第三十三話:方針
「何を話すんです。ラスボスはどっちなんだ」
話を振られたクリードがボソリとだがようやく口を開き、ホークマンの横山もこれに頷いた。
近[今からタツタさんのモンスターを送るので、それ次第ですね。とりあえず出来ることを順にやるしかありません]
そんなこと言ったらまたラカンが……と頭を掻いたが、気が付くとそもそもその場にいなかった。どうもロナとサキに引っ張られていったらしい。離れた所で「なんだ!」とか「僕は納得しない!」とか「これは正義の問題だ!」とか騒いでいる。
近[あっちはお気になさらず。とにかく現状の把握を優先します。中は手が出せない。となるとしばらくは外をなんとかするしかない]
「策士策に溺れておいて結局それかい?」
近[はい。相沢さんは賛成なのでは?]
相沢は口角を上げて見せるが、といってそれこそ何か策があるのだろうか。続いてゼイロが、
「外って何をする気だ。敵さんは飛んで行っちまったんだぜ」
疑義を挟む。事実、敵と謎の何かは四方八方に散らばってしまった。
近[時長さんが捕捉しているので、その情報から狩りに出ます]
「へ?」と思わず零したのは私だけではない。
近[ご本人に聞くといいでしょう。それから佐々木、お前はもう一度モンスター集めだ]
マジか、またか。思わず顔を両手で覆う。相沢は私をちらり見てから、
「また同じことをしようと?」
近[工夫がなくて申し訳ありません。ですが誰か中に送るわけにもいかんでしょう。ラスボスがもう外に出ている可能性もあるので]
「ふーん」
嘲笑うようだが、やはり相沢に腹案はないらしい。
「時長さんが捕捉してるってどの程度だ。正確なのか?」
「そもそもどうやって?」
ゼイロに乗っかりドコちゃんが疑問を呈すと、彼は時長さんに手招きをした。促され、彼女は渋々といった具合でこちらに近づいてくる。
その間にモンスターを中に送り込む準備が終わったらしい。たっくんが手を挙げたので、一同頷く。
「すぐそこにラスボスがいるかもしれないのに、勇気あるなあ」
言い出しておいてヤマは他人事だ。皆しばらく眺めていたが時長さんが合流するとそちらに向き直った。
「遅くなりました」
「ううん。捕捉ってどうやったの?」
開口一番ドコちゃんに尋ねられ、彼女は少々面食らったらしい。一瞬戸惑った顔を見せた。私も疑問に思うが、こんな素直には訊けない。ジョブにもよるがスキルや魔法にレーダー系のものはあるだろう。当然、
「それはちょっと」
と彼女は手の内を明かさなかった。また、
「正確に把握出来たのかい?」
「残念ながら正確とは言い難いです」
相沢の問いかけには丁寧に応じたが、
「ならどの程度なんだ?」
「……ラビーナさんの協力があれば正確な数、場所、種族も特定出来るかもしれません」
ゼイロの問いには一つ間を置いた。これは口の利き方に気を付けろ、という意味なのか答えに時間を要したのかどっちだろう。落ち着き払った表情からは読み取れない。
近[みんな気付いていると思うけど普通のモンスターと違う奴らがいた。それを判別出来ないらしい。まあ大よそ見当は付く]
「なんだい? 勿体振るなよ」
相沢が小突くと近藤は、
近[冥府の化け物です]
さらり言い切った。
嘘だろ――思わず絶句してしまった。私はそんなの把握出来なかったぞ。なんで急に冥府が出てくる? ラスダンは冥府と繋がっているのか? そもそもラスボスは冥府の住人? メンバーを見回すと、元旅団の面子だけはハッとした表情を浮かべていた。そうか、一応だが彼らは知識を持っている。
「冥府ってあの世のことだよね?」
「別のマップの敵だ。実際あるかどうかはともかく、扱いとしては別世界だな。だから名前がなかったのか」
近[らしいです]
相沢の問いにゼイロは正確に答えた。私は見てなかったのか……? いや、しかしそれなら気配で分かりそうなものだが。おかしい、と言いたかったが私信は禁止されている。
近[ある程度捕捉出来ているのでそれを利用します。他のプレイヤーに掠め取られては敵わない。今までと同じくボスハントしているように見せましょう]
「地図型のレーダーだと思って下さい。今から皆さんの分を作ります」
淑やかな振る舞いで説明する時長さんの手には、既に物が一つ出来上がっていた。仕事が早過ぎる、この人のジョブは本当になんなんだ。疑問や違和感はあれど、それでも皆が納得せざるを得ない流れになってきたその時、
「そうだやるしかない!」
ラカンの大声が響き渡った。驚いたのは私だけではない。皆つーかいつ戻ったと戸惑っている。
「やるのだ、やらねばならん! なんとしても奴らより先にラスボスを捕捉しぶち殺すのだ! 我々なら出来る! 必ずだ! 正義は我にある!」
何があったんだ一体……どうやらロナとサキの説得が功を奏したらしいが、なんだこの豹変ぶりは。まあほっと胸を撫で下ろすとはこのことか。ただ続いて戻るサキと神崎の表情が冴えないのは何故だろう。
「転向したのかい?」
あまりの急変ぶりを皮肉る相沢に、
「ふん、君とはとことん気が合わないようだ。しかし犠牲のない成功など存在しない。全ては諸行無常なのだよ」
ラカンは悟った中学生みたいな台詞を吐いていた。




