最終話.私達の物語
「これ以上の例外は存在しない。どうしてあなたはーー」
「最後なんだ。これが最後、私はこの世界を去る」
言葉にして、改めて実感する。
そう、私の戦いはこれで最後。
私はもう戦わない。
意図を知り、ロウヒが寂しさを漂わせる。
別れを告げたその事実は、私だって理解している。
「これ以上は無理なんだ。ダメだ、私はここにいちゃいけない」
「誰もそんなこと言ってないわ」
「言われたよ? というのは冗談。私、これ以上ゲームしちゃいけない状況なんだよね。もう余裕がない」
「どうして……そんなこと、あなたは最強よ」
「ありがとう。でも私は、人としてもっと強くならないと。私は、私はあいつの傍にいたい」
聞かれてるかな……いいや、聞かせよう。
「私の気持ちは変わらない。あの人は、あいつは本来ここにいない。ずっと前にやめてるはずだった。でも私の為に戻ってくれた。お膳立てまでしてくれて、お陰でみんなクリア出来そう」
無茶苦茶だけど、無茶を通すあいつが好きだ。
言葉にしたいけど、顔を見て伝えたい。
自信はあるんだ……容姿だけは。
性格だってあいつの好みだと、そのはずだし。
ずっと、あいつに誉められていた。
あの時私が、どれだけ自信を持てたか。
儚げなロウヒが一転、頬膨らませた。
「恋愛を取ると言いたいわけね……」
「さあ、なんのこと」
「恋愛相談もなく、いいようにされたらどうするの」
「そんな奴じゃない」
「あいつただの暗殺者よ」
「足洗ったよ?」
「逃げただけ」
「逃げ足は速くないとね。私達は辻斬りで、通り魔だから」
懐かしい、全てが遠い過去に流されていく。
人生はきっとその積み重ね。
いつの時代も、時の流れは変わらない。
なんて残酷で素晴らしいんだろう。
「止めても無駄なのね……」
「ユーザーを引き留めるなら、戻って来る何かを用意するべきだね」
「今すぐ取りかかるわ」
「決断が早いね。でももう遅い。私はもう変わらないし、私達はもう行くよ」
ね、私の相棒。
項を垂れるロウヒが気の毒で、思わず手を伸ばしそうになる。
でも、それは出来ない。
「次は彼氏連れて来るよ」
「ロクでもない。男連れでヴァルハラは入店禁止よ」
「あれお店? もう、私の幸せを願って欲しいのに」
「願うわ。だから、真っ直ぐクリアーー」
指を立て、制する。
「もう遅い。私は止まらない。次のステージが待ってる。学生なりに思うところは色々なんだ」
差し当たってはクリスマス、それからお正月。初詣一緒に行けるかな。年が明けたらバレンタイン。仕方ない、高めなチョコレートを用意しよう。お返しは当然倍返し。
「幸せを祈って。あなたも私に構わず次のプレイヤーを見てあげて。人が入れ替わるのは仕方ないよ」
「でも、きっと誰も来ない」
「人が増えるように工夫するんだよー泣き言言わない!」
全く、それでも神なの。と笑ってあげる。
「行くよ。きっと勝つ。仕組みになんて負けない。システムなんてぶち壊す。それが私のトカレスト。我に秘策ありだよ」
ロウヒはもう何も言わなかった。
明瞭な存在となった女神はもう、私を引き留めたりしないだろう。
お互い伝えることは伝えた。
そっと抱き合い、別れの挨拶とする。
「じゃあね。いつまでも忘れない」
「ええ、いつまでも。いつでも待っているわ」
涙目のロウヒなんて初めてだ。
ダメだ、飛び立とう。
私達に湿っぽい別れなんて必要ない。
ーー飛び立つ私に、ロウヒとクピドが手を振っていた。二人には感謝しかない。だけど振り返らない。
さあ行こう、私の戦場へ。
私達が創り上げた戦場へ。
「近藤、聞いてた?」
「さて、なんのことかな」
「聞いてたなー不謹慎だぞ」
「しょうがないだろ。俺は相棒なんだから」
そりゃそうだけど、空気読め。
風が通り過ぎていく。
空高く、颯爽と飛ぶこれとももうすぐお別れだ。
トカレストの空は青く澄んでいた。
どこまでも広がる世界は終わりなく続いている。
世界の果てに、行ってみるのもよかったかもしれない。
でも私はそうしなかった。
私の戦いは、私の目的はたった一つ。
「分からせる、ガルバルディを。自由の意志は、あなたが一番求めるもののはずだ」
吸い込まれそうな空を滑空し、ハッキネン達の元へと向かう。
「相棒、敵はいずこにやあらん」
「お前の向かう先だよ」
「勝算は?」
「一かな。豆腐より堅い俺がいて、まあそんなもんだろう」
「充分。一引けばいいだけだよ」
過酷な旅もこれまでだ。
ここまで続けて来られたのも、あなたのお陰。
「近藤、なんかアドバイスある?」
「うん? そんなもん、愛の告白を奪われた俺に聞くなよ」
そりゃ失敬……って、
「撤回してもいい?」
「ダメだ。受け取るから返事聞きに来い」
厳しい。空は青いのに、私は真っ赤に染まっている。
いい空だ。いい世界だ。
いい出逢いと、いい別れ。
さあ、最後の決別宣言を突き付けに行こう。
私の敬愛する男が待っている。
私の大切な友達が待っている。
物語に終止符を。
終わらない物語なんて存在しない。
私が決めたそれだけが、終着点なのだから。
広大な世界をこの身に感じ、今私はどこまでもいつまでも飛んでいたい。
これは私の物語。
そしてあなたの物語。
決意と共に空が遠退く。
地上はもうすぐそこだ。
仲間達が、全てを破砕せんとする仲間達が待っている。
全てが終わっても、きっとどこかで私達は戦い続ける。何かを求め私達は飛び続けるだろう。
世界のどこか、未だ私も知らない場所で。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
足掛け十年、トカレストストーリーはこれにて完結です。
ここで終わる理由については、後日エッセイなどで記したいと思います。
十年分の感謝を。また違う物語でお会い出来れば幸いです。




