第十七話:港町にて1
港町の近代化は更に加速していた。リアルとバーチャルの違いはあれど、私の住む地方都市なんかはとっくに追い越している、というか引き離されている。このままいけば、日本の主要都市どころか世界に冠たるメトロポリタンとなるだろう。どうしてこうなったのかはさっぱり分からないが。
そんな名もない巨大な港町に、ついに名前が付けられたらしく、どこもかしこもお祭り騒ぎだ。デパートやカジノ、ホテルなど主要な施設は派手に飾り立て、いかにも、という空気を演出している。人通りは凄まじく、着飾ったプレーヤーとNPCで一杯だ。皆目的は様々あるのだろうが、とにかくここはスタート地点、レンベルク王国に近い。
なんというか、この盛り上がりを見て初心者はどう思うのだろう。先に進む気になるだろうか。後ろ髪を引かれ、そのまま引きずり倒されそうな気がする。
とはいえ、恐らくプレミアが付く期間限定品なんかは、さすがに初心者じゃ手が届かないだろう。カジノ? と頭に浮かんだが、すっからかんにされた挙句消費者金融に手を出す姿しか浮かばない。なんか、暗い祭典のような気がしてきた。少なくともいざ冒険の旅へ! という空気は全く感じられない。
祭典の盛り上がりはいつまで続くのだろう。
とにかくこんな塩梅なので、私もいかにも冒険者です、というなりは避け街へ入った。目的の場所へと向かうのに特に足を止める理由はないし、後ろ髪を引かれることもない。私達はそれどころではないのだ。
街の中心部から外れた雑居ビルの階段を下り、地下へと向かう。目的の喫茶店にはすぐたどり着いた。扉を開けるとカランと音が鳴り、奥の席で軽く手を挙げている人影が目に留まった。
「おう、えらい騒ぎだな」
「うん、凄い騒ぎだよ」
近づくと近藤はそう言って、今度は高く手を挙げウェィトレスを呼んだ。対面に座ると「適当に頼んでいいか?」と問われたので「まさか」と応じ、ウェィトレスさんには少し待ってもらうことになった。来た瞬間呼んだりするから、と内心近藤の常識の無さにうんざりするが、ウェィトレスはひとつも嫌な顔をしない。主には店内に私達しかいないのが理由だと思うけど、この店大丈夫か。
悩んだ挙句ドリンクとあんかけパスタを注文すると、目の前の近藤は酷く冷めた顔で私を見ていた。まるであんかけパスタを頼むような奴とは友達になれない、といった顔だ。仕方なく、
「何かご不満ですか」
そう問いかけると、
「飯は外で食えよ」
案の定不満顔だ。
「外でバリバリ働いてお腹が空いてるんです」
「そっちの外じゃない、リアルで食えよ。ここで食っても虚しいだけだろ」
「ええ、ええ分かってますあなたの仰りたいことは分かってますよ。けどスタミナ消費するぐらいこの中で働いてたんです。だから私の初あんかけパスタにケチ付けないで下さい」
ちょいと長広舌気味に反論すると、沈黙が降りてきた。初物がトカレストの中……思えばそういうことは多い。それにももう、慣れてしまった。故郷が憎い。なぜ、私の町にはパスタ屋の一件もないのだ。
「好きに、楽しんでくれ」
「はい」
気を遣われるのも、辛い。
店内はピンク基調でファンシーな雰囲気だ。なんでこんな店にしたのだろうと疑問に思うが、湯気立つ品物が届くまで会話はなかった。ほんと凄く気を遣わせているようで心が痛い。せめてパスタを音を立てて食べる粗相のないよう気を付ねば、とフォークを手に取りいただきますと手を合わせようとした時、
「で、上手くいってるのか」
空気を読めない一撃が飛んできた。もう、音立てていいやと切り換え、
「上手くはいってる、全て順調。特に私の頑張りで」
モグモグとパスタが口の中に入ったまま話すので、近藤はまた不快そうな表情を浮かべた。でも今回はこいつが悪い。なんでパスタが来たタイミングで訊くのだ、馬鹿だろ。
「お前の頑張りは絶対ないだろ、まあ順調ならいいけど」
「頑張ってるよ、みんな手の内隠すんだもん、私がやんないと誰がやんのさ」
なるほど、と頷いて話を続けようとするので「食べてから」と手で制す。今度は不快というより呆れた、という顔だが冷めては美味しくない。
食事を優先する私と、珈琲カップを持て余す近藤。静かに時間は過ぎる。黙ってただ私の食事を眺めていることに飽きたのか、
「この街の名前はアレキサンドリアになったらしい」
近藤はそう呟いた。こいつは本当にこらえ性がない。私を愛でる最高のシチュエーションなのに。いや、あんかけパスタすする姿はむしろ見たくないか。やむなく手を止め、
「知ってる。エジプトら辺の地名だよね」
「ら辺じゃなくてその港町だ。まんまだな」
「そのまま拝借するなんて芸がないよね」
「綴りは違うけどな」
どうも元ネタとはLとRが違うらしい。姑息な。が、なんであろうと私のあんかけパスタとは関係ない。こっちは疲れてるんだ、疲労回復のためにも味わわねば。話はそこで区切られ、私が食べ終わるまで近藤はおとなしいままだった。我ながらよく調教したと思う。
ご馳走様でしたと呟き、皿を片づけてもらうと、
「で、味の感想は」
と、興味なさ気に訊かれたので、
「やっぱ女が食うもんじゃないね」
と、答えておく。目の前の男は「じゃあなんで注文したんだ」と突っ込みたそうな顔をしているが、口には出さないことにしたらしい。たまたま店の味付けが合わなかった可能性もあるので、妥当かもしれない。
口元を拭っていると、ウェイトレスさんがお冷を持ってきてくれた。恐らく食ったなら早く帰れ、という意味合いも込められているのだろうが、一口つけ、一息吐いてから本題に入った。
「私の頑張りは事実だけど、みんなが手の内隠しているのは本当だよ。色々聞かれたし、そこは結構面倒だった」




