第二十五話:当日3
相沢がいなくなると、神崎とラカンが再び足を運んで来た。
「あいつは何が言いたかったんだ?」
ラカンが首を捻ると、神崎は溜め息を吐きながら応じた。
「最後の最後NPCに頼るのが気に入らんのだろう」
「いや、もうイベントボスにまで頼っているではないか。というかラビーナ嬢もNPCだ」
まあそうだが、と神崎はまた溜め息を吐き視線を寄越してきた。私を見られても相沢のことは分からない。一つ気がかりがあるとすれば、
「打ち合わせはしました。スケジュールも決めました。ただ、複数人での戦闘に不安は残ります」
みんな手の内隠してるし。神崎は小首を傾げ、
「つまり手落ちがあるのが気に入らない?」
「どうでしょう、言いたいことはありそうでしたが」
「言外に気に入らんといった風ではあるが、そもそもそういう奴だったような気もする」
ラカンはそうして思案するような仕草を見せる。同意見だけど、それは口にしないことにした。二人を見て神崎は、
「いいよ、裏切るような真似をしなければそれでいい」
「あると思うか?」
これには私と神崎が首を横に振る。近藤とやるつもりがあるなら話は別だけど、得るものがない。何か違う動機があればそれも変わるが、にしては分かりやす過ぎる。謎だ。
神崎とラカンは改めて戦闘の打ち合わせをしてくる、と離れていった。忙しない人達だ。それでも、私も何か違和感染みたものを覚えた。
[近藤、どう思う]
私的なチャットで尋ねると、
[ん?]
[今の相沢だよ。あの人裏切ると思う?]
[悪い見てなかった]
[なんで?]
[イベント中だから、かな]
何やってんだこいつ。
[イベントって当日に何してんの!]
[仕方ないだろ、これでも見習い騎士なんだ]
初耳過ぎる、というかそんなこと関係ない。
[いつ見習いになった! いいよそんなの辞めてしまえ!]
[無理だろーガルさん待ちでずっと騎士団に張り付いてんだぞ? やる気のある志願者と勘違いされてもまあ仕方ない。そもそも誘われてたし]
いやでもそれは拒否……しにくいか。
[仕事はしてよ]
[わーってる。てかな、裏切るんならラビーナを狙うはずだ。それ以外にもう阻止する手立てがない。俺じゃなくエネに言え]
それもそうか、というか聞いてたのか。
[で、そのイベントいつ終わるの。何してるの]
[簡単なモンスター討伐だよ]
[大丈夫、それ]
[騎士団舐めんな。王国の治安を守らないとガルさんそっちに送れないし、さっさと済ませるよ。心配すんな]
へいへい、とやり取りを終わらせる。確かにここで王国が揺れたら動けないか。しかし、騎士団のことは嫌いだったろうになんか楽しそうだ。
ただ待つ、というのは苦痛だ。しかしここで根負けするわけにもいかない。苦心して集めたモンスター達は、先遣隊としての役割を果たしている最中なんだ。
トラップを剥がし、敵を駆逐し、ルートを確保する。そうして、我々はなんのリスクもなくラスボスにたどり着く。上手くいきさえすれば……。
ラ[我慢だ]
神[辛抱だ]
自分に言い聞かせるよう、チーム内のチャットが動く。
ド[暇だし、お弁当作る]
ヤ[手伝う]
た[試食する]
意味のないやり取りも生まれる。
それでも待つしかない。ラビーナからゴーサインが出るその時まで。
もういっそ、という声が出ても不思議ではなかった。試しに誰か、なんて意見を言いたくもなるだろう。しかしゲーム内時間で五時間を超えると「どんだけ長いランダムマップなんだよ」という空気が生まれる。
ラ[集めて良かった]
神[苦労した甲斐があったな]
ド[みんな大丈夫かな]
ヤ[大丈夫だってさ]
た[観てあげられないのが残念]
彼らに労いの言葉をかけてやれれば、少しは報いてやれるだろうか。モンスターだけど。
そうしてまた、待つ時間が流れる。目立つので場所を変え、他の仲間がいる場所へ移動したり、銘々時間を潰していた。
そうしてゲーム内で六時間が過ぎた――。
[キリアさん、そろそろです]
[分かりました]
エネさんから報告が来て「よし」と拳を握りしめる。
キ[みんな、準備して。そろそろだってさ]
ラ[おお!]
皆の反応は早かった。戦う準備はとっくに済ませている。心の準備が終われば、始められる。
いつの間にか相沢が戻り、それぞれの場所からラストダンジョンへと向かう。ここからはもう見られても仕方ない。クリードがいる場所で合流し、最後の戦いへと赴く。
一人また一人と視野に収まり、集団に膨らむ。チームらしい光景だ。また人と組むことになるとは。強制ソロに抗う者達……元は旅団の面々が追いつくと、昔を思い出し少し感傷的にもなった。以前に組んでいた、様々な個性を持つ人達の顔が浮かぶ。
切り換え皆の表情を窺うと、気合いや緊張、或いはやる気。色々な感情が読み取れた。相沢だけは、人を舐めるような視線をこちらに寄越してきたが、目が合うとお互いゆっくりそれを外していた。
思うところがあるのかもしれない。それでも、気に入らなくとも、皆クリアしたいのは間違いないのだから。




