第十五話:誰がためにボスを狩る
部屋で一人、デバイスを外し深呼吸。現実に戻ればきっと解放感や達成感を味わえる、そう思い臨んだが、意外と疲れていた。でも誤解が解け、ラビーナと仲直り出来たことは素直に嬉しい。一つ目のハードルを越えたことにも満足している。ラビーナとの共闘が早々決まったのだから。
楽観視すれば、時間の余裕が生まれたことにもなるだろう。他方、気がかりなのは運営だ。今も今までもなんの動きも見せていない。
ポイントとなる事態は既に起きている。
今となればルート固定は問題とならない。時間が経ちすぎている。ポイントは、近藤がプレイヤーキルを超えた行いを見せたこと。等々力さんによるイベントの乗っ取り、PKの嵐。
あんなことが起きたというのに、運営には些かの動きも見えない。だが、例えば今モニターに映るトカレストのサブゲーにはゲームマスターが存在し、運営は新イベントや情報の告知に忙しい。メイン派は今回の件について問い合わせ、苦情の申し立てだってしているだろう。なぜこうも違う?
「お金が動くか動かないか……経済的な原理原則」
頭を捻るまでもなく、答えは安易に浮かぶ。それでも限度ってものがと思うのだ。自由度、プレイヤーの自主性に任せると言えば聞こえはいいが、これじゃただの放置だ。いずれにせよ、もう動かないと考えるのが妥当ではないか。強制的に邪魔される心配がないのなら、徹底的に出来ると考えてしかるべきか……。
もう何もするなよ、と願うしかない。
我々はラビーナと合流することに成功した。あれから簡単な挨拶と打ち合わせを済ませ、解散。本番は今日でも明日でもなく、来週末の三連休。一週間の猶予が生まれた。
ここからが難しい。
命名するなら「ラスボス討伐作戦」の第二段階は、シンプルにして複雑。それが出来れば苦労しねーし! とでも言えばいいだろうか。元々の発案者は近藤だ。しかし机上で描いたものが、全てうまくとは思えない。私がいない間に、メンバー達と何を話し合っていたのか。確かめなければ。奴は一体どう説明したのだろう?
画面にはオートスキルが大前提、サブゲーマーのお遊びが映っている。楽しそうだが、趣味じゃない。呑気なもんだと感心しつつ、真剣勝負に至る過程、討伐作戦について話す勝負師達の映像に切り替える。映るのは近藤による視点。最後に聞いた台詞が繰り返される。
『そうですね。話は単純です。ただ手順が面倒で、それが問題でして』
あいつは周囲を見渡し、ひとつ息をついて切り出した。
「ま、皆さんお揃いだし。では佐々木がうまくやると信じて、始めましょうか」
名前……そのままなのか。データ自体近藤から借り受けたものだからそりゃそうなんだけど、キリアぐらい呼べよ……。まあ、咄嗟のことがあるから禁止ワード応用してんだろうけど。私にまつわることなど関係なく、映像は流れていく。
「作戦はたったひとつ、ボスの群れをラスボスにぶつけます」
決して強い口調ではなく静か、それでいて迫力のようなものが感じられる。対しては、はてといった顔を浮かべる者。やや顔をしかめる者。ふーんと言った顔で薄く笑うのは相沢。無反応なのは時長さん。
「そもそもに無理がある。ラスボス退治の全クリが、ここまで難しいのはありえません。こうである以上、手段を選んではいられない」
「いや、それはいい分かってる。実際どうやるんだ?」
ゼイロの辞書に堪え性という項はないのだろう。軽く頷き、近藤は応じる。
「ラビーナを使います。普通に考えれば無理に思えますが、ラビーナは特上な特別さを持ってる。そんじゃそこらのビーストテイマーやマスター、サモナーとも次元が違う。彼女の協力さえ得られれば、事は容易に進むでしょう」
「それは分かってるんだ。ラスボスにボスをぶつけるというのはどういう意味なのかってこと。つまり、ガルバルディというキャラクターも同じだけど、どうやってラストダンジョンに連れ込むんだい?」
そう言って、相沢はゼイロを見やる。やはり薄く笑っていたが、ゼイロは気に留めていないようだ。慣れたか、空気を読んだか。
「ああ、それはですね――」
「それって、その気になればっていうかラビーナさんがいたら結構簡単に出来そう」
サキが割り込み少しざわついたが、構わず続けた。
「要は空間アイテム倉庫に入れて、持って行けばいいんでしょう?」
「ああ……言われてみればそうだ。懐柔するなり従属させるなり、まあなんでもいい。それを倉庫、というより空間に放り込んで向こうで放てば、可能は可能か」
「技術的になら、だのう。でもそれなら誰かやってそうなもんだけど」
感心する神崎、ラカンに、
「雑魚を連れて行くことに意味があるならだろ」
ゼイロが冷めた言葉を放ち、更に加える。
「召喚師や精霊、魔獣使いには必要ねえ。他のジョブなら倉庫に詰めたいもんはもっと他にある」
棘のある物言いに空気が悪くなるかと思ったが、ゼイロに気にする様子はない。むしろ邪魔されたと思っているのだろう。
「そうじゃないんだ。ボスもいい、将軍もいい。出来るならそれで結構。聞きたいのはもっと具体的なことで、根本的なところだ。人を集めた以上、全員にチャンスがあると考えていいんだな?」
やはり、いやむしろそれしかないと言うべきだろう。何故このタイミングで人を集めたのか。ラスダンが強制ソロであるにも関わらず、人を集めた理由。核心部分だ。詰め寄られ、近藤はやや呆気に取られている。が、次には苦笑していた。話を飛ばし過ぎたのだ。
「申し訳ない、そうでした。結論から言えば全員にチャンスがあります」
「それは当然一人一人、という話ですよね?」
「あ、いやそうではなくて」
サキに問いかけられた近藤が、すぐさま応じようとする最中、
「いや残念。"全員でラストステージに挑むもの"だと思っていたけれど、見込み違いか」
相沢が皆に聴こえるよう零したことで、誰もが無視出来ないものとなった。




