第六話:閉ざされた戦場3
儀式は、
『聴こえてるよな? さて、どうしてくれようか』
性質の悪いアサシンの言葉で始まる。見れば、シーフは両足のアキレス腱をえぐられていた。いつやったんだ……映像だけでは確認出来なかった。
『見逃してやって、もらえないかねえ』
そんな猫背の男に、近藤はにべもない。
『冗談。まず、意識はあるのに落ちないその根性は認めてやる。これから何をやるか大体見当はついてるだろう。正解だ! ヴァニタスを叩き込む。さて、そこで選択となる』
あれは脳に直接ダメージを与える、もしくは洗脳などに使う特殊攻撃。大量の情報を叩き込む、あいつはそう言っていた。
『今落ちれば地獄を見ずにすむ。だが、落ちれば欠片ほど残ったテメエの余力に意味がなくなる。つまり、ここにあるテメエのキャラはただの木偶と化す。意味分かるよな?』
「いい性格してるなあ」
思わず相沢が声を出し、そして笑っている。それを見たドコちゃんは顔をしかめるが、相沢はお構いなしだ。そもそも彼が性格云々を意見出来るのか、疑問だが。
『ひとつ教えてくれ! ここにいる仲間は……一体どうなってるんだ? 誰も動かないが、死んでいるわけでもない』
少し声が遠い。それでいて張っている。生き残った奴か。なぜか猫背の男が振り返り、応えた。
『うーん、壊れたんじゃないかなあ。身体が、ならいいけどデータが』
「データ?」
「両方だろ」
なぜか嬉しそうな相沢に、ゼイロは素っ気無い。
『それはつまり……』
『データの修復ってどうやるんだろうねえ。とりあえず、私の見立てではこれいっそ一度死んだ方マシなんじゃあないかと思うんだけど、やってくれないよね?』
『もちろん。やるわけないだろ。こいつらはここで退場だ』
これで、私を含め全員が納得しただろう。
殺しても借金を背負うだけだ。しかしデータか肉体かはともかく、PvPで"破壊"するなんて芸当見たことも聞いたこともない。もし修復出来たとしても……。
「ほう、これで邪魔者は排除出来たと。修復出来たとしても、方法を調べるのに時間がかかる。なるほどそういうことか!」
「大したもんだ。アンタはこれが見たかった、そうなんだろ?」
「まあ、そんな感じかな」
相沢はどこかはしゃいでいる。ゼイロが素直に感心するとは思わなかった。クリードは、これを見越していたのか。
しかし……私は賛成出来ない。やり過ぎだ。分かるが、この方法がベストとは考えられない。あいつ、少し調子に乗っている。
『お前は死なない。そして喜べ、ぶっ壊しもしない。これからお前はスピーカーになるんだ。
俺が叩き込んだ思考に則って、ひたすら喧伝し続ける俺のための"広報マン"の出来上がりだ。活動家と思え。
しっかり働けよ。毎日ログインしろ。期待してるぞ』
「なにこの人、性格悪すぎない?」
ドコちゃんは、嫌悪感マックスといった感になっている。
「ポーズだべ。数揃えてそれだけのことやったっしょ。仕方ない」
仕方なくか、ブリガンドのヤマダは肩を竦め、なだめていた。
『じゃ、よろしく頼む』
そうして近藤が手を伸ばした瞬間、シーフの目から光が消えた。強制ログアウト……ペナルティ付きだ。しばらくログイン出来ない。仕様も変わった、今はどうなっている? どちらにせよ、今はその方がいいか。
『あーあ、まあいいんだけど。変わらない』
『はは。それで、我々はどうなるのかな? 私はそちらが知りたいのだけれど……まだ生き残っているメンバーもいる。これ以上……ん?』
窺うよう、猫背の男は覗き込むが……空気が変化した。これって……。
『知らんがな。好きにせーや。帰ったら?』
言いながら、近藤は木偶となったシーフにヴァニタスを叩き込む。
「ああ、これも凄い話だ……」
相沢と同じく、私も感心していた。
あいつ、PvPの強制戦闘状態を解いた。
「支配者……独裁者みたい。感じ悪い」
ドコちゃんの気持ちは分かるが違う、感じどうこうって話じゃない……。
「強制戦闘状態も彼の意のまま……素晴らしい。敵なしじゃないか」
「これで何事もなく進む。近藤さんと敵対するのは損しかない」
相沢とクリードが、皆の感想を代弁した。
ただそれは、一面的な見方に過ぎない。




