第二話:メインストーリー
メインストーリーの始まりは唐突だった。
茂みを歩いている最中にメッセージが表示され、二人は足を止めた。
[ファーストミッション:姫君を捜索せよ]
そして突然隣に騎士が現れ、両手と膝を突きうな垂れている。「誰この人、急すぎだろ」と近藤が驚くのも無理はない。私だって驚いた。いきなり騎士が現れるのも大概だが、二人はまだお城も街も見ていないのだ。急というより不意打ちに近い。もうちょっと工夫してもいいだろうに、と二人口を揃える。まあゲームだしとにかく、とメッセージを読み込んだ。
私達のいるエリア、その王国の美しい姫には婚約者がいる。聖龍騎士団団長、聖剣士ガルバルディ。将軍職も兼務する、王国の要人中の要人らしい。姫君の相手としては不足はないとのことだ。まだ若い姫君からすれば少し年は離れてはいるが、国王からすれば軍権を持つガルバルディの忠誠心を揺るぎなきものにしたい……他国に嫁がせてもよい姫君を差し出す、決断を促すには十分な理由だ――なんて書いてある。
「どこにそんな要素があったんだ」
「私お姫様の顔知らないんだけど……」
だが、その姫君が突如姿を消した。
誘拐か失踪か、それとも駆け落ちなのか事故に巻き込まれたのか、生死すらまったく分からない。聖剣士ガルバルディはすぐに捜索に向かいたいところだが、山間部地方で大規模な反乱が起きたため、騎士団ごとその鎮圧任務で派遣されることになっている。そこで、君達プレーヤーがガルバルディに代わり姫君の捜索へと向かうのだ! ――と、締めくくられていた。
読み終えた後、しばらく沈黙が降りてきた。それでも細い目をしながら、近藤が口を開く。
「分からんではないが、急過ぎだろ」
「うーん、私としては内容はいいんだよね。始まり方はともかく」
「まあ物語って点で言えば、褒めるところはないけど、けなしようもないぐらい普通って感じかなあ」
しかしこれは旅の始まりを告げるものでもある。盛り上がらずにはいられない。何故か隣に飛んできた、真っ白な衣装に身を包む無骨な騎士さん。よく見るとガルバルディと名前が表示されていた。「こいつかよ……」と近藤はまた驚くが、私は薄々感づいていた。そんなガルバルディさんが「頼む、ラビーナ姫を、私が行くまで頼んだぞ……」そう肩を落とす姿は、少しだけ胸にくるものがあった。温度差はあるにしろ二人顔を合わせ「了解」と頷く。そうして、聖剣士はどこかへ飛んでいった。
当て所のない旅が始まった。目的ははっきりしているけど、姫がどこに行ったのか、そもそも無事なのかが分からない。とにかく行ける所に行こう。そうして二人で基本的な探索を続けていると、洞窟が一つ見つかり二人は考えもなしに突撃した。今思うとかなり大胆かもしれない。結果的にはそうでもないのだが。
雑魚敵を平手でバンバンとはたいて中へ進むと、中ボスらしきものがくつろいでいた。中ボスか……いかにここまでの敵が弱すぎるとはいえ、二人パーティーだったので立ち止まり少しの相談タイムに入る。
だがこの中ボスさん、くらげ型のモンスターなんだけど、なんかタバコをふかしながら新聞を読んでいる。
「明日も晴れ? ちょ、外出れねえじゃねーか」
目の前に私たちがいるのに、不満たらたらと愚痴るくらげがそこにはいた。
特に相談の必要なしと判断。強い弱い以前にやる気があんまり感じられなかったので二人でゲシゲシと蹴りを入れて「やる気出せよ」といびっていたら死んでいた。結局二人で倒したのだから、強くはなかったのだろう。
そんなこんなのうち、洞窟を抜けると姫の足跡が少しずつ判明し始めた。
「姫は北に行ったという情報が多いな。北に何があるんだ?」
「それよりこっからが正念場、じゃないの?」
そうだったと近藤は苦笑いを浮かべ、ステータスパネルを表示させ二人のレベルを確認しあう。近藤はウォリーアーでレベル3。私はアーチゃーでレベル4。物足りなさは感じていたが、真っ直ぐ歩いてここまで来たようなものだから仕方ない。近藤は言う。
「北に行こう。噂のメインストーリーって奴を、見せてもらおうじゃないか」
「お姫様がどうなったのか知りたいよ私は。なんか三角関係の色恋沙汰とか待ってたら、ちょっとやる気出るかもしんない。ガルバルディのおっさんには悪いけど」
この頃の私達はまだ無邪気だった。当然だろう、始まったばかりなんだ。
北へ北へと向かう。すると、遠くに岩山のようなものが見えてきた。いや、壁だろうか。雑魚敵は相変わらず大したこともない。森の中を走るので昆虫や動物を模したモンスターがいる。しかし二人の感想は大抵可愛い、とどめ刺したくない、そんな感じだった。
森を抜けると一気に視界が広がる。そうして目の前にあの岩山、いや巨大な壁がそびえ立っていた。そのド迫力に、二人は唖然とした。
「こいつは凄い迫力だ……どっから登るんだ? また洞窟か?」
近藤の言葉で、私は視線を巡らせた。他にも何人かのプレーヤーがいて、あちこちと入り口はないかと探している。二人も参加して情報交換をしたが、どこにも入り口がないことだけは判明した。
「……どうしろと?」
近藤の呟きと共に我々は他のプレーヤーと離れ、現状がどうなっているのかを確認しあった。たとえば、空を飛ぶ方法があるのではないか。別ルートがあるのではないか。やっぱり、洞窟をまだ見つけられていないとか。私の色々な意見に近藤は腕組みをして、小さく首を振った。
「なるほど、ここか……最初の難関は」
近藤の言葉に私は強く興味を引かれた。最初の難関ってなんだろう。
「空を飛ぶってのは確かにそういうアイテムや魔法はある。けどそれはこの岩壁の向こうにあるから、意味がない。別ルートは海上ルートになるんだけど、敵が強いとか以前に船がない。泳ぐ? 流れが強くて溺れ死ぬ可能性が高い、ってか鉄板。洞窟は、自前で掘ってつくるなら出来るかもしれない。何年かかるか知らんが」
調べてんだ。近藤の予備知識も確かに驚いたけど、ストーリーがあるものを調べるのに抵抗のあった私は、むしろそちらに驚いていた。
「じゃあ、どうすればいいんだろう?」
「登る」
「何を?」
「壁」
「どうやって?」
「頑張って」
きたよ根性論。一番低い所でも高さ500mはあるだろう岩壁を登る? 本気? 私は近藤の正気を疑ったが、
「言っとくけどそれ以外に方法はないんだ。これがメインストーリーって奴でね……」
んな馬鹿なと私はたじろぐ。高所恐怖症の人はどうすんのさ。
「ここで振り落とされる。つまり、高所恐怖症の人間は先に進むことは出来ない」
理不尽な! 私がこのゲームで初めて、これは理不尽だと思った瞬間だった。