欲求だけが肥大している。ストレス過多で、スピードに対して異様な拘りを持っている。
速く、もっと速く。何よりも、誰よりも速く。
戦闘はスピードが命。当たらなければ、どうということはない。
近藤はついに敵の素早さまで上げ始める。
敵が止まって見える、つまらない。そう言って。
近藤の負担を減らさないと。いつしかそんなことを考えていた。出来る限りの努力を、と。もっと強くなればスピードのことも考えなくてよくなる。そう信じていたし、信じたかった。
――そして、近藤がいなくなった。
ミステリーパートに臨む前日、打ち合わせをした。
「二人とも起きてる必要はない。一人六時間で二十四時間担当。失敗は許されない……けど失敗したらブルプラぱなせ。ヴァルキリーの神技も追加で叩き込め。俺は風林火山で突撃する。瞬殺だ」
「おーらい。任せろ。明日の何時?」
「土曜だから、昼からやるか。昼飯後。一時でどうよ」
了解して別れた。少しの不安を抱えながらも。
当日、約束の時間になっても近藤は来ない。その日はログインすらしていない。待ちぼうけ。仕方ない、何かあったんだろう。リアル大丈夫かな。そう思いながら、メッセージだけは送る。
『明日の同じ時間によろしく。なんかあったらすぐ言って』
翌日も近藤は来なかった。ログインもしていない。私は知り合いになった人達に声をかけられた。
「彼氏は?」
「相棒です。今日はお休みですよ」
「珍しいじゃん、一人だなんて」
ずっと二人なので、みんなセットで覚えている。低レベルヴァルキリーとスピードスター……けど片方がいない。この日もメッセージだけは送っておいた。
翌日、まだ返事も来ていない。そもそもログイン……どうしたんだろう。もしかして何か事故でも巻き込まれた。コンピューターが壊れた? 火噴いた? 色々と考えはするが、結局分からない。
「どしたの一人で?」
また声をかけられる。
「近藤来ないんです。何かあったのかもしれないけど、分からなくて」
「そいつは……彼は折れる人間ではないよ。リアルでなんかあったな」
「そう思うんですが、確認のしようもなくて。連絡も取れないし」
「――君の、君らの戦闘を見かけたことがある。あれは異様だよ。目で追えない、人間技とは思えない。ヴァルキリーの万能性も凄いけど、彼はそもそも見えない。ヴァルキリーの神秘的な神技、あのエフェクトと相まって、神の領域を覗いた気分になった。やり込みが異次元だね。そんな彼が折れるとは思えない」
私も近藤が折れるとは思わない、と頷く。「神の領域、か……」心の中でだけ、呟きながら。
そうしてパーティーに誘われる。色々な人に誘われた。けど丁重にお断りして、一人でスキルポイントを貯める作業をした。人を見送って、新しい人を迎える。ここまでよくたどり着いたねーゆっくり休みなよ。そんな言葉を交わし、また見送る。
一週間、そんな日が続いた。
そしてメッセージが届いた。近藤からではない。知らない人だった。
『ヴァルキリーさんだね。挨拶はなしで。近藤今トカレスト出来ない。本人の携帯アドレス。サブアドから送ってみて。事情は本人から聞いてくれ』
誰からかはすぐに分かった。近藤の友人、廃人さんからだ。




