第三十四話:離散
「くそ、ダメだ!」という悲鳴が響いた。たっくんがラスダン入口でへたり込む姿が確認出来る。やはりただのモンスターでは持たないようだ。
「すぐそこに何かいる。しかしラスボスとは限らない、か」
「中に入ってもしいなかったら、やり直しがきかない」
相沢とゼイロが手短に状況を整理した。
「そもそもラスボスは起きたの?」
ドコちゃんに問われ、
「分かんない。最後は混乱してあっという間の出来事だったし。ラビーナにも把握出来てないみたい」
こちらも手短に済ませた。私達のやり取りを確認し、神崎がまとめにかかる。
「この地図では何がどうなっているのかさっぱり分からない。ただラスダンから出てきた奴らなのは間違いないらしい。そしてラスボスの特徴は"名前のない存在"ってことだ。
冥府とやらの化け物も同じらしい、共通している。連中の総数は約五百。細かいのを含めると増えるらしいが。冥府産の化け物にターゲットを絞るか否かは各自で判断する」
不足と見たのか、これにゼイロが付け足した。
「ラスボスが中にいれば御の字、まだマシだな。最深部から引きずり出せたんだからむしろ成功と言っていい。けど外にいて、他のプレイヤーに出し抜かれて馬鹿を見るのはごめんだ。ま、連中に倒せるとは思えねえが」
そう、もし外なら完全に早い者勝ちとなる。その時は、その時私達は、
近[話し合いは得意です。熱心にお話を聞いて頂けるよう努力しましょう]
近藤を使うしかない。アサシンの慇懃な宣言で方向性は固まった。殺してでもラスボスは譲らないといった具合に。
以降は各自の判断で行動しラスボスの捜索へと当たる。ただし抜け駆けは厳禁、当たり前だ。そもそもソロで敵う相手ではないが、別の誰かと徒党を組まれても困る。相沢の見解は大よそ正しいと言わざるを得ない。
その相沢は皮肉の笑みを消し、方針が固まると早々に消えてしまった。
一方ラカンのテンションは異様に高く、不適な笑みまで浮かべている。確信や勝算でもあるのだろうか。おかしい、何があった。対照的なのは神崎で、どうにもバツが悪そうである。二人は共に月の羽で移動した。
サキは飛び立つ前私に近づくと、
「近藤さんってああいう人なのね」
と、意味深な言葉を残している。どうも怒っているらしく、ロナがなだめると肩を落とし、それからどこかへと飛んだ。
ゼイロ達元旅団はドコちゃんだけが私の所に来た。「はい」とお弁当を渡され「みんなに渡してる。元気つけてね」と励まされた。
有り難いけど、ドコちゃんがお弁当を作ってる時私はずっと嘘を吐いていた。改めて謝罪をする間もなく、彼女達は手を振ってみせこの場を去った。
残ったのは二人。クリードが来るとは思わなかった。まともに話すのは初めてかもしれない。少し身構えると、少年フェンサーはジッと私の目を見つめ、
「誰にも譲らないと、約束して下さい」
朴訥に言った。それはつまり、私にも手を汚せという意味なのだろうか。曖昧に頷くと、納得したのかは分からないが皆と同じように戦地へと向かった。
最後に残った時長さんはどこまでも嫋やかで、微笑をたたえていた。地図について自分が出来ることはもうなく、全てはラビーナ次第である。そう説明すると、
「よろしくお願いしますね」
と、優し気な口調で念を押し彼女もまた去っていく。
見送りは本当に辛い。別に永遠の別れではないしそんな仲でもない。嫌いな奴だっている。でもこんな気持ちになるのは、こうなったのは全て失敗が原因だ。最後の大陸と同じく、私の心もまた薄暗く晴れないものだった。
全員が去り、いつものメンバーだけになった。目論見が外れ企みが崩壊した間抜けな顔が並んでいるわけだ。どの面下げていいのやら。
正直、またモンスターハントを繰り返さねばならない、という現実は受け入れ難かった。でも近藤が言うのだから、そうなるのだろう。
『佐々木、なんか文句あるのか』
それは観戦モードを開放しての会話だった。私とエネさんにだけ開いている。この時点で私信の禁止は意味がないと分かる。観戦モードの常時開放か、適時開放の条件は後々追加されるだろう。
「文句……文句ではないけど、なんでなんでなんで、あんな土壇場でちゃぶ台がひっくり返ったのか、それが知りたい」
抑えた調子で無念を込め、心底この失敗を悔いた。
『それは仕方ない。何もかも上手くはいかない』
「ありきたりなこと言うなよ。冥府の化け物って、私は気付かなかったぞ」
『ああそれが不思議なんだ。ラビーナも何も言わないし、地下都市の時とは違う扱いなのかもな。まあ推測だ、外れてるかもしれない』
適当な。確認のためラビーナに首を向けると、
「私も気付かなかった。ただ必死だったから、気付けなかった可能性はあると思う」
それでも何か違和感がある、という感じらしい。その点は私と同じか。名前のない怪物、確かに共通してはいる。けれど、それなら私達は気付いていいはずだ。やっぱりおかしい。おかしいが万が一……、
「もしザルギインが絡んでたら、あの野郎次は絶対許さない。誠心誠意丹念に心を込めて挽き肉にしてやる……」
怒り顕わに怨念を吐くと、エネさんが首を傾げた。
「キリアさん、そいつがいたとしらお二人共気付くでしょう」
「それはそうですが、中のことはちょっと」
確かに野郎は今外にいない。ラビーナも何も感じないと言っている。ではクロスターか? この場合私は分からない。
『んなこたどうでもいい、次だ次。月の羽が大量にいるぞ。中村屋のとこ行って来い』
ああ……また飛び回るのか。いや、今度はきっともっと手強い。しかも当たりくじが引けるまで続けなきゃならない。しかも引いたら引いたで大問題。引けなければ最低でもラビーナに従属させるため、瀕死まで痛めつけるか仕留めないと。
なんか、戦うための戦いが終わらない。
なんだこの罰ゲーム。
「そうだ、あんたサキに何したの。ラカンに何か吹き込んだでしょ」
ふっと思い出し怒気を込めると、
『うん? 逆だ逆。六英雄の話知ってりゃ奴らの関係は知ってるだろ?』
六英雄の話は記憶にある、当然だ。しかしラカンとサキ……あの二人に何かあったっけ。一つあるとすれば、ラカンがサキに告白しまくった挙句振られた件だが、もしかしてあれマジなの……。
「お前、それは人としてどうなんだ……というか何言わせた」
『ちょいと男の欲望を刺激しただけだよ。他愛ない話さ』
あっけらかんとしたものだ。
考えてみれば、ラカンとサキは顔合わせの段階から視線も合わせていない。それを無理やり結び付けたら……サキの機嫌の悪さは本物だな。
「後でどうなっても私は知らないぞ」
『ああ、俺もだ』
無責任ここに極まれり。もういい、頭を切り替えよう。まずは中村屋の元に、月の羽を大量に確保せねば。狩りはそれからだ。
まだ続くので完結まで応援よろしくお願いします!




