第六話:佐々木の事情、半神の価値
「それでも、私は立ち向かう! どんな嫌がらせにも耐える!」
酒場でジョッキを掲げ、高らかに宣言する。あんなホラーがなんだ! 全部無視すればいい!
「下見してなおそう言える。間違えて壊しちゃダメ。敵と見分ける。パニック起こさない。二十四時間耐久。いけるか?」
一見冷ややかに聞こえる近藤の言い分。けど、事実を並べただけだ。正直……どっかで切れるかもしんない。けど、けど……それでも選択肢がないんだ! どこ探してもねーんだよ!
――私は私の事情を話すことにした。近藤も話してくれたんだ、躊躇いはなかった。
中二だった私はトカレストストーリーを店頭で体験し、魅了された。ソフト自体は他と比べても安い。ネットにつないで遊ぶ年間パスも比較的安いだろう。だがソフト自体を起動しその魅力を存分に体験する――そのハードルが高い。コンピューターに求められる性能が異様に高くまた異質だったのだ。
私はお小遣いをコツコツと貯めた。でも足りない。当然お年玉を集めて回った。それでも足りない。私は意を決し、両親に一年分の小遣いをまとめてくれと迫った。最初はさすがに拒絶されたが、何度も何度もお願いすることで願いは叶った……叶ったのだが、現実という名の代償は大きかった。
今やもう、私には収入がないのだ。高校生じゃないからそうそうバイトも出来ない。両親もバイトだけはしないこと、と条件を出してきた。まだ早い……そう言って。だからもう気楽にコンビニにも入れない。マンガ立ち読みして帰ることしか出来ない。自動販売機が悪魔に見える……何度蹴りを入れようと思ったことか……。オレンジジュースを一気に飲み干し口を開く。
「五百円が死ぬほど痛い! サブを楽しむ五百円が私には遠い!」
雄叫びに近い。ほんとにお金ないの! 事情を説明しそう叫ぶと、近藤がまあまあとなだめてきた。
「なるほどそれで選択肢がないと」
「どこにある! やめるのか! 嫌だ! 私はまだ遊び足りない!」
どれだけ、どれだけ渇望してここにいるのか……それがこのザマだ……。謎に崖からダイブ、マンホールからテント生活。いつの間にか通り魔となり、まともに衣装も揃えられない。姫には小馬鹿にされ、女としてのプライドを傷つけられるも、まだ一発も殴り返せてない。
なんでこんなゲーム買ったんだ私は。タイムマシンがあるのなら戻って「こんなクソゲーに手出すな! 騙されるな!」と自分を止めたい。悔しい……厳しい……色々なとこが痛いんです……。そうして悶え苦しんでいると、想定外の言葉が飛んできた。
「一つだけ、確かな選択肢がある」
わっつ? あるの? どこに。面食らって確かめると近藤は頷いた。
「ある、佐々木の持つ……」
「加奈でいい」
なんとなく、反射的にそう言っていた。佐々木と呼ばれるのが嫌なわけではない、ただ名前で呼んでくれた方が距離が近くなったように思える。もう付き合いも長い、遠慮なく対等がいいのもある。近藤は少し戸惑ったようだが、ちゃんと呼んでくれた。
「……加奈の持つヴァルキリーの転職証、売れば最低十万にはなる」
それを聞いた瞬間、ガタッと音を立て私は椅子から立ち上がっていた。
「当然現実の話だ。元は取れないだろうが、もし売れば単純計算になるがサブ一日一回遊ぶとして200日分になる。レアカード引いたりするあくどい課金ゲーじゃなきゃ相当遊べる。別に全部ゲームに使わなくても、残してもいいし」
な、なんという……そんなに価値あるものなのか。ちょっと放心しかけた。元は取れない。けど、それだけあればサブを存分に……考えていなかった。いや知らなかった。けどなんで近藤はんなこと知ってるんだ。そう尋ねると当然廃人入ってる友人に確かめてのことだと返ってきた。
「ただ微妙なラインでもある。女性専用。しかも最高位のジョブ。ここがややこしい。残念な事実だが、ヴァルキリーはほんとに女じゃないとなれないらしい。女性プレイヤー自体が少ない過酷なメインストーリーでいつまで需要があるか分からない。今は最低十万の高値だが、人が減れば価格は下がる。増える理由も見つからん。売り抜けるなら今だ、と言われた。まあ俺もそう思う」
い、今が売り時……最低十万からの落札です。では始め……。
なんて、なんて大きい額なんだ。
「ただし、メインを進めるなら持ってた方がいい。簡単に手に入らない。つまり先に進みたい、クリアしたいなら……ってわけだ。ちなみにホワイトナイトは三万」
近藤はヴァルキリーってのはそんだけ貴重、と指を立てた。近距離は剣、中距離で槍、遠距離は弓、当然ボウガンも使える。魔法だって使える。魔法自体の攻撃は弱いが、属性付加支援魔法で通常攻撃が実質魔法攻撃と変わらないように出来る。
「このゲーム最強である弓が使えて、剣に槍、魔法も使える。強い挙句に華やかだ。誰だって欲しい」
ああ……選択肢出来た。売れる、そんな高値で。投資は無駄ではなくなり、悠々自適のサブクエスト生活……夢と幻想と高級感と過ごしやすさ。リッチな空間で夢のひと時、素敵な夜をお過ごし下さい……ワインも各種、揃えております――いい、素晴らしい……。
難易度もお手軽で、ミニゲームには各界のプロがいたりして……そこの意味不明なお化け屋敷なんか関係なく、私が求めていた中世の世界を存分に堪能したっていい……。きれいなドレスに身を包み、舞踏会では美しすぎるDQN108の私に男達が群がり困ったことに……いや、いやいやいや違う! 私は甘いささやきにかぶりを振る。
「もう決めてるんだ! 私は突き進む! ヴァルキリーには私がなる! メインストーリーを攻略したい! 姫ほっとけない! プロよりガルさんだ! チート剣士は全てを超越する! ただ、ただ……」
一つだけ、条件が……。一人では自信がない。今更他の人とは組めない。もちろん大勢のパーティーも必要だろう。でもその時も、その時も、
「近藤が一緒にやってくれるなら、進む自信がある……」
私は強く訴える……つもりだった。けど出来なかった。
近藤がいたからここまで来れた。違う人とやっていたらきっとどこかで詰んでいただろう。姫の説得も無理だ。きっと戦闘になっていた。ああしてストーリーの本質を読み解けたのは、近藤がいたからだ。
私には近藤が必要だ。けど近藤に私が必要かは分からない。自信がないのだ。必要とされていれば、そもそもこんな話わざわざすることない、そう思う。だから言いたくなかった。でももう言った。
「条件はそれだけ。これがダメなら……もう売るよ! サブにでも南の島にでも行くよ!」
ちょっと逆切れ気味の私に、近藤はあっさりとしたものだった。
「いや、俺は続けるよ」
それはそうだろう。しかしそうではないのだ。
「私、ついていっていいの?」
これが大事なんだ。言わせんなよ恥ずかしい、ではなく怖い。役に立てていたか、本心から疑問に思う。わがまま言って死霊にタコ殴りにされてたこと、まだ怒ってるんじゃないかとも思う。私は近藤と遊び方が違うから、ストーリーにのめり込むから、いつか邪魔になるんじゃ……。そういう不安も、きちんと伝えた。凄い小声で。私の不安に、近藤は真面目に答えてくれた。
「いや、足引っ張られたことはない。わがままに付き合ったのは俺の判断。しかも収穫あった。それに、話変わるけどアーチャー強いだろう」
私はううん、と首を振った。
「威力が足りない気がする。ブループラネットだけだよ。しかも、さっきも仕留め切れなかった」
「低レベルだからな。まあそう思うのも仕方ない。けど違うんだなあ……疑問に思ったことないか、なんで、矢が尽きないか」
「あ、うんそれは思った。自動で補充されてる。あれなんで?」
「アーチャーの特権、という名の罠だ」
言ってた。確かに近藤言ってたそんなこと。アーチャーは強い。けどレベル上げには適してない。でも矢が自動で補充される。ということは撃ち放題。
「ところが加……奈は一撃で仕留める」
まだ呼び捨てに躊躇いがあるらしいが、私は首を振って気にしないでと合図を送った。そうしてから口を開く、ささやかに。
「仕留めてないです……」
「だな、じゃあほぼ確実に当てる。あれは凄い。本来撃ち放題が取り得なのに一撃だ。外した経験は?」
「あんまり、ない」
「いくら弓の技術補正かかってるっても、センスあるんだよ加奈は。自分を過小評価するな」
そうなんだ。それが普通だと思ってた。ずっと近藤と二人で旅してたから気づかなかった。私は、弓のセンスがある。
「高レベルで弓使いになった時恐ろしい腕前で強さになってるな、間違いなく。だから俺は必要としてる。頭下げたいぐらいだよ」
近藤! 私は近藤に駆け寄るが、さっと手で制止された。
「けどほんとにいいのか、今なら売り抜けられる。転職証の手に入れ方が広まったりしたら、価値は下がる。自分の力で手に入れたヴァルキリーだぞ。何より貴重な時間をこの理不尽なゲームに費やすのか。サブなら分かる。メインに、だぞ」
違うよ。近藤と一緒に手に入れたんだ。近藤と一緒の時間だって貴重じゃないか。でもそれは言えなくて、ただふるふると首だけを振る。近藤は溜め息をついた。本気か……そう呟き、正気かとも言った。分からない、決めてきたことだけに感情任せになっている部分はあるかもしれない。けどさ……。
「やっぱ本気だよ。一緒に進めたい」
「そか、ただしまだ考える余地がある。ここはリアルな分岐点。金と時間は入り口だ」
難易度……ですね。でも近藤がいてくれたら……。
「残念なことに、お化け屋敷は序の口なんだよ」
……もう、勘弁して下さい。
※半神=ヴァルキリー




