第二十一話:取引
仮定が現実味を帯びてきた。そうであるならば、という前提だったものが徐々に埋められていく。となると、やはり私がこのゲームの鍵であり最重要人物……つまり物語の、
「主役?」
恍惚と溜め息。思わず率直な感想が零れる。
「うん、そうかもな」
前半は口に出していないのに、こいつには伝わったらしい。ちょっと恥ずかしい。相変わらずそんな私を気に留めることもなく、続ける。
「それとだが、一つ取引を持ち掛けられた」
ほう、と思いすぐに切り換える。王国にいた近藤が取引する相手となると、騎士団か? ガルさんがダメなら、は何度も話した。保険としてはまあ最適か。そう思い、
「うむ、言ってみたまえよ」
腕を組む。実際組んでやらんでもないし。
「なんでそんな偉そうなんだ」
近藤はまた不服そうだ。なんでってそりゃ、戦う演劇集団トカレストストーリーの座長だからだ。私が全てを差配する。誰が主役か、理解しているだろうに。大物マフィアのよう泰然と振る舞う私を前に、小道具兼マネージャーの近藤は些か不服そうではあったが、二の句を繋いだ。
「甲斐田セイレーンがラビーナに会わせろってよ」
何それ?
思いもよらない人物からの接触だ。
甲斐田セイレーンの要求はシンプルで「"かつてのラビーナ"に突き刺された、腹の短剣を抜いてくれ」らしい。気持ちは良く分かるし、もし今のラビーナでも可能ならそうするべきだとも思う。
しかし甲斐田セイレーンとなるとこちらも身構える。彼はVRMMOトカレスト世界の顔だ。制作運営と繋がりがある、と捉えるのは当然だろう。向こうもこちらの警戒心を理解していたのか、
「等々力のイベントに参加して、陽動にお付き合いしよう」
と提案して来た。驚くことに、隠し立てしようともしない。彼はこちらの動きを把握している、私達が何を目的としているかも恐らく理解している。
だとして、誰が情報を漏らしているのか。或いは、制作運営と繋がっている、ではなく「そのもの」なのか。当然近藤は探りを入れた。どうやって知ったのか……と。
「アナウンスし過ぎや」
甲斐田セイレーンは笑い、
「悪い話やないやろ。俺は関知せんし、好きにすればええ。何より――」
邪魔立ては一度もしていない、らしい。
ここで分かるのは、やはり甲斐田セイレーンはほぼ全容を把握しているということ。加えて彼を信じるなら、襲撃犯は甲斐田セイレーンとは無縁であること。今一つ挙げると、これは近藤の言い分だが、
「多分あの人は、我々を見守るつもりだ。お手並み拝見ってとこかな」
一理ある。何せ「ではいつラビーナに会うのか」と問うたところ「そっちが片付いてからでいい」とまで言い切ったのだから。情報の出所で、第一に候補として上がるのは商売人の中村屋だが……、
「下手すると何もかもバレてるね」
思わずも胸の内を吐露してしまったその時、
「加奈ストップストップ! 死んじゃう死んじゃう!」
ハッとして顔を上げると、目の前では真っ白な閃光が炸裂していた。繰り返される爆音と衝撃、辺り一帯が白い世界に包まれる。
「ああ!! 違うそんなに矢放ってない! と、ととと止まってくれ! 誰か止めて!」
「無理ですね」
エネさんが言うまでもなく、ブルプラが止まることはなかった。わざわざ僻地の砂漠まで赴いて見つけた象型のレアボスが、跡形もなく消え去っていく。私強過ぎ。頭はイマイチ。
恐る恐る、お手上げポーズで振り返ると、ピナルとエネさんとラビーナが私を見つめていた。
「キリアさん流石です。でも粉々にしちゃダメです……」
「僕は止めましたよ」
「加奈、あなたは私を過労死させようとしている」
粉々になった件の物を、ラビーナが元に戻すのに無駄に時間が掛かったのは言うまでもない。
砂漠のど真ん中での作業は辛い、暑い。目にも口にも砂が入る。砂丘の美しさより、苦痛が勝る。こんなとこさっさと後にするつもりだったのに、やらかしてしまった。腰を下ろして作業を行うラビーナに、
「怒ってない?」
確かめると、
「今喋りづらい」
ぶっきらぼうに返された。そっすね、と呟いて少し離れる。
近藤から話を聞いて、私はすぐエネさんと連絡を取った。私達の活動時間は基本夜間に限られる。学校と仕事の兼ね合いなので、必然である。スケジュールはカツカツなので、その夜の内に合流した。
「凄い怒ってる……みんなごめん」
「いえ。ところで師匠、過労死ってなんですか?」
「働き過ぎて死ぬことだよ」
エネさんとピナルは相変わらず仲がいい。私とラビーナの仲は破綻寸前かもしれない。後でスイーツでも奢れば機嫌は直るんだろうか。徹夜するなと近藤に釘を刺されているんだけど……実際週末の三連休にピークを合わせないとヤバいのに。
「それで、師匠はその取引をどう思うんですか?」
凹んでいたが、唐突なピナルの言葉に少し驚かされた。まさかこの娘が興味を持つとは思わなかった。エネさんも会話を理解出来たことを意外に思ったようだが、応じる。
「多分近藤は呑むつもりだよ」
「あの屑はいいんです。師匠の考えをお聞きしてるんです」
前半は吐き捨てるように、後半は敬愛の念が込められている。エネさんは私を見て、
「呑まざるを得ないですね。かなり譲歩、というより背中を押されてますし」
確認するように言った。甲斐田セイレーンの取引内容にはまだ続きがあった。基本的にラビーナの同意が必要なのは当然なのだが、付加条件には等々力さんの同意がいる。この際必要なのはエネさんのパイプだ。
ピナルに分かるかどうかはともかく、今一度条件を整理する。
「甲斐田さんは日時もこちらに合わせていい、と言ってきたんだ。等々力さんの都合に合わせる、ってことなのね。いくらなんでもこっちに有利過ぎる。まあ甲斐田さんにもメリットはあるらしいんだけど」
「配信させろ、ですね」
エネさんはそう言ったが、同時に怪訝な顔を浮かべていた。
「配信ってなんですか?」
ピナルの疑問に、
「うん、興行権を与えろ……みたいな感じかな」
「等々力という人の興行権を買い取るわけですね」
「いや、そうではなく観戦出来るようにするだけなんだ。権限は誰にもない、ではなく……強いて言うなら自分が持っている」
ピナルは不思議そうに我が師を見つめている。
「説明が下手ですまない。自分が権利を持っているのに、相手に許可を求めている。だから不自然なんだ」
「私もおかしいと思います」
ピナルの疑問は我々も共有している。何故わざわざ許可を求めるのか。甲斐田セイレーンは「余所様のイベントを利用させて頂くから」と言っていたそうだが、近藤は「等々力と揉めたくないから」だと解釈していた。
恐らくどちらもだろう。甲斐田さんは初期からのやり込みプレーヤーであり、等々力さんも同様だ。交流の有無はともかく、存在ぐらい知っていておかしくない。
ただそれ以上に"一連のイベントが陽動であり等々力さんが起こしたものである"という事実を把握されていることが重要だった。カマをかけている、とは考えづらい。「何もかもお見通しだ」と、看破されている。
この場合、情報の出口は二か所に絞られる。
一つは等々力さん自身。二つはエネさんだ。




