13.広がる景色は4
見えないものを見ている、という光景を目の当たりにして人はどう反応するだろう。「私、幽霊が見えるんだ」と言われた時、或いは「今見えてる」と言われた時。私は「付き合い方を考え直そう」と思ってしまう性質なので、悔しいがザルギインの反応は理解出来る。
でもどうしようもない。NPCにはステータスボードもスキルパネルもないのだから。やはり無視するか。
「そう、前から考えていたんだ……僕らだけ便利過ぎると」
諦観に包まれそうな中、ハッキネンがぼそり呟いた。
「要は映っているものを写してしまえばいいわけだろう?」
「理論上は」
短く応じ、でも結局規制とかされて無理なのでは、と思う。口にはしなかったけれど。
「ただの鏡じゃダメなのは分かる……そうスキル、或いは特殊なアイテム……心当たりがある」
ハッキネンはそうしてスキルボードを指でなぞった。
明鏡止水という項目が表示され、彼はそれを装備する。
特に何か変わったと思わない。むしろ何をしたかったのかが分からん。清らかで澄み切った心を装備して、あなたは何がどうなると思ったのだ。
首を捻り再び映像を観ていると、
「おお……」「なるほど……」
ザルギインとクロスターが感嘆の声を上げている。様子を窺うと二人はハッキネンを見ていた。そのハッキネンは映像を観ている。
「これは面倒な奴だ……だが貴様らもよく戦っているではないか」
「とはいえこれが続くなら単調。何か手を打たねばなりません」
おっと、見えないものを見ている奴らが急に二人増えた。付き合い方も何もいずれ処分するつもりだが、今この瞬間が怖い。
「何が起きてるの……」
小声で確かめると、
「澄み切った僕の心に僕の見ているものが写っている。ただそれだけのことだよ」
ハッキネンは映像から視線を逸らさず、真っ直ぐ瞳を向けている。
うわなんだろうこの絵面、凄くやだ。男の心に写る映像を男二人が真剣に見つめてる。
「ところで侍マスター、音は出ないのか」
え、ここまで出来て音出ないの?
「うぐぬぬぬ、すまない、修行が足りないのかもしれない。もっと心が澄み切っていれば……」
「これでは臨場感がなあ、情報も足りない。いや、いいんだ仕方ない。物足りないが仕方ない」
そう言いながも「ああ残念だ、本当に残念だ」と、ザルギインは殊更強調している。そんな心が曇るようなこと言ったら、澄み切った明鏡止水がくすんでしまわないのだろうか。
「なんか、お役に立てなくてすみません……」
気まずさを伝えると、
「大丈夫。ただのシステムでただのスキルだ。僕の心が澄み切ってるわけじゃない。奇妙な光景だろうけど気にしないでくれ。僕は小動もしない」
威風堂々とした返答があった。うん、じゃあ気にしない……。私の心を汚れ汚したのはこいつらも一因だし。
「ところで、これは誰の視点なのだろう。戦っているようには思えない。近藤君かい?」
そういやそうだ、当事者は一言も発しない。でもそれは、表示されたデータで私には分かる。
エネさんが一時的にチームから離脱している。理由はこの映像を送るためだ。観戦モードは制限を受けており、映像を流すためにはこれぐらいしか手段がない。
エネさんがずっとだんまりを決め込んでいるのは、恐らく他のメンバーに気付かれないためだろう。
『参ったな……』
初めて一言零し、エネさんは続ける。
『相沢に気付かれたかもしれない』
野郎、勘だけは無駄にいい。
『でもこのまま続けます。言い訳のしようもありますし。気付いたことがあったら言って下さい。ちょっと手詰まりだ』
ハッキネンにエネさんのことを伝え、
「分かりました。今はただ硬いとしか」
簡潔に感想を述べる。
『ですね。ずっといたら参戦しなくちゃいけなくなる。時間には限りがあるので、急に切れたらすみません』
エネさんはそうして映像を流し続ける。確かに、傍にいるのに支援もしていない。黙って来たのだろうか。感謝の言葉を胸に仕舞い、ハッキネンと分析を続ける。
「何か、何か打開策があるはずだ」
「最大ダメージ出した人はどうやったんでしょう……絶対私達の方が強いはずなのに」
分厚く大きな岩、ただのどす黒い塊。たまにでたらめな攻撃を全方位に繰り出す。なんだろう、違和感がある。でも違和感の正体が掴めない。
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