第十六話:誰がためにボスを狩る2
「強制ソロだ、無理言うなよ」
止まった空気に抗うよう、神崎には基本中の基本を口にしたが、相沢は納得しない。
「ならなんのために人を集めたんだい」
「ボスをぶつけるからだ。まだピンとこないが、人手はいるだろう?」
「だったら目立たないようにするべきだね。人数は必ずしも武器にならない。それに、条件からして不自然過ぎる」
はっきりとした否定に、神崎は黙り込む。
「言われてみればそう思う……なんかおかしいかも……」
ここまで黙っていたドコちゃんが呻くように言い、パンプキンっぽくどっしりとした目を近藤に向けている。じとっとした、というべきか。皆、相沢の発言が気にかかるのだろう。微妙な雰囲気になりかけたが、
「あの、みんなでやります。全員でラスボスに襲い掛かる。ソロでやるなんて無謀でしょう」
そんな首謀者の一言で、一転ざわめきが起きた。
驚きの中先んじたのはラカンで、
「ちょっと待った待った、ラスダンは強制ソロだ。基本中の基本、理解しているのかね?」
些かおっさんくさいことはともかく、気持ちは分かる。
「もちろん。ですから手段は選ばないと」
「は? しかし、可能なのか?」
「それももちろん、と言いたいところですが、まあ可能だろうという見立てです」
「絶対ではないのか!?」
「確認のしようがないんだろう。さすがに入ったら出れない」
喚くようなラカンに、神崎が冷静な指摘を入れる。正確な認識だ。そんな二人及び全員に対し、近藤は淡々と言った。
「そうなんですが、モンスターの出入りについては確認済みです。NPCも。つまり"ラビーナに従属する形を取れば"可能であると踏んでいます」
驚愕の事実に、息を呑む音が聴こえそうな静けさが訪れた。
耳を澄ませば、風や清流の音色が聴こえるだろう。
聴かないが。
近藤の説明に、もう邪魔は入らなかった。
簡単に言えば、これは「ラビーナ・ガルバルディルート」である。故に、ラビーナには開かずの扉をこじ開ける資格があるだろう。ガルバルディも同様。が、要確認。
これから確認するが、ダメなら一時解散。他の手段を探す。不確定要素を黙っていたことは、申し訳なく思う。
だが、それでも人を集めたのは確信があったからである。加えて、邪魔者を排除するためあえて目立ちたかった。お陰様を持ちまして、予定通りにいった。
私がラビーナの説得に失敗した場合は自分が行く。聞かなければ強引な方法も取れなくはないが、予定が狂うので熱心にお話を聞いてもらうしかない。ヴァニタスを叩き込むと、ガルバルディにサックリやられる可能性が生まれる。少なくとも信用は完全に失う。
「皆さんの知識と強さを信頼しています。全員でラスボスを狩り殺しましょう」
最後に、それぞれ色々な思いがあると思う。その一員である自分が、誰がためにボスを狩るかと問われれば「馬鹿な元相棒のためで、多少責任を感じているから」だと。実に嫌味なことを言いやがってこの野郎近藤テメーこの野郎ー。
ちなみに私達の帰りを待たなかったのは、あまり大勢で迎えるのはよろしくないだろう。ラビーナは繊細な女性のようだし、とのことだ。配慮の気持ちは嬉しいが、相沢の発案であったことはとても意外だった。
――その夜、等々力さんがイベントを起こした。
場所はバグドロワ王国から遠く西北の地。
今回は国を乗っ取る形ではなく、ある小国が帝国からの独立を目指すイベントだ。近藤曰く「扇動者等々力による独立戦争」であり、緩やかな従属関係にあった小さな島国が、独立を目指し帝国に反旗を翻す、という形になる。
だがこれは始まり過ぎず、事態の拡大を主目的としていることは明白だ。そもそもこの帝国ってのも名ばかりのもので、大国じゃない。周辺には同等の国が多数存在し、力関係は拮抗している。
この地域では複雑な同盟、協商などの協定が結ばれており、そこを狙われた。つまり、この状況を更に複雑化させ、対立させ、小さな綻びとしての独立戦争を起こし、大規模戦へと持ち込む。等々力さんの狙いはここにある。
彼は時に死の商人と化し、時に扇動者と化し、時に政権を陰から操り、災厄を撒き散らす。
――借金の完済を目指すために。
誰が勝つかなんてどうでもいい。善悪も問題ではない。とにかく、身ぎれいになりたいの! ってことなのが、虚しさを運んでくる。でも、こんな風に誘導した一味には私も含まれるから、言えることは何もない。片棒担ぎまくりだし。頑張れとも言えないんだけど。
何はともあれ、これはイベントである。
プレーヤーは本質的にどこにも属していない。完全なよそ者だ。傭兵として参戦するもよし。正規兵になるもよし。立身出世を目指すもよければ、そこで儚く散るもまた新時代のトカレスト。
しかし戦争とは……。皆の注目をそちらに集めるためとはいえ、この世界に生きる住人として心が痛む。クリアを目指すとなったら戦が起きました。そりゃもう大戦。一体全体どうなってるんだぜ……。
私か、私のせいか!?
違う、近藤が悪いのだ。大体あいつのせい。否、全てだ。
そう言い聞かせ……ではなく認識を修正し、私は私の務めへと向かう。とりあえず寝よう。




