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トカレストストーリー  作者: 文字塚
第二章:旅路
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第三話:夢の世界、課金、廃人、対等な二人

 VRMMORPGトカレストストーリー、このゲームには二つの顔がある。

 一つは私達がやっているメインストーリー。もう一つは課金して行うサブシナリオ、サブクエスト、サブゲームミニゲームと呼ばれるもの。これらには別のフィールドが用意されており、大抵一つにつき初期投資五百円程でプレイ出来る。

 問題は――トカレストストーリーの人気が、サブゲームなどに集中していることだ。完成度たるや絶賛の嵐。いくら課金しても惜しくない、そんな声も聞く。


 正にファンタジー、幻想的な世界。

 実際あるようなシミュレーション、戦闘の体験。

 敵味方に分かれての王都攻防戦や貴族の生活、中世の体験。


 ミニゲームには現実世界のプロ達まで参戦しているという。スポーツや頭脳スポーツ、その道の専門家が世界中から集まり遊んでいるのだから見学だけでもお金を払う価値はある。

 一つ一つのシナリオが魅力的で、難易度すら選べる。自分が遊びたいもの、体験したいもの、見たいもの、なりたいもの、生きたい世界、そしてルール……選び放題だ。そこにはあらゆるものが揃っている。現実を模した仮想空間に、独立したゲームが勢揃いしているのだ。


「現実を超えた現実、夢の世界へようこそ」


 いや既に、現実を超えてしまっているのかもしれない。現実を飲み込み、巻き込み、トカレストストーリーは肥大している。

 一方メインストーリーは……過酷、理不尽、悪夢、意味不、地獄。

 その理由も私には分かる。オレンジジュースをジョッキで注文してから、口を開く。


「そりゃ課金させたいのは分かるさ。いくらかけたらこんなゲームつくれるんだ。完全に現実と変わらない。だって今ここにいる私は完全に私だよ? 大手のだってここまでの完成度じゃなかった。だから選んだんだけどさ……いくらなんでも過酷過ぎるんだよ……」

「まあなあ、そこなんだ。課金させたい、それは分かる。あくどいなあと思いつつもみんな夢の体験に湯水のように金をつぎ込む。ただゲームの体裁ってのがあって、メインストーリーは金取れない。買った時点で遊べる仕様じゃないと法的に問題が出る」


 そう言って、近藤はうんざりした顔を浮かべる。もうジョッキは空で、ちょっと傾いている木製テーブルは滴で濡れていた。彼は追加の注文をし、向き直る。


「ゲームとしての体裁と折り合い。シンプルなネトゲには法的な縛りが出来上がってる。色々問題あったからな。けど仮想現実、VRMMORPGにまで発展すると法律が追いついてない。明らかに法整備が遅れてる。だから今はグレーゾーンなやり方が結構あるんだよ。んでこのザマだ」


 それだよ、だからこいつらわざと難易度を上げての理不尽仕様にしてやがるんだ。ゲームとしての体裁は一応整えた。けど実際は無理難題の雨あられ。けどサブゲーム派にはなんの関係もない。不満を持つのはメインストーリー派だけ。つまり、つまり製作運営はこう言いたいのだ。


「メインなんてやめて、サブゲームやって課金しろ――だが断る!」


 私は拳を固め断固主張した。断固たる決意、そこには断固たる決意がある。週刊誌なのに頻繁に休載し、やっと掲載かと思ったらネームみたいなラフ画を載せる漫画家とはわけが違うのだ。私の決意は決して決して揺るがない! ――ってちょっと力入れすぎた。はぁーっと力を抜き、丁度届いたオレンジジュースで喉を潤す。そんな私の姿を見て、近藤はいたって簡潔に問うてきた。


「それ結論?」

「あのさ、私中学生だよ? 五百円でも痛いんだよ! それにメインストーリーだって悪くないじゃない。私、何度も観戦モード見てこのストーリーを追うか本気で考えた。ほんと悩んだ。結論は二つ、追うか、もうやめるか!」


 追加のビールっぽいドリンクを受け取って、近藤はぐいぐいと飲んでいる。それから一息ついて、水を向けられた。


「で、どっち」

「条件がある。それ次第」


 これ言いたくないんだ。でも言うんだ、だから来た。近藤が年上であろうことは想像がついていた。一個違いなのは計算外だけど、上なのは間違いない。それに、攻略情報持ってる理由も今なら分かる。そんな私を尻目に、近藤は意表を突くような言葉を返してきた。


「ただこれは入り口の話ね。出口はその話じゃない。全部聞いた上で、ゆっくり考えて欲しいんだ。時間はたっぷりあるし」


 近藤は意味深な顔をしている。少し困ってるようにも見えるし、近藤自身が思案しているようにも見える。けどなんだ、何が言いたいんだ。大体分かってるけどさ。ああそうさ、お化け屋敷で大体分かったさ!


「こっから明確に境界線がある。きれいに分かれる、分岐してる。こっからの難易度は言うまでもないよな」


 手で二つの方向を指し示し、境界線を意識させている。けどさ、これ難易度か? ホラーとか難易度の問題じゃないぞ! ありゃ一体なんなんだ! そんな私の怒りに、近藤は冷静に対処した。


「どんな理不尽があっても進めるのか、そういう話」

「そうさ、こないだのはその下見でしょ。覚悟を問うための。分かってる。でも先に聞かせて、どっから攻略情報仕入れてる」

「メインストーリーやってる知り合い。リアルに友達」


 あっさり吐いた。表情になんのてらいもない。そっちも覚悟の上か。でもまあだろうね、そんなこったろうと思った。とにかくやったことがある人間でないと知らない情報を持っている。簡単なことだ。


「けど廃人。リアルに廃人入ってる」

「え?」


 近藤はジョッキを見つめながら、溜め息のように零した。


「条件出されてさー参ったんだ、メインストーリーを追いかけるなら教えてやる。で小出し。試されてる感がして疲れる。けどまあ事実ばっかだからありがたいっちゃあそう」

「廃人……なの?」


 私の問いに対し、近藤は見上げるようにして考えていた。


「うーん、廃人モードだよなあ。いや本人とも話したんだが親御さんとも話してなあ、なんとかしてくれと言われた」

「完全にぶつかってるじゃない」

「そうなんだ。でもこの難易度が曲者でさ、攻略意欲かきたてられる奴がいる。あいつ課金するような奴は軟弱な屑だと言ってたから、それなんだ」


 えー……ストーリーにはまったのかなあ。じゃあ同じだ。でも私は廃人じゃない。攻略意欲、うーん難しいのは正直嫌だ。


「止めてやりたい。けど学校じゃほぼ無口。ゲームのメッセージでやり取り状態になってしまった。こうなるともういっそクリアして終わらせてやりたい。仲よかったんだ、ほんと」


 そうなんだ……。近藤そんな事情があって……じゃあ好きでやってるわけじゃ……ううん、でも話してくれてありがとう。私は感謝と謝罪の意を込め頭を下げた。


「やめろよ、対等だろう。自分で言っといて」

「そうでした」


 でも腹割ってさ、対等に話してくれたお礼の意味も含まれてるんだよ。頭ぐらい下げさせてよ。少しはにかんで、心の中でそう呟いた。

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