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トカレストストーリー  作者: 文字塚
延長戦:だったら壊してしまえばいい
224/225

28.あなたの知らない物語

 ラスボスを利用し、トカレスト最強の存在ガルバルディを倒す。

 この作戦は何も思いつきで始めたことではない。近藤が始めた攻略から、既に導かれていた。近藤が私の立場なら、同じ選択をしていたと断言出来る。


 戦場は遥か遠く、これまでの道のりを表すかのようだ。

 初めはもっと気楽な遊びだったのになあ。

 思い出すと自分の変わりように驚くほどだ。

 あの時私は若く、呑気な中学生だった。


 みんな怒るかな。なんて不安はもうない。強制ソロの前提をぶち壊したんだ。感謝されても文句を言われる筋はない。


 敵だらけだった私に味方してくれた彼ら。過酷な条件を突き付けることになるが、それを乗り越えてこそ最強の称号に相応しい。

 トカレストは伊達じゃない。

 VRMMOの世界は、誰かの選択が自分に影響する現実世界と変わらない。


 宣戦布告、決別のタイミングを誤ってはならない。

 ラスボスが追い詰められてからが本番だ。

 それまで私は、ラスダンと冥府からの帰還者として振る舞う。

 ーー私は帰ってきた。まだ戦えると。


[近藤、私間違えてないよね]

[今更どうした。詰んだと思ってたんだろう。ここまでくれば上出来だよ]

[一緒に戦ってくれるって約束、私忘れてないから]

[懐かしいねえ。豆腐よりは堅い。やるだけやってやる]


 よかった。そう、近藤は強い。きっと戦力になる。

 あなたと一緒に戦いたい。

 あなたと私で、切り開いた道なんだから。

 大丈夫、計算は成り立っている。


 ーー無理よ。


 ん? 空耳か?


 ーー加奈、やめなさい死ぬわよ。


[近藤、聴こえる?]

[何が?]


 ハッキネンもザルギインも、クロスターも反応しない。女性の声。聞き覚えがある。

 この声すらも懐かしい。

 私には懐かしの出来事ばかりだ。


「少し離れる。すぐ追い付くから先行ってて」


 三人に告げ空を舞う。


「聴こえる。久しぶりだね」

「聴こえるも何もないわ。全て見ていたわよ」

「あれ、近いね。クピドがいるのかな。それともレイス?」


 すぐ傍にクピドがいた。


「懐かしい。見張ってたの?」

「知らん。ロウヒ様直々に話したいそうだ。私を介せ」


 クピドはそれだけ告げ、白い何かに変化した。

 深紅のヴァルキリーではない何か。

 ぼんやりとしたその姿は、はっきりと見て取れない。


「何、ロウヒに迷惑はかけないよ」

「もうかかっているわ。せっかく目をかけたのに、どうしてあなたは自滅へと進むの」

「そんなあ、見張ってたとは思わなかったよ。さすが個人情報の神だね。別に何もしないって」


 白い何かは私と共に飛び続け、揺らめいている。


「クリアしたいんじゃないの」

「するよ。ガルさん倒してクリアする」

「真っ当にクリアして、皆を見返すのではなくて?」

「そんなこと考えてないよ。楽しみ方にケチは付けない。恨まれて憎まれても、私はやり方を変えないだけ」

「最初のクリア達成者、それがあなたの望みでなくて」

「それはお前の希望だろう」


 熱を込め冷たく指摘すると、白い何かは赤く瞬いた。


「誰がために手を差しのべたか、自覚がないようね」

「多くのユーザーの為。トカレストプレーヤー全般。そこに私は含まれてる?」

「当然でしょう」

「残念、見当違い。私の望みは一貫してる」

「ラビーナのことならーー」

「クリアしたら何が起きるか分からない。聞いてたでしょ」

「何も起きないわ」

「嘘、確約出来るの?」

「手を打ってもいいわ」

「必要ない。私が助ける。分からせて、私達は自由を得る」


 最強を名乗る者が、個人情報の神に救いの手を伸ばす理由はない。


「無理よ。成功しない」

「だったらザルギインもクロスターも、同意しない」


 ロウヒほどでなくとも、あいつらだって特別だ。勝算はある。


「蜘蛛の糸は存在しないわ。私が阻止してもいいのよ」

「レイスが、だろう。阻止するなら、それは成功の道があるって証明。ねえロウヒ、何が言いたいの?」


 飛行をやめ、地上に降りる。大丈夫、ハッキネン達の居場所はそう遠くない。

 降り立つと、ロウヒを模した女性が現れた。白く淡いドレスを身にまとい、冷めた目で私を見つめている。


「久しぶりだね。いつ以来だろう」

「あなた困ったら私を頼っていたわ。男に乗り換えたみたいだけど、今のあなたがあるのは誰のお陰」

「私。私の努力と根性値。でなきゃこんなゲームやってらんないよ」

「道は開けた、クリアはすぐそこよ」

「ガルバルディを殺す最後のチャンスでもある。ごめんねロウヒ、いいヴァルキリーじゃなくて」


 私のヴァルキリーは当初、ガルバルディの戦乙女だった。騎士団の転職証を使い低レベル攻略を進めた。とんだイカサマ、チートジョブである。

 それが途中、地下都市の戦いでヴァルハラへと招かれ、ロウヒのヴァルキリーとなった。言わば宗旨替えだが、このゲームに信仰は存在しない。

 ヴァルハラはあっても、ロウヒは個人情報の神。いや正しくは、


「フィンランドの神話。カレワラの大魔女、あなたがなぜヴァルキリーの面倒を見るのかは、まあオーディンがいないからだよね」


 小鳥を追ったまま帰って来ない戦乙女の神。全く、どこまでもふざけてる。


「勝てないわ。そういう仕組みなの」

「それを壊すのが私達の目論見。黙って見守るのが、神としての在り方だよ」

「命が惜しくないの?」


 まさか! 惜しい命ならラスダンで捨てた。

 あんな博打をしておいて、今更惜しいものなどない。


「死ねば全てを失うわ。また一からやり直し」

「それはないよ。もうやり直さない」

「あなた……」


 ロウヒの顔が曇る。NPCの感情まで読み取る私は、やはり根っからの物語好きらしい。


「もう終わりなんだ。結末を見届けて。私は戦って全て終わらせる」

「端から勝つ気なんてないのね」

「さあどうだろう。私には頼りになる仲間がいる。ラスボスがいる。覇王ザルギインがいる。死霊を操るクロスターがいる。北欧のサムライがいる。近藤もいる」


 何より、


「私とラビーナを舐めちゃいけない。トカレスト最強プレーヤーと、六英雄の仲間を塩漬けにした腐霊術師。これだけ揃えば、可能性の目は潰えない」


 あれは別ルートのラビーナだけど、今のラビーナだって負けてはいない。悪魔染みてはいないけど、技術は確かだ。想いならずっと上。

 そんな私を否定するよう、ロウヒは言葉を紡ぐ。


「そういう仕組みになっていないの。彼は本来、あの場にいてはいけない存在」

「知ってる。知ってて、近藤が引きずり出した」


 ロウヒから表情が消えていく。それでも機械的にならない彼女を、私はある種愛おしく思った。

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