第十八話:死身、瀕死、安静と地獄
「てめーこんどぉぉぉぉーSOSなんか出しやがって! 最後まで見届けてれば! お前のせいで、もう少しだったのに!」
「ふざけんな俺の最期見届けてどうすんだボケ! ゲホッ!」
「契約! 貴様、これはどういうつもりだ!」
『さっさと殺せばいいものを! これで終わりだ! 全て終わる! 私も貴様も、王国も! 希望も……世界すらもな!』
四人の怒声が響き渡る。
私はこの禍々しいオーラを、悲劇の演出だと思い嘆き悲しんだ。
近藤は本当に死にかけている。
聖剣士は驚愕の目で死にいく姫と対峙。
姫はその命を自ら絶ち……そう、そう見えたのだが……。
血が、流れていない……剣を突き立てたのに?
『覚悟を決めたわ、私は、この世の王に……支配者となる! 責任を持って、あなた達を支配してあげるわ! ただしガルバルディ、貴様は殺す!』
なんで、なんで? 何が起こっているの? 慌てふためく私とは対照的に、聖剣士は既に大剣を手に取っていた。
「契約、それは、魔との契約だな!」
『フンッ……そーよ。私の心臓には、魔との契約術が仕込まれていた。この心臓が止まれば、私は生まれ変わる! 腐霊術をあなどりすぎたな! 今、私は魔そのものとなった!』
魔の死身か……! そう驚嘆するガルバルディを見て、ようやく私も理解した。姫は、死んでいない。自殺ではなく、魔物になった? その姿、まるで半分、半身骸骨……何、あの忌々しい容貌は!
「滅、絶……真……!」
『むだあああああああああ!』
凄まじい轟音がして、玉座の壁が吹き飛んだ。穴の開いた壁の向こうから空気が流れ込む。外、外の景色。姫が開けた?
「聖剣技! 白金の十字架!」
白金の衝撃波が姫を襲うが、
『あなた達、二つ勘違いしてる。あれは魔そのものではない。あいつだって魔そのものではないのよ。夢物語ではあるけどね!』
効いてない! いや、何かを犠牲にした? 何かが溶けていく……この、角の生えた化け物は何!
『ガルバルディ、貴様簡単に死ねると思うな! たとえ戦場でのたれ死んでも私が腐霊術で蘇らせる! 病に侵されても同じだ! どちらにせよ、貴様に安息は訪れない! 地獄に逝けると思うなよ! 恒久の恐怖と苦痛にのた打ち回れ!』
「貴様! これは、鬼……悪鬼か!」
不敵な笑みを浮かべて、リッチと化した姫は悠然と私を見た。
『アーチャーさん、あのお兄さんが生きてたら言っといて。私が恐れていたのは死ねないという事実。私は腐霊術と引き換えに不死の存在となったのよ。肉体が朽ちる前にこの心臓を誰かが止めてくれないと、私は魔にすらなれない! 自分の手でそれは出来ない、そう考えていた、それが怖かった。けど超越した! 私は変わった、変われたの!』
「人を捨てる、それが変わるというのか!」
『知らんな! お前に答える義理などない! 敵だ! これからは貴様が怯えるんだよ! 老いる自分をせいぜい愉しむがいい……』
また何かを生み出した。召喚! 巨大な黒い鳥。黒鳥に掴まり、姫は玉座の間から飛び出そうとしている。
「逃がさん! 真空……!」
『今日は疲れたわ。生誕祭に、三枚舌のおっさんの相手するなんて悪夢だと思わない? 三枚どころじゃないか……はは、アハハハハハハ!』
遅かった、真空の刃は姫の横をかすめ外れてしまう。せっかく真っ当な剣技使ってんのに、姫には通じない! 飛び出した姫を聖剣士は追走する。
ええ、どどどどと、どうしよう! こ、ここ何階? こっから落ちたらライフ1は間違いない! ていうか飛べない! こんな時、私一人ではどうしようもない!
「近藤! どうしよう!」
[オレニコロサレタクナカッタラ、オレヲタスケロカス]
ここここここ、近藤! 何故チャットなんだ! 不思議に思い振り返ると、ズタボロになった近藤がほうほうの体で逃げようとしている。だが、フラフラで足下もおぼつかない。スタミナゲージが空に、ライフも瀕死に近い状態! 私は弓で威嚇して近藤に駆け寄った。
「近藤なんでもっと早く助けを呼ばない! フラフラじゃないか!」
「……お前、マジで殺されたいらしいな」
だってチャット欄なんて書いてあんのか良く分かんなかったんだもの。仕方ないじゃん。
「と、とにかくどうすればいい? 姫変になっちゃった!」
「回復しろよ、その前に」
ああ、と思い全回復薬と、スタミナ回復薬を使ってやった。けど、スタミナだけ回復しない。なんで!
「ああ、死ぬ……見てみろ、スタミナゲージ」
「空だよ、知ってるよ!」
「ちげえ、よく見ろマイナス表示だ。赤くなってるだろ。もう薬じゃ回復出来ない。ちゃんと休むか眠らないとダメだ。動いただけで、ライフが減るんだよ」
絶対安静! そんな、そんな役立たず必要ないんですけど! 蘇れ近藤! 不死鳥のように!
「鬼過ぎるご意見ありがとう。さっさとぱなして、始末しろ」
ああ! 敵がこちらへと向かってくる! 確かにブループラネット、ぱなすしかない!
「で、残り一匹ずつお前が始末しろ。俺はもう無理。動けない、というより動きたくない」
なんて勝手な。アーチャーの私がこの大群相手にどうしろと。身振り手振りも交えてそう主張するが完全に否定される。
「知らん。なんとかしろ」
そう言って近藤は座ってしまった。戦場で腰を下ろす馬鹿が、ここにいた! どーしろと、どーなってしまうのか!
その時、ドンッと音がして敵が一体よろめいた。またドンッと音がしてよろめいている。ん? ボウガン? 近藤がツインボウガンを撃っている?
「足止めすっから一匹ずつやれ」
固定砲台! なんて頼りない! けど今の近藤はそれだけでライフが減っていく! もう私しか戦えない! 絶望的だ、死霊の群れに地獄へと引きずり込まれる……私一人でどうこう……いや、待て、冷静になれ。
「どーすっかなー寝たいんだけどなー」
「近藤、ちゃんと足止め。手を休ませるな。策がある」
近藤は返事もしない。疲れてるとか、そういう次元ではないか。しかし、休まず足止めしてくれている。敵が近藤へと近づく。いずれ突破してこちらにも、しかし!
「私が撃った瞬間ライフ気にせず全力で回避! いいな近藤!」
俺ごと殺る気か……まあやってみる……。
そんな呟きがぎりぎり聞き取れた。けどね近藤、一つ勘違いしてる。いや、無知なウォーリアーには分かるまい。アーチャーの秘技というものは!
「敵全部引きつけろ! 避けられる、そう信じろ!」
お前が信じられん……。そんな呟き。
そうかい、これを見れば嫌でも信じるさ!
「ギリギリ低レベル攻撃力倍の、ブループラネット全開だ!」
光が私を包む、無数の矢が私の身体から生まれるように発生し、輪を描く。標的は定まった。だが、近藤が敵に覆われて一見身動きが取れないように見える。くそっ!
「いくぞこんどぉぉおおお!」
「剛力、床ごと陥没」
ドゴォッという轟音で玉座の間が揺れ、敵勢もたたらを踏む。いける、今なら撃てる!
「ブループラネット!」
青い光の矢が、次々と放たれる。瞬間、人影が敵の群れから飛び出した、が墜落した。近藤が這うように逃げる中、着弾。無数の矢が敵勢に襲い掛かる。
これは、これは以前より破壊力を増している!
耳鳴りが酷い。着弾の衝撃だけじゃない。放たれる矢が飛ぶ音でさえ感覚を刺激する。矢の数も、増えている! 頼む、葬ってくれ! これで終わりにしないと、二人とも戦えない!
私は頭がくらくらとして、よく分からなくなっていた。平衡感覚が取れない。それでもブループラネットは止まらない! 音のない映像を見ているように膨大な矢が敵勢を青く突き抜け、切り裂き、粉塵を撒き散らす。
耳が聞こえるようになり、ふらつきが収まった頃、全ての矢が出尽くしたことを理解した。倒した? いけたか? まだよく見えない、近藤はどこだ? ちゃんと逃げたか? 壁沿いを歩き、なんとか近藤の姿を確かめようとする。すると、壁際、そこには吹き飛ばされた近藤の亡骸……じゃなくて、瀕死状態の近藤がうつ伏せで大の字になっていた。
「こここここここ、こんどぉぉおおん! だいじょぶかあぁぁああ!」
返事がない、ただの屍だったか……いや違う返事も出来ないほどにフラフラなんだ! 全回復薬、近藤今体力回復してやっからな! ライフがどんどん減っていく。ただでさえスタミナ切れなのにブループラネットの衝撃でダメージ受けてる! 飲め! ぐいっと一献さあ! さあ!
「ああ……コンドームがなんだって?」
こんどぉぉおお! そんな卑猥なこと言ってない! 無事だったんだな!
近藤がなんとか返事したことで、私は心底安堵していた。
倒した、倒したぞ、無事で何よりだ! 私のお陰だな! また私に助けられたな! バンバンと背中を叩こうと思ったその時、むくりと近藤が立ち上がった。まるでゾンビのようだ。まさか近藤、もう、死んでしまってゾンビ化……。今回は、揺するのはよしておこう。そんなゾンビ近藤が口を開いた。
「ああ、見えない、煙いなおい……敵はどこだ」
「あ、意識あるんだね? あんまり動くな、怖い、じゃなくてライフ減るぞ」
だが、まともにこちらも見ない。近藤はただ呆然と立ち尽くし、敵を確認しようとしている。大丈夫、あれだけの威力なら全滅させたはずだ。いける、手応えはあった!
「近藤、アンタの知らないこと一つ教えてあげる。ブループラネットは単体攻撃じゃない、範囲攻撃なんだ!」
「見りゃ分かる。で、あれだけ生き残ったわけだな……」
へ? 煙幕のような粉塵が徐々に消え去ると、まだそこには死霊の群れがいた。半数は生き残っている。そんな、そんな馬鹿な! ブループラネット……実は、絵的に凄いだけなんじゃ……。私はそう思わずにはいられなかった。半数、15体はいる。どうして、私の奥の手なのに!
「範囲攻撃か。ダメージ分散されたな。攻撃が集中されなかったんだろう」
げ……そんな、それでもあれだけの威力なら、エフェクトなら全部なぎ倒せよ!
「生き残ったのは騎士に剣士、魔法使いはそもそも食らってないか。偶然に助けられたな。女中や兵士は、全員吹き飛んだらしい。よくやった」
女中さん、私が吹き飛ばしてしまったのか……なんてこったい! 兵士ですらないのに!
「数を減らした。これで、勝ち目が出た」
内容とは裏腹に弱い口調の近藤を支え、私は寄り添った。勝ち目って、あんたもう動けないんじゃ……回復薬だって……私は自分のポーチを確認した。もう全回復も残り少ない。まずいとかそんな状況じゃない。いっそ、飛び降りて逃げるか? そう提案する。
「いい案だ。けど、任された仕事はこなしたい。それに、こいつら成仏させてやんないと気の毒過ぎる。自戒の念がまだ頭に残ってる。連中、最後まで姫を説得出来ると思っていたらしい」
姫を、説得……。「じゃあ、望んで最後まで付き添ったの?」
「まあそんなとこだが、とにかく足止めしろ。四の五の言ってられん。逃げても追ってくる可能性があるし、ここで終わらせる」
近藤は抑揚を失った棒読み口調でそう言うと、スキルボードを開いた。ただでさえ血塗れで凄まじい格好なのに、一人で戦ったりするものだからボロボロだ。なんて馬鹿なことを、何故私を頼らない。
「ああ、勿体無い。勿体無い勿体無いもったい……」
呪文のように勿体無いと連呼している。私は弓を放ち、近藤を抱えて移動しようとしたが、重すぎる。やむなく自ら前に出る。ボウガンを取り出しヒットアンドウェイ。でもあんまり効いてない! 銀の弓か短剣でないとダメか! ほんとに足止めにしかならない!
「近藤、こいつら強い、なんでこんなに強いの! ブループラネットも通じないし!」
「通じてた。でもまだ足りない。元は騎士の奴……剣士だってお飾りじゃないだろう。並じゃねーからな、元々が」
そうして、多分あいつは、聖竜騎士団の人間だろうと呟いている。どいつ? 騎士の格好、どれだ。
[将軍はどこに……逃げて……][何故止められない……止められなかったのだ……][私、まだ死にたく……][団長……どこです、まだ戦える……]
団長! いた、一人だけ騎士の格好。騎士団の人間ならば、団長と呼ぶか。ならこいつが、騎士団の一員。つまり、ガルバルディさんの部下。でも、それはあのご老人では。この騎士は、かなり若い。
「二人いたんだろう。さて、その騎士と剣士は俺がやるとして、魔法使いはお前に任せた」
「なんで! いや、出来るの?」
「魔法使い寄ってこない。動けないのに、倒しようがない。あとは勝手にくるから、お前は魔法使いやれ」
信じて、いいのか近藤。もう、ボロボロで……。私は不安な目で近藤を見つめた。
「心配すんな、お前よりは信用出来る。たまに回復しにきてくれ。動き続けたら死ぬ。派手に、いこうか……」
そうして近藤はスキルボードを叩き続ける。近藤、何してんの。今更スキルボードで何すんの? もう出来ることはやったんじゃ……。
死霊のうめきと聞き分けられないような、近藤のささやくような声が聞こえる。敵が迫っているのに! ボウガンを放ち足止めし、魔法使いを探す。いた、奥で詠唱している。確かにあれは近づいてこない。けど、動きの遅い魔法使いなら仕留める自信はある。
「仁に恕……いらん違う……あった、風林火山……リミッターアンロック、疾風迅雷、質実剛健、カテナチオは無理か……じゃあ、水戸ナチオ……」
近藤のささやきが聞こえる。なんのスキルだ? 分からない、敵が迫っているのに、近藤はスキルボードを見てぶつぶつと呟いている。そして、一人の剣士がついに近藤へと迫り斬りかかる。
「こんどぉぉおお! 避けろぉぉおお!」
「でけた」
バンッ! 打撃音と共に剣士が吹き飛ばされた。ハンマー、短剣? いや、す、素手? 何が起こった? 見えなかった……。
「仁も恕も俺にはいらない。今必要なのは孔子ではなく孫子だ」