28.あなたの知らない物語
ラスボスを利用し、トカレスト最強の存在ガルバルディを倒す。
この作戦は何も思いつきで始めたことではない。近藤が始めた攻略から、既に導かれていた。近藤が私の立場なら、同じ選択をしていたと断言出来る。
戦場は遥か遠く、これまでの道のりを表すかのようだ。
初めはもっと気楽な遊びだったのになあ。
思い出すと自分の変わりように驚くほどだ。
あの時私は若く、呑気な中学生だった。
みんな怒るかな。なんて不安はもうない。強制ソロの前提をぶち壊したんだ。感謝されても文句を言われる筋はない。
敵だらけだった私に味方してくれた彼ら。過酷な条件を突き付けることになるが、それを乗り越えてこそ最強の称号に相応しい。
トカレストは伊達じゃない。
VRMMOの世界は、誰かの選択が自分に影響する現実世界と変わらない。
宣戦布告、決別のタイミングを誤ってはならない。
ラスボスが追い詰められてからが本番だ。
それまで私は、ラスダンと冥府からの帰還者として振る舞う。
ーー私は帰ってきた。まだ戦えると。
[近藤、私間違えてないよね]
[今更どうした。詰んだと思ってたんだろう。ここまでくれば上出来だよ]
[一緒に戦ってくれるって約束、私忘れてないから]
[懐かしいねえ。豆腐よりは堅い。やるだけやってやる]
よかった。そう、近藤は強い。きっと戦力になる。
あなたと一緒に戦いたい。
あなたと私で、切り開いた道なんだから。
大丈夫、計算は成り立っている。
ーー無理よ。
ん? 空耳か?
ーー加奈、やめなさい死ぬわよ。
[近藤、聴こえる?]
[何が?]
ハッキネンもザルギインも、クロスターも反応しない。女性の声。聞き覚えがある。
この声すらも懐かしい。
私には懐かしの出来事ばかりだ。
「少し離れる。すぐ追い付くから先行ってて」
三人に告げ空を舞う。
「聴こえる。久しぶりだね」
「聴こえるも何もないわ。全て見ていたわよ」
「あれ、近いね。クピドがいるのかな。それともレイス?」
すぐ傍にクピドがいた。
「懐かしい。見張ってたの?」
「知らん。ロウヒ様直々に話したいそうだ。私を介せ」
クピドはそれだけ告げ、白い何かに変化した。
深紅のヴァルキリーではない何か。
ぼんやりとしたその姿は、はっきりと見て取れない。
「何、ロウヒに迷惑はかけないよ」
「もうかかっているわ。せっかく目をかけたのに、どうしてあなたは自滅へと進むの」
「そんなあ、見張ってたとは思わなかったよ。さすが個人情報の神だね。別に何もしないって」
白い何かは私と共に飛び続け、揺らめいている。
「クリアしたいんじゃないの」
「するよ。ガルさん倒してクリアする」
「真っ当にクリアして、皆を見返すのではなくて?」
「そんなこと考えてないよ。楽しみ方にケチは付けない。恨まれて憎まれても、私はやり方を変えないだけ」
「最初のクリア達成者、それがあなたの望みでなくて」
「それはお前の希望だろう」
熱を込め冷たく指摘すると、白い何かは赤く瞬いた。
「誰がために手を差しのべたか、自覚がないようね」
「多くのユーザーの為。トカレストプレーヤー全般。そこに私は含まれてる?」
「当然でしょう」
「残念、見当違い。私の望みは一貫してる」
「ラビーナのことならーー」
「クリアしたら何が起きるか分からない。聞いてたでしょ」
「何も起きないわ」
「嘘、確約出来るの?」
「手を打ってもいいわ」
「必要ない。私が助ける。分からせて、私達は自由を得る」
最強を名乗る者が、個人情報の神に救いの手を伸ばす理由はない。
「無理よ。成功しない」
「だったらザルギインもクロスターも、同意しない」
ロウヒほどでなくとも、あいつらだって特別だ。勝算はある。
「蜘蛛の糸は存在しないわ。私が阻止してもいいのよ」
「レイスが、だろう。阻止するなら、それは成功の道があるって証明。ねえロウヒ、何が言いたいの?」
飛行をやめ、地上に降りる。大丈夫、ハッキネン達の居場所はそう遠くない。
降り立つと、ロウヒを模した女性が現れた。白く淡いドレスを身にまとい、冷めた目で私を見つめている。
「久しぶりだね。いつ以来だろう」
「あなた困ったら私を頼っていたわ。男に乗り換えたみたいだけど、今のあなたがあるのは誰のお陰」
「私。私の努力と根性値。でなきゃこんなゲームやってらんないよ」
「道は開けた、クリアはすぐそこよ」
「ガルバルディを殺す最後のチャンスでもある。ごめんねロウヒ、いいヴァルキリーじゃなくて」
私のヴァルキリーは当初、ガルバルディの戦乙女だった。騎士団の転職証を使い低レベル攻略を進めた。とんだイカサマ、チートジョブである。
それが途中、地下都市の戦いでヴァルハラへと招かれ、ロウヒのヴァルキリーとなった。言わば宗旨替えだが、このゲームに信仰は存在しない。
ヴァルハラはあっても、ロウヒは個人情報の神。いや正しくは、
「フィンランドの神話。カレワラの大魔女、あなたがなぜヴァルキリーの面倒を見るのかは、まあオーディンがいないからだよね」
小鳥を追ったまま帰って来ない戦乙女の神。全く、どこまでもふざけてる。
「勝てないわ。そういう仕組みなの」
「それを壊すのが私達の目論見。黙って見守るのが、神としての在り方だよ」
「命が惜しくないの?」
まさか! 惜しい命ならラスダンで捨てた。
あんな博打をしておいて、今更惜しいものなどない。
「死ねば全てを失うわ。また一からやり直し」
「それはないよ。もうやり直さない」
「あなた……」
ロウヒの顔が曇る。NPCの感情まで読み取る私は、やはり根っからの物語好きらしい。
「もう終わりなんだ。結末を見届けて。私は戦って全て終わらせる」
「端から勝つ気なんてないのね」
「さあどうだろう。私には頼りになる仲間がいる。ラスボスがいる。覇王ザルギインがいる。死霊を操るクロスターがいる。北欧のサムライがいる。近藤もいる」
何より、
「私とラビーナを舐めちゃいけない。トカレスト最強プレーヤーと、六英雄の仲間を塩漬けにした腐霊術師。これだけ揃えば、可能性の目は潰えない」
あれは別ルートのラビーナだけど、今のラビーナだって負けてはいない。悪魔染みてはいないけど、技術は確かだ。想いならずっと上。
そんな私を否定するよう、ロウヒは言葉を紡ぐ。
「そういう仕組みになっていないの。彼は本来、あの場にいてはいけない存在」
「知ってる。知ってて、近藤が引きずり出した」
ロウヒから表情が消えていく。それでも機械的にならない彼女を、私はある種愛おしく思った。




