2.佐々木再び2
最深部中央、ささやかな灯りが揺れている。
背後だ、私は背後を取られている。
私に気取られぬよう気配を消していた。
だが気づいた、私には分かる。
どうする、もう不意打ちは食らわないが一端距離を取るべきか……。
一つ深呼吸をすると、ふっと近づく気配を感じ一瞬で前へと飛び出す。同時に振り返りボウガンを構えると人影が見えた。こちらも驚いてはいるがあちらも驚いているらしい。
人型モンスターか? 何者だ! と声出す前に、
「いや、驚かせてすまない。誰かと思えば随分久しぶりだね、キリア君」
仄暗い空間に響いたのは北欧の侍、かつての盟友ハッキネンの言葉だった。
呆気に取られるとはこのことである。なぜラストダンジョンに先客が……声を掛けられてもまともに返事が出来ない。
あちらはあちらでぎこちなく「気配を消して近づくなど無粋だったかな」と、ばつが悪そうだ。
いや、そういうことではない。なんでどうしてここにプレイヤーが。そもそもハッキネンは今回連絡が取れなかった。てっきり引退したものだと。
「こんなところで会うとはね。いやあ懐かしい、元気だったかい?」
落ち着いたのか、ハッキネンはかつてのよう穏やかに話しかけてくる。だがこちらはそれどころではない。
「あ、いやまあボチボチです。連絡取れないからてっきり辞めたのかと思ってた」
ハッキネンは連絡をチェックしていなかったと主張し、またすまないと謝罪の言葉を述べた。違う、そうではないのだ。
「あのなんでこんなとこに。どうやって、先に入ってたの?」
この状況、こちらにはいくつか警戒すべき点がある。いつ、どうやって、どこからだ。ラストダンジョンは強制ソロ、その仕様が変更された形跡はない。あくまで裏技的に、ラビーナの協力があって初めて複数の挑戦が成立する。もしかして他にも方法が、結果裏をかかれた……ハッキネンとは今共闘していない。
隠し立てない警戒心をハッキネンはすぐさま感じ取ったようだ。だが小首を傾げ怪訝な顔でこちらを見ている。
「どうやってって、それはこっちの台詞だね。さすがは異端のヴァルキリーだね。いつからこっちに来たんだい?」
おかしい、なんの緊張感も感じられない。私の知るハッキネンはあくまで紳士的で、演じるタイプではない。少なくとも私には。ではどういうことだ?
「いつからこっちって、さっきです。ついさっき入ったばかりで」
「ああじゃあ僕が大分先だね。こっちに何か用でも出来たのかい?」
納得したよう彼は頷いた。何を言っているのだ。
「用なんて一つしかないじゃないですか」
ややつっけんどんに応じるが、一つではないか……。しかしどこまでもハッキネンには伝わっていないらしい。
「うん?」と思案気な顔をしている。
これを演技だと断じることが私には出来ない。だって、彼はそんな人では……それとも私の知らないうちに変わった。そして知らないうちに敵対していた……。
「ハッキネンはどうしてここにいるの? そんなこと、絶対あるはずないんだ」
言い切り問い詰めるよう言葉を放つと、
「いや、逃げ回っていたらここに来てしまったんだよ」
情けない、と恥じるよう彼は頬を掻いている。
「逃げ回ったって、入口から誰か入ったって聞いてない」
「入口があるのか……崩れた箇所から無理やり入ったからね。幸運だったよ、お陰で助かった。君は入口から入ったのかい?」
……なんでこんな噛み合わないのだ。なんでそんな呑気なんだ。私は覚悟を決めて一人孤独に戦うつもりだったのに! だから、
「どこをどう逃げたらここに来るの! そんなことあるはずないじゃない!」
声を荒げると、
「はは、いや、冥府のモンスターはやっぱり手強くてね。さすがにあの数は相手に出来ない。まだまだ精進が足りないと思い知らされたよ」
修行中の侍みたいな言葉を返された。
そしてああ、やはり冥府だったのかとようやく気付かされたのだ。
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