第二話:リアルに対等な関係
荒野には何故か敵の姿が見えなかった。助かるけれど不思議な話だ。ただただ荒涼とする荒原に、私達二人だけ。なんか世界に二人しかいないみたいで、ザラザラとした気持ちにさせられる。私は不安を誤魔化すように、話しかける。
「で、なんであんな強くなったの。飛び降りても平気だったよね」
私を担いで飛び降りろって話だがまあいい。単純な疑問だ。それに今は会話がしたい。近藤は随分疲れてるみたいだけど。
「はあ……風林火山。意味分かるよな」
「武田信玄のお旗。動かざることピザデブの如し」
「……ピザはともかく常識だな。元は孫子の兵法からきてる。戦闘センス自体を上げるスキル。で、疾風迅雷はスピードアップ。質実剛健はメンタル強化。水戸ナチオは、自分なりの努力って意味で守備力アップ」
そっか、ほんとはカテナチオが欲しかったんだよね。
「鍵をかける、かんぬきだったかな。サッカー用語だ。まあでもポイント足りなくてダメだった。でも大事なのは、リミッターアンロック。これだ。これはやばい、自分が怖いね」
限界を超える? いや外す? 鍵を外す仕草をしてみる。
「大体合ってる。人間には肉体に負荷がかかりすぎないよう抑制する機能がある。あらかじめ限界を超えないように組まれてるわけだな。筋肉がさける、骨が折れる、んなこと避けるためだろう。それを外した。つまりナチュラルドーピング」
インチキやったに等しい。なるほど。それであんなに無理な動きが……しかも躊躇いなく。
「結果はご覧の通り。ただし、一万あったスキルポイント全部つぎ込んだ」
「一万っ!」
思わずも大声を出してしまった。敵いたらどうすんだと注意される。さーせん。でも多分いないと思う。
「お前がストーリーにのめり込んでる間、俺は戦ってただろう。まあ最初は辻斬りっぽく出来たけど、途中からタコ殴り状態で最後はフルボッコされてた。お陰かどうか、スキルポイントわんさかでなあ」
そっか、防御してもスキルポイントは貯まる。いやあそんなことが起きてるとは。めでたいですなあと、とりあえずの笑顔で誤魔化す。
「眼球野郎の時の余りも随分あったしそれでだな。命拾いしたんだか、必然なんだかよう分からん」
まったくだ。すげえ強くなってこっちがびっくりだよ。
「未知の体験だったよ。ただ、気付いてないみたいだけどレベル上がったぞ、俺ら。もう倍スキル無効な」
トントンと、自分のステータスパネルを叩いている。
私は自分のステータスパネルを開いた。
「13もある……五つ上がったんだ」
「五つですんでよかった。姫がいたら、これじゃすまないだろうな」
ああ! そうか、その可能性もあるってかそれが普通なんだ。
「近藤、姫と一戦交える、これが普通なんだよね。それが嫌だからあんな芝居がかったことしてたんだよね?」
「当然。それを避けるためにおっさん奮起させてたんだ。考えてみろ、死霊の群れにあの姫がいたらどうだ」
さすがに……無理くさいかもしれん。首を振る。ない、怖い。姫超打たれ強い。
「俺は万全の状態で考えてどうだ」
辛い。それでも辛いと思う。
「つまり実質難易度下げて転職証ゲット。ただし、転職証は佐々木のファインプレーかな。俺はおっさんがやってくれるとなったらそれで良かった。そこからまだ踏み込んであの姫の心に食い込むお前は凄い。多分、そのボーナスだと思う」
それでかー近藤、負けでいいって。私はポンと手を叩いた。
――次のエリアへと進む前に注意点二つ。闇夜に浮かぶお化け屋敷の前で近藤が言ったこと。
「武器外せ。戦闘は一切しない。疲れたのもあるけど物壊すな。弁償とか言われる。もう一つ、よく考えろ。ここが分岐点だ。ゲームじゃない、リアルな分岐点だ」
何を大層な……さてはこれが「お礼」って奴だな。
言われたことを頭に入れ、警戒しながら私はお化け屋敷に入った――
下見を終え、出てくるやいなや私は怒鳴り散らした。
「何してくれてんだこのボケマジ最後の最後にこんなもん見せやがって!」
「ホラー耐性ないとダメって言っただろ」
「ホラー超えてるでしょ!」
「次、連休にな。それまでに答えだせ。言いたいことまとめとけよ、んじゃお休み」
近藤はそう言ってログアウトした。私も続いてログアウト。憤懣やるかたなしって具合だが、トカレストストーリーから一端離れることになった。
――その晩、眠ったことは間違いない。ただ目覚めは異様に悪かった。悪夢もあったが、近藤の言うリアルな分岐点の意味を噛み締めざるを得なかったからだ。
土日の連休まで二日あった。私は観戦モードを繰り返して見た。お化け屋敷ではない、ガルさんと姫との物語。メインストーリーを繰り返し見た。ガルさんのややこしい事情も頑張って把握した。
正直、近藤がどんな話をするのか検討はついている。隠していることも大体分かる。何故あんなお化け屋敷を下見させたのかも分かる。それでも答えは変わらない。ただ、ログインする勇気が湧いてこない。約束の時間になっても、私は部屋で一人じっとしていた。
少し遅れて行くと、既に近藤はログインしていた。
酒場でビールテイスト飲料を飲んでいる。私はゆっくりと近づいていく。疲れはもう取れたけど足が重い。いや、気持ちが重いのだ。近藤が私を見つけこっちだと手招きしてきた。もう、戻れない。戻らない。意を決し、どかっと近藤の目の前に腰かけ気合いで言い放つ。
「近藤、リアルに対等な話がしたい。それが出来ないのなら、聞きたくない」
ジョッキを口につけたまま、近藤は怪訝な顔を浮かべたが軽く頷き応じてきた。それを確認してからも、私は今一度確かめた。
「そっちが言いたいことは分かる、分かってる。分かった上での、話し合いなら受ける」
「それでいいけど、どした」
「私は佐々木加奈。本名だ。嘘偽りない」
私は本気だ。ここにいるのは自分自身。そしてその自分と対等に話して欲しい。近藤は一瞬だけ目を細めたが、答えた。
[近藤和一。声出さなくていい]
「最後はひと、それともいち?」
尖った声で尋ねると「いち」だと小声が返ってきた。
ここからはチャットでやり取りする。
[私は十五歳]
[十六]
[中学生]
[高校生]
これは必要なやり取りなんだ。近藤にそれが伝わっているかは分からないが、私には大切だった。そんなやり取りを終えての近藤の感想は案の定だった。
「ガキだな。の割りにでかい」
やかましい。
「年下にスタイルどうこう言ってた自分が恥ずかしいよ」
「どうでもいい。年とか関係ない」
そうだな……と近藤は呟いてジョッキを置いた。
ここからは本当は話したくないことだ。でも話さないと進めない。避けられない、分かっている。私は確信を持って切り出す。
「近藤が言いたいのは、リアルにお金の話だよね」
「正確には課金だな」
やはりそうだ、課金。これが問題なんだ。リアルに対等な関係。本音で語り合わなければならない、どうしようもない現実だ。




