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トカレストストーリー  作者: 文字塚
最終章:壊れいく世界の中で
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第八話:あなたに会うために

 かなり潜った。もう下はない。

 ラビーナがこのフロアにいるのは間違いない。

 いや違う。もう気付いている、お互いに。

 哀しいかな、我々はそういう関係なのだ。

 上のやり取りは完全に無視することにした。

 映像も音声も切り、こちらの様子も向こうには伝わらない。

 これだけは最初から決めていた。

 私とラビーナの問題は、人に晒すようなものではない。

 低い天井。正面に扉。左右の通路はどこかに通じているのだろう。

 だが、あの娘は扉の向こうにいる。

 間にレアボスの気配を感じるが、瑣末な問題に過ぎない。

 屈み込み、両の手を開き、目の前で指先だけを合わせる。

 祈るようなことは何もない。

 少し考え、少し迷い、少し心の準備をしただけだ。

 こんなカビくさい所に、追い詰めるつもりはなかっただけだ。


 レアボスには名前がなかった。けれど強そうではある。

 二足歩行のトリケラトプスと言えばいいのだろうか。巨躯を覆う硬質の皮膚、いかつい頭部、巨大な角は鋭く尖っていた。私を見つけたレアボスは咆哮をあげ、怒りに満ちた表情で威嚇してくる。なるほどレアボス、ちょっとかっこいい。何より勢いがある。何気に大切な要素だ。

 久しぶりにボスっぽいボスに出くわしたなと感心しつつ、見た目だけは立派なそれを壁に叩きつけ、奥へと進む。

 まだ間に二つ部屋があった。

 一番奥に、あの娘はいる。

 立ち止まり、考えた。

 感覚が結論を導き、これ以上奥に進む必要はないと判断する。

 ここからでもあの娘には聴こえる。

 逃げ場がないのは、本人が一番理解しているだろうから。


 壁にもたれ、宙を見上げる。ああ、ついに来てしまったのだと思えば感慨深い。あちらも変わりないだろうか。

 なぜ、どうしてこんなことに?

 あの時あなたが、私があんなことをしなければ――。

 言ったところで取り返しのつかない想いが、心の内を駆け巡る。

 また少し、時間をかけた。

 話しかけてくるかもしれないと思ったから。

 だが、何も聴こえては来なかった。

 ただただ、吸い込まれるような静寂が居座り、古くさい天井と壁に囲まれ、カビと血の臭いが漂っている。

 だから私が話すしかなかった。

 私が押しかけたのだから、それでいいのだし。

 重い重い口を、こじ開けるように。

 想いが躊躇いを生み出さないうちに。


「ひとつ、つまらない話を聞いて欲しい。本当につまらないから、飽きたら言っておくれ」


 くだらないと言い換えても、差し支えないだろうか。


「あれはいつだったかな……」


 話すのは億劫だ。だが、思い出すとなれば鮮明に浮かび上がる。


「私があなたに見せた……あいつを見つけたのは、光の勇者様になってからのことだ。順番待ちしてなった以上、奴と戦う覚悟は出来ていた。だけど足りない、明らかに足りなかった」


 話の頭からうんざりする。光の勇者なんて誰が考えたんだ。勇者でも大概ダサいのに、光を付けたらダメだろ普通。と、今なら思うが、当時は興奮する自分を抑え切れなかった。全てが揃い、全てを手に入れたのだから。

 だが足りない……物足りないではなく、明らかに足りない。

 これではきっと、奴には勝てない。


「裏切られた気分だった。ヴァルキリーに光の勇者、これ以上なんて求めても、きっと手に入らない。万全のはずが、誤算だった。けれど諦めるわけにはいかない。諦めてしまえば、勇者ではなくなるのだから」

 勇気無き者に勇者たる資格はない。なった瞬間ダメだと悟り、記念勇者ではいお仕舞い。そんなこと許されない、許せない。


「なら、どうすればいい……? 可能性を追求した結果、いつも通りロウヒにたどり着いた。ぶっちゃけ手伝えと言いに行ったんだけど、軽くあしらわれたよ。

 代わりに差し出されたのが、あれの情報だ。正確にはレイスが教えてくれた。立場上、私に肩入れし過ぎる形を嫌ったんだと思う」


 ロウヒには充分過ぎるほど肩入れしてもらった。普通に考えればエコ贔屓もいいとこだ。だが「クリアするから手伝え」で頷くほどお人好しではない。ま、神だが。


「あれは最後の大陸の更に北にあった。北極みたいなもんだ。氷の大地に硬い岩盤。叩き割って掘り進めば、何かあるだろうとレイスに言われた私は、素直に従った。

 ピンポイントで教えてくれたから、正直呆気なかったよ。吹雪いてるし、慣れない作業で手間取ったぐらいだ。一目見てピンときた。これは絶対使えるってね。ただはっきりとは分からなかった」


 自己強化か標的の弱体化、さてどちらだろうと迷った私は、中村屋を頼ることにした。名前もない代物を見て、彼は言った。


「自分の知識で言えばまず使い物にならない。けれど、異様さが際立っている。違和感が半端ない。ちょいと工夫してみるじゃなく、かなり限定的された使用法……一発勝負みたいな使い方をするものではないか……。

 その人は首を捻っていたけれど、経緯からすれば答えは明白、簡単なことだ。"ラスボス倒すの手伝って"って言って教えて貰った以上、他に何がある。秘めたる可能性は、どこまでもあからさまだった」


 ラスボスについてはラビーナも知っている。正確に把握しているとは言い難いが、最大の標的であると伝えてはある。何度も話した、一番乗りは私だと。真っ先にクリアして名前を刻むのだと。


「あの瞬間、私はクリアする資格を得たと思う。そのはずだ。けど、都合よくいきすぎたからかな、他に使い道があるのではとも思った。自分で言うのもなんだけど、私は別格だ。圧倒的と言ってもいい。そう考えてしまったら、迷いが生まれる。そして悩む。

 私は、なんのためにこの旅を続けてきたんだろう? って。

 ラスボスをぶっ殺すため? 名前を刻むため? 最強を証明するため? 勿論それもある。あるにはあるが、もうひとつ大切なことがあった……言うまでもなくラビーナ、アンタのことだ」


 あなたは一体どうなるの?

 あなたは幸福な結末を迎えることが出来るの?

 私にとって、あなたは特別な存在なんだ。

 私がこの世界に留まる理由でもあり、動機でもある。

 だってあなたは、あなただけは物語でしょう?

 そして大切な大切な、かけがえのない友達。

 だから私は、あのオーブを見せたんだよ。

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