第一話:分岐点
終わった。私達の物語はここに終わった。ガルさんがチートで魔王を始末。姫と分かり合い、王国は元通り。ああ、いいお話だった。私すっかりはまったよ。長かったなあ……。
荒野にはドラゴンの死骸。私はドラゴンを切り刻み、血路を開き死線を乗り越えここまでたどりついた。旅は――ここに終わりを迎えた。漂う死臭すら、心地よい。何もない荒野は全ての終わり、無を意味するのだろう……私は勝った、かちまんた!
隣の役立たず、足を引っ張り続けた近藤もこの長さにはくたびれたらしい。
「あー長いダンジョンに長い話だった。死にかけたし。さって、次がいよいよ本格的正念場だなー」
……なん、だと?
「佐々木、お前の勝ちだ。賭けはお前の勝ちでいい」
まるで爽やかな好青年のような顔で振り向き、近藤は私を見ている。何この役立たず、さっきまでゾンビかと思ってたのに。けどいやほんと、なんのことだろう。だいぶ何言ってんのか把握出来ない。もう終わったよ、このゲーム。
「ん? いいなら別にいいけど、覚えてない?」
賭けとか超俗っぽい。王国の内情考えてみなさい。あなたも少しは大人になって、他人のために働くということを考えろ。大体そんな話……して……たな。
「え? 私の勝ちでいいの!」
驚いて、自分を指差し目を剥いた。
「基本引き分け。と言いたいところなんだけど、この転職証はでかい。それに深すぎるストーリーにも関われた。挙句これ、やっぱ本格分岐だな。大したもんだ、俺の負けでいいよ。質問すれば基本なんでも答える」
潔いー! 大人になったな近藤! と肩をバンバン叩く。
近藤はあからさまに不快な顔を見せたが、すぐに口を開いた。
「ふんっ。ただし次のエリアにはすぐ行く。ちょっとだけ体験して、今日は終わりだ。それが条件」
不敵な笑み。なんだ近藤、何を企んでいる!
「疲れた。酷い目に遭った、誰かさんのせいで。けどそのお陰でとんでもないものを手に入れてしまった。礼がしたい、それだけだ」
絶対嘘だ。こいつ、一体何を企んで……私は警戒心をマックスに高めた。
――ガルさんが回復してくれたけど、疲れているのは何故だろう。そう零すと「リアルで疲れてんだろ」と近藤が言った。そうか、結構な時間ゲームしてるもんね。休んだ方がいいか、リアルに。
二人してただ歩く。荒野だ、荒れていて何もない。また荒野か……自然が恋しい。恐喝ではなく交渉した町長のいる港町すら懐かしく、残念ホンダさんのどすこいがまた聞きたくなった。疲れもあって気分は沈むが、それより近藤の企みが気になる。まんまとはめられては沽券に関わるではないか。探りを入れるのに何がいいか考えたが、あえて直球を投げてみた。
「次って何? 覚悟が必要なんだけど」
「ああ、ホラーエリアだ。お化け屋敷は好きか?」
案外あっさり打ち返す。ホラーかあ、別に嫌いじゃないけど、遊園地自体そんなに行く機会がなくなった。でもホラーはさっきもそうだったぞ。「違うか?」と尋ねると近藤はほぼ全否定するように言った。
「あんなもん雰囲気がそうなだけ。次がお化け屋敷。本当のホラー耐性が問われる」
ふーん、ホラーねえ……ゾンビ犬が急に飛び出してきたり? さっきの近藤の方がよっぽどホラーだったけどなあ。ここで私は質問、と手を挙げた。
「とんでもないものって何? 本格分岐って何さ。あと、一体どんなスキル身につけたらああなるの?」
少し間が空いて、近藤は冴えない目をこちらに向けた。
「疲れてるな。あんま頭働かない。ええっと、とんでもないってのは転職証。ヴァルキリーはえげつない。驚いたぜ、ここで手に入るなんて」
「そんな凄いの?」
「万能型最高位のジョブ。そもそも強いし、挙句にレベル上げに最適。勝ったとか言いたくなるほど、美味しい」
勝った。そう言って、私は拳を突き上げる。
「それ女性専用ね。ホワイトナイトもいい。ヴァルキリーには劣るが中堅上位。レベル上げにもってこい。回復魔法も使えるし、接近戦は超強い」
「おー。やったね。ヴァルキリーは実際の性別反映されるのかな。詐欺ってると、なれないとか?」
それは知らないが、ありそうと近藤は呟いた。まあ、私には関係ないのでいいや。今すぐなりたいぐらいだ、そんなに強いなら。
「まあ待て。一枚しかないんだ。アーチャーだって強いのは間違いないんだし、大事に使おう。あとホワイトナイトは女もなれる。良かったな」
うん、両方寄越せ。
「本格分岐は……ああだるい。玉座の間での話だけど、多分選択肢、ルートは三つあった。一つは問答無用のバトル、素直に姫退治。これで姫ともガルさんとも縁が切れる。
次はガルさん参戦。この場合、姫は殺されるか捕縛される。これだとガルさんとだけ縁は続く。
最後が姫リッチ化、ガルさんと対決での追走ルート。ちなみに姫がリッチ化したの、お前のせいな」
なんで! 私は必死になってお姫様を助けようとしてたんだぞ! 何言ってんだこいつ!
「佐々木ーあれは説得であり、同情であり共感だ。確かにあれでストーリーは深まった。けど傷口えぐり続けてたのも事実だろ。まあでもよくやったよ、お前は知らない内に人を傷つけるプロだな」
い、言われてみれば……姫の気持ちが知りたくて知りたくて、助けたくて助けたくて、おもいっきり他人の心に土足で踏み込んでたかもしれない……。いやだってなんの説明もないまま「婚約者同士が殺し合い」始めたら誰でも止めようとするでしょう……なんでこうなった!
肩を落としマジへこみする私に「いやいや半分ジョークだし、AIだから気にすんな」と近藤は疲れた笑みで付け足す。でもさ、仮想現実の世界じゃAIも人間と変わらないよ……。そんな私にお構いもなく「んがあ」と声を上げ近藤が伸びをした。
「ま、ありゃあ本格分岐だろうな。同じ世界にいても他の奴らとは微妙にずれがある。どういう形かまでは分からないけど、どうもそんな気がするね」




