第八話:銀髪のレアケース
ヴァルキリーに転職すると、見た目が一変した。とにかく髪が長い! なんと腰まである。しかも銀髪で、あまりに滑らかな美しさ。キューティクルとかヴィダ○・サスーンとかラッ○ススーパーリッチとかそんな次元じゃない。髪だけに神がかってるとか言いたくなるこの寒さ。けど事実なんだ。
そして強制的な兜の装備。今まで帽子だったので、なんだか重たい。背中の違和感は翼が生えてのことらしい。必殺技などを使うと翼がはためく仕様だという。
「か、かっこいいんだけど……このヘルメットっぽい兜に皮のワンピースは絶妙に馬鹿くさいような……」
「鎧装備出来るから、それで合わせれば整うんじゃないか」
近藤に言われて、もう自分が以前の自分ではないことを自覚する。鎧武者とは言わないが、私は攻守万能なヴァルキリーなのだ。エースであり主力。重装備以外なら基本なんでも装備出来る、万能の神。この私が……。
「覚悟の程は伝わった。低レベルヴァルキリーなんて見たことないってあいつも言ってたよ。周りの人らも、珍しいもん見れて喜んでるな」
近藤はそう言うと酒場を見渡した。「ほとんどモブキャラかよ」と苦笑することになったが。
私は何気に凄い存在になってしまったらしい。ただエースになったというだけでなく、この世界でも珍しい、廃人さんでも見たことのないレアケース。姫の時に頑張ったかいがあったよ。向こうはリッチ、こっちはラッ○ススーパーリッチ以上の艶やかな髪質。勝ってしまった、また勝ってしまった。負け知らずな自分が怖い。敗北を知りたい。
「よし近藤! ホワイトナイトになるべし!」
ヴァルキリーにホワイトナイトとか、我々も相当チートなんじゃないのか。色んなパーティーに誘われてしまうかもしれない。だが近藤は首を振った。
「いや、俺は時魔導師になる。全体化の魔法が欲しい。ここまで魔法なしできたし、スピードが足りないんだ」
まだスピードを求めるのか。そう驚いたがヴァルキリーの補正値を見ろと言われて納得した。弓技術の補正と器用さは減ったが、残りは全て上がりまくっている。もう攻撃は私だけで充分ということだ。
「んじゃ往くか。修羅に落ちるぞ」
うし! 二人はそうして酒場を出た。
――修羅のはずなんだけど、近藤が時魔導師に転職した時はお腹を抱えて笑ってしまった。ぶかぶかの魔導着と三角帽子があまりに可愛すぎる。覚悟の程を示してくれとか言ってたさっきまでのシリアスさが完全に吹き飛んだ。
「加速したいのか笑いが取りたいのかどっちなんだ! 笑い死ぬ、近藤せめてその三角帽子取って!」
取れない。近藤はそう呟き、虚しげにその事実を受け入れていた。私はひたすら笑い、近藤が呆れるまで笑いまくった。ごめんなさい。
装備を整え鎧を着込む。剣はペーパーソードを何本も買い込んだ。剣をまったく使ってこなかったので、まずは軽さ重視。何より威力が異様に高い。ただ恐ろしく脆い、が切れ味は抜群。「使いこなせれば腕が上がった証拠。力任せじゃない剣技を身につけろ」と言われた。
折り畳み出来る槍を買い、弓は引き続き銀の弓。それにツインボウガン。靴は見た目の地味なランニングシューズを買い直した。ドレスも新調してサテンのドレスを購入。ワンボタンで着替えられるので問題ない。
近藤は杖だけ買ってぶんぶんと素振りしている。元がウォーリアーなので、殴り合いも上等という腹積もりらしい。けど可愛い。
私達は準備を整えると二つ打ち合わせをした。
一つはお化け屋敷についてだ。
曰く、お化け屋敷内にはどうしようもないエリアが三つある。
一、死の橋。死人がかけた橋、地獄へと通じる橋という意味ではない。死体が積まれてかけられた橋だそうだ。問題は、死体ではあるがモザイクがかかっていない点にある。つまり規制対象外で実際死体を見ながら、さらに踏みしめながら橋を渡ることになる。モザイクがかかっている箇所があれば、それは子供の死体だという……。
二、砂上の楼閣。ごくありふれた現実的幸福の光景が砂のように消え去っていくエリアがある。一見どういうことはないがこれからの人生で体験する日常的幸福が砂と消える様は見ない方がいい。意外に精神的ダメージを受ける。これは友人の廃人さんからの助言らしい。
三、弱肉強食。言わずとも分かろうが、この世界の暗部が露骨に散りばめられている。強者が弱者を食い物にし、虐げる様。世界、現代社会の病理がそこにはある。
「この三つは、見るな。目を閉じろ。目隠ししてもいい。加奈にはきつい。俺はこの点責任持てない」
「……分かりました、基本呑みます。ていうか助かります……けどなんでそんなことするかなここの運営は……」
「芸術性とか歴史とか言いたいんだろ。嫌がらせだけど」
人類の歴史は死の歴史。それをモチーフにつくりましたと言われたら、抗弁出来ない。嫌なら引き返してサブクエストどうぞってこと。近藤は肩をすくめてそう言った。
まあいいんだ……いいけどさ、見るなと言われれば見ないさ。むしろ助かります。けどその時敵と遭遇したらどうすんのだろう。
「剛力で俺が担ぐから気にすんな。走って逃げる」
そうでした。
お化け屋敷は二人で突破することも確認した。知らない人間と組んでパニック起こされると迷惑だ。近藤が面倒をみれる許容範囲は私まで。当然か。
そして二人のスケジュールを確認し合う。トカレストをやるのはほぼ平日限定。二十一時から四時間。土日は出来るだけ空けたい。部活との兼ね合いだという。私は基本的に近藤に合わせることにした。部活を頑張る近藤の応援もしたい。卓球の何が分かると笑われたが、近藤を応援しているのだ。実は漫研所属の私にはない力がある。こちらもヴァルキリーになったとはいえ、やはり頼りにしている。
問題は耐久もので、現実で八時間拘束される。セーブポイントを見つけられなかったらリアルで八時間ぶっ続けの拘束だ。こうなると土日が欲しいが、その時決めようと曖昧にしておいた。
「わがままで申し訳ないが、リアルも大切にしないとな。お互い廃人になるためにやってるわけじゃないんだ」
「うん、近藤はむしろ止めたいんだよね友達を」
「まあそうなんだが無理な気がするんだよなあ……」
弱気な表情の近藤に一つ聞いてみた。
「あのさ、近藤はこのゲーム好きでやってるわけじゃないんだよね。始めた理由も理由だしさ、無理してやってるのかな? ほんとは続けたくないとか、ある?」
ん? と怪訝な顔をされた。三角帽子がちょっと横になったので直してあげる。けれどぶかぶか、もふもふ状態の近藤はふざけているようにしか見えない。真面目に聞いてるんだけどなあ、こっちが笑ってしまいそうになる。
「まあ、それなりに楽しんでるよ。あいつを止めるってのも一つの要素ではあるけど、今は加奈と冒険の旅を続けられることを歓迎してる」
ゆるふわ近藤にそう言われて私はほっとした。これ以上は聞かなかないでおこう。しつこく聞いて実は面倒だと言われたら、怖い。
――こうして二人は修羅へと堕ちた。楽園に背を向け、十万と三万を投げ捨て地獄へと自ら進む。チートさんの活劇と半分骸骨のお姫様。魔王は誰だ、一体何者。
そんなメインストーリーとは関係のない罰ゲームを、ひたすらこなしていくことになるのだ。




