第二十話:聖剣士と二人
ついに最後の騎士が光と共に消えた。かつて玉座の間だった場所に残るのは、私と近藤だけだ。近藤はやっと残像状態を止めてへたりこんだ。ライフが危ない。すぐさま回復薬を飲ませる。
「こんどぉぉおー疲れたろう! 辛かったろう! 帰ろう! 私達のテントに! もう大丈夫だからな!」
なんでテントにまで帰るんだ。冷静に返されて、そういえばそうだったと気付く。そもそもまだ宮殿内にはまだ死霊の群れが残っている。戻れない。
「し、しかし……手強いとかそういう次元じゃねーな。首吹っ飛んでも襲い掛かってくるとか、聖竜騎士団恐るべし」
まったくだ。どれだけ攻撃しても結局あの騎士は倒れなかった。最後まで立ったままで、そして消えた。信じられないかもしれないが、根性とかそんなちゃちなもんじゃねー、もっと恐ろしいものの存在を味わったというかさすがチートさんの部下。
「俺は、もうダメだぞ。戦えない。もう一戦あったらさすがに白旗だ」
そうだ、私だってSSゲージは空。回復薬は残り少し。このあとが分からない、分からないだけに怖い。戻れないなら進むしかないが、それはつまり飛び降りるってことなのか? またなのか?
フラフラの近藤を支えながら、私は穴の開いた地点まで連れて行く。これは、高さ何階だろう……そして、その光景を目の当たりにした。
「えげつないな。なんだあの巨獣は」
見渡す限りの荒野に存在する巨大な魔物。なんだあれは、キリンさんより大きい……鯨より分厚い。けれどそれはもう動いていないように見える。何が起きていたのだろう。近藤は私に説明を求めてきた。近藤は勝手に戦闘を始めて物語から離脱したので理解していないらしい。なってない、最近の若いもんはほんとなってない。
「離脱してない。お前のわがままに付き合ってやったんだ」
そうでした。かくかくしかじかですと説明し終えると、近藤は疲労で老けた顔に皺をつくる。
「疑問点が二つあるな。一つは禅譲だ。なんで王位を譲る。実質王朝の交代じゃないか、そりゃ警戒もする」
確かに、ガルバルディさんには王族の血が流れていない。とすると裏設定で実は王族の子だったとか? この物語説明不足すぎて分からないことが多い。
「王族の子ね……それなら不自然ではないか。なら、言いにくいが実は兄妹なのか?」
え、それはちょっとまずいというか、少女マンガ的というか昼ドラ的というか……。愛し合うもの同士、実は血縁で! いやでもなんか違ったような。
「しかし禅譲と言い切る佐々木も凄い。よく指摘して認めさせたな。本来禅譲ってのは力ずくの政権交代だ。帝位や王位から引き摺り下ろして殺すのが基本だ。かなり物騒な状況なのは分かる」
いや、言ってないんだ。私はただガルバルディさんが王様より凄いし姫の言葉から推測しただけなんですが。でもまあなんか褒められたのでそういうことにしておく。
「もう一つ、魔王は何者だ? 佐々木の言うとおり姫は魔王とは一言も言ってない。ガルバルディも似たようなもんだ。言ったの実質俺だけだぞ。魔ってなんだ、魔王とどう違う」
確かに。けど、魔は姫を見れば感じることが出来る。そして、目の前の光景を見れば、魔の存在は確かにあると信じざるを得ない。それにあれは、姫が召喚したと見て間違いないだろう。だが問題はそこではないと思う。
「近藤、これ高さ何階?」
「正確じゃないが、八階建てだったはずだ。階段上がった回数から推測するにな」
八階は高いよー無理だーまだ空飛べないし、姫みたいに鳥召喚出来ない。さらに問題。
「回復薬は残り四つ。飴玉しか残ってなくて、四分の一しか回復出来ないの」
近藤の顔がまた老けた。このまま老人になってしまうかと思ったが、すぐに切り替えたらしい。
「時間がない、俺はもう立ってるだけでライフが減る状態だ。飛ぶしかない」
やっぱり……階段下りてる暇ないよね……。なら、もう飛ぶしか……またかよやだよ!
ちょっと待ってね……そう呟いた瞬間、ドンッと背中を押された。
「はよせい」
「こんどぉおおおおまたやったなてめえぇぇええ!」
ヒューと風切る音が聞こえて、ペチャっと地面に激突。薄焼きピザ召し上がれ状態のぺしゃんこになったかと思ったが、やはり気のせいだった。すぐに飴玉を放り込もうとするが、案の定近藤が飛び降りてきた。
「だから同じ場所に飛び降りるなっつってんだろ馬鹿あああ!」
だが、ズゴガンッと凄まじい音を立て、近藤は着地した。きちんと私を避けている。いや、え? 着地出来んの? なんで?
「スキルで強化したかいがあった。この高さで無傷だぜ」
……なら、私抱えて飛び降りてよ。飴玉を放り込み猛抗議、そうしようかと思ったが近藤が厳しい顔で何かを睨みつけている。そうだ、あの巨獣がいた。動いていなかったが、もし息があればまずい。それに、もしああいうのが出てきたら逃げるのも厳しい。詰む! 私は近藤のライフが心配だった。私のライフも少ないが、近藤はそれどころではない。しかし、緊張の面持ちから一転、近藤の顔が和らいだ。
「行くぞ。おっさんがいる、話を聞こう。その間はライフの減りも止まるかもしれない。ゆっくり眠れる場所教えてくれるかもしれないしな」
ガルバルディさんがすぐそこに! どこだ、姫は? 見渡すと、巨獣の傍らに聖剣士さんの姿があった。私達は身体を引きずりながら傍へと駆け寄った。
「無事だったか、なんだ傷だらけじゃないか。回復してやろう」
ガルバルディさんはそう言って、私達を回復してくれた。ライフだけじゃない、スタミナもSSゲージも完全回復! 近藤の赤くなったスタミナゲージも元に戻ってる! チートさんかっけええ!
「ご覧の通り、このザマだ。姫には逃げられた。こいつの相手に手間取ってな……」
近づくと分かる。巨獣には太刀傷の跡が生々しい。凄まじい切り刻まれ方をしたのだろう。こんな化け物でも、チートさんにすれば手間取る程度の話なのか。
「こんな怪物相手にしたことがない。仕留め方が分からなくて、やむなくこんな形になった。姫はその間に消えたらしい。しかしこいつはなんだ? 姫はどうなったのだ。魔とは、そもそもなんだ」
いや、それはこちらが聞きたかったのに。チートさんのその問いかけに、完全回復でにやつく近藤が口を開いた。
「回復感謝します。こいつは、スモーキードラゴンって名前らしいですよ。竜ですね」
ああ、私もお礼言ってない。ありがとうございます、と頭を下げる。でも近藤なんで知ってるの。知識がチート?
[敵名表示されてる]
チャット欄にそう表示され、私は理解した。これは私達にしか見えないんだ。そうだ、そうだ、これゲームだった。あまりに過酷で現実と区別つかなくなってたよ。
「よく知ってるな……いや、何故分かる」
「見た目ですかね。詳しくはむしろこちらが聞きたいんですよ」
近藤は意味深に私を見て、そう言った。ああ、つまり私に尋ねろとそう言いたいのか。なるほど確かに、姫と話していたのは私だ。ここは私が適役なのだろう。
「聖剣士様、お聞きしたいことがあります」
うん、とガルバルディさんがこちらを見た。
「一つは、禅譲について。化け物も気になりますが、事情をお聞きしたいんです。姫がああなったのは、そこが重要ではないかと思いますし。もう、無関係ではありません。私達は、目撃してしまった」
聖剣士が顔をしかめ、少し横を向いた。
「もう一つ、魔王とは何者です? 姫は絶対に口にしない。聖剣士様もそうです。何故口にしないのか分からない。魔とはなんです?」
聖剣士の溜め息が聞こえてきた。魔についてはやっぱり知らないのかな。近藤は二点と言っていたが、私はもう一つ加えた。
「もう一つ、どうして姫にきちんと話してあげなかったんですか。姫は、あなたの説明では納得出来なかったらああなった、私はそう思います。あなたは変わった……この問いに、もっと丁寧に真摯に答えていれば、気持ちに応えてあげていれば結果は違ったものになったかもしれないのに!」
最後は少し感情的になってしまったが、ガルバルディさんはきちんと聞いてくれた。何か考えている。
「結果が違うものにってのは、ないだろうな。もはや手遅れだったが正しい」
「なんでさ!」
何故か近藤が答えたので、私は噛み付いた。
「腐霊術師になることの条件は二つ。一つはお付きの人間の命を捧げること。二つ目が、心臓に契約術を仕込むこと。人間捨てるなら、願いを聞いてやるとでも言われたんだろう。どちらも人としてありえない。もう一つ付け加えるなら、聖剣士殿を迎え撃つことだが、魔王の存在が確認出来ての話だな」
そうか……つまり私達がたどり着いた時には、もう既に遅かった。手遅れで、彼女は不死の存在となっていた。そんな、そんな酷い!
[でなきゃ本格的にルート分岐だ。ゲームとしては、妥当だろう]
そんなチャット欄の書き込みを見て、私は吐き捨てた。
「どちらにせよ、聞かないと納得出来ない! もう当事者だ!」
明確に間が出来た。時間と共に、チートさんにこんなこと言って大丈夫なのか不安になってくる。感情的になって言いたいこと言ったけど「誰に口利いてんだ小娘、ああ?」とでも言われてソニック連発されたら即死だよ。近藤を肘で突いてフォローを促すが、反応しない。こ、こいつ……仲間を助けるっていう概念はないのか! 耳元でささやくと、
[誰に言ってんだ。自分の行いを鑑みろ]
そんな反論が返ってきた。ちょっとなにいってんのか分からない。
「しかし、若いな君達、改めてそう思う。それに、戦場に女性を連れてくるのは、いかがなものか」
聖剣士の口がやっと開き、出てきたのはそんな言葉だ。怒ってないみたいでよかった。
「君の腕と観察眼、見識は認める。だが戦場にこんな美しい女性を連れてくるのは、私は反対だ。実際こうして危険な目に遭った」
ガルさん、また私を絶賛している! 美しいなんてそうは言われない! 可愛いより重たい何かを感じる! 甘美、とろけるスイーツのような響きだ! 私は思わず聖剣士様の手を握り締めた。
「ガルさん! ありがとう! 私は嬉しい! 事実を事実として素直に表現出来るあなたは素晴らしい! 二人で【ランチディナー娘。】を結成しよう! 愛のダンスナイトを歌って踊るんだ! どれだけ不人気になっても私達は踊り続けよう!」
そうして私は、全てを忘れうぉうおううぉうおうと踊りだした。
いぇいえいいぇいえい! フゥー!
「この女性が何を言っているのか、分からないんだが」
「気にしないで下さい。こいつは頭が窒素より軽いDQN108の一員ですから」
「?」
「いやねそうではなく、戦場に女ね……確かに理屈としては、ただ余裕がないのも事実。海賊あがりの閣下なら、武器を手に取る女の相手をしたことぐらいあるはずです。いや、仕留めたこともあるのではないですかね……」
「……痛いところを突くな少年。そうだな、お上品すぎた」
男二人はそう言って、不敵な笑みを浮かべていた。




