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トカレストストーリー  作者: 文字塚
最終章:壊れいく世界の中で
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第二十三話:当日

 当日、午前九時。総勢百八体のモンスターがラストダンジョンの門をくぐった。予定通り七十のレア・イベントボスを捕獲し、盾・弾除けとして三十八のタフなモンスターを加えた。役割分担としても、数の力としても申し分ないだろう。

 私達は人事を尽くし、事の正否を彼らに託した。


 最後の大陸は相変わらず暗く、陰鬱としている。そびえ立つラストダンジョンの岩山。その上空に黒い雲、撫でる空気は妙に生暖かい。ラスダン以外は特段何もなく、草木も乏しい平地が広がっているので、視界を遮る物もない。最後と称するに充分な光景だ。

 いつ以来かな、ここに来るのは。そんな感傷と、当然の緊張が同居している。大陸の入口から少し離れた場所で私は待機することにした。遠目スキルで入口付近を監視しつつ、ここで目立たないようにするのは難しい。全員で集まって待つ訳にもいかない。格好だけはアーチャーにしておいたが。

 頼むから今日だけは自由にさせて欲しい。邪魔が入り諍いなどに発展しないで欲しい。心からそう思う。それでも邪魔が入る可能性はあるだろう。私やラビーナ、或いはこの目的そのものを阻止したい。そう考える者がいたとして、文句を言っても仕方ない。話が通じればいいが……。


 この状況とは逆に、話を持ち掛けられた甲斐田セイレーンとの取引は成立させた。等々力さん次第の面もあったが、彼は可も不可もはっきり意思表示しなかったらしい。好きにするし、好きにすればいい。我々はそう解釈したが、一応筋は通したことになるのだろう。

 情報漏洩については近藤曰く、エネさんは無関係らしい。そうなると等々力さんに疑惑の目を向けてしまう。しかし、彼は自分の起こしたイベントに拘束されており、身動きが取れない。そもそも借金塗れだし。詰まる所、協力されたのではないか? とも取れる。

 兎にも角にも取引を成立させ、甲斐田セイレーンからは陣中見舞いとして一つ品物を頂いた。直接受け取るのは躊躇われたので、もう一つの可能性である中村屋経由で受け取ることにはなったが。今更一体なんだろう、と品物について中村屋に尋ねると、


「NPC専用の武器ですね。僕らには使えません」


 あっけらかんとしたものだった。それは一つの書物であり、名を「愚者の教典」といった。「狂気の聖典」を使った甲斐田セイレーンから、ラビーナへの贈り物なのは明白である。とはいえ、胡散臭い。

 この時色々と中村屋に探りを入れたかったが、彼の答えは想像出来たのでよしておいた。


 得体の知れないアイテム、譲って貰った相手も相手。様々な不安や不測の事態が浮かんだが、結果としてラビーナは強化された。本当に贈り物だったのだ。

 まさかのアドナイ召喚あるか? という期待はさすがに叶わなかったが。叶っていたら「アドナイとの最終決戦染みた血で血を洗う主導権争い」が起きただろう。話にならない、コントロール出来るか分からないものはやっぱりダメだ。

 ラビーナは身に覚えのない人物からの贈答品に首をひねったが、素直に感謝し「研究してみる」と言った。実際、少しだがボスハントの効率は上がった。そうして今日を迎えることが出来たのだ。


 時計に目をやる。まだ三十分も経っていない。成否が明らかになるはずもなく、勝負はこれからだ。茂みもない場所で一人、じっとラスダンの周辺を監視していると、神崎とラカンがやってきた。


「今のところ何も起きませんね」


 地味な僧衣に身を包む神崎はそう言って、周辺を見渡す。ラカンもやはり控えめな法依を纏っており、


「多分大丈夫なんじゃないかね。僕はもっとこう、派手な入場シーンになるんじゃないかと思ってたけど、意外に地味だったじゃないか」


 そうして頭を掻いて見せた。確かに、と頷く。ボスの群れを送り込むのは目立つだろうなあ、というのは皆が懸念していた。何せラスダンの入口よりデカイモンスターもいるのだ。入れるのか? という不安もあるが、それを整列させ順に送り込む作業は見るからに異様で、且つ馬鹿馬鹿しい。注目してくれ、と言っているようなものだ。

 しかしそうはならなかった。エネさんは前々から、カモフラージュについて一計を案じていたという。ラビーナもまた、モンスターを一時的に小型化させることに成功している。なんのことはない、儀式は我々しか目にすることが出来ず、入場もすんなりいった。拍子抜けである。

 一つ目のハードルがあっさりクリアされたので、ちょっと弛緩した空気が流れた。唯一気を張っているのはクリードで、今もラスダン正面に陣取っているだろう。目立つのでやめておけとゼイロに言われたが、彼は相手にしなかった。仕方なく、これだけは着てくれとブリガンドのヤマがギリースーツを押し付けた。そこには納得したらしいので、今もはっきりとどこにいるのかは分からない。

 ラカンは「彼はどこかねぇ」と呟いた後、


「で、キリアさんはどれくらいかかると思います?」


 とこちらを見た。当然モンスター軍団がラスダンを踏破する時間のことだろう。「ん」と間を置き考える振りをしたが、ラスダンはランダムマップだ。マップと敵が分からない以上、こちらの戦力は豊富であるが、簡単にはいかないだろう。ゆっくり首を振ると、神崎が肩を竦めた。


「時間はかかるさ。というかまだ時長さんも近藤さんも来てないし」

「ふむ、時間厳守は徹底して欲しいなあ。最後の戦いだぜ?」


 ラカンの気持ちも分かる。飄々としているように見えて、既に緊張しているのかもしれない。だから、


「近藤はもう来てますよ。あいつはまだ王国です」

「ああそうか、聖剣士」


 ラカンはそう零し、今度は顎を触っている。いざとなればガルバルディを使う……是非はともかく、これは決定事項だ。プレーヤーとして些か冷める話に、


「相手が話に乗ったらだから、期待しないでおくよ」


 神崎は素っ気なかった。

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